急襲1
ひっそりと静まり返った真夜中。
ラシャは暗闇の中、一瞬にして目を覚ました。
常に命の危険に晒され続けた本能に刷り込まれた経験がラシャの全神経に警戒を発したのだ。
肌身離さずに枕元に潜めておいた短剣を手に取り、音もなく寝台からするりと抜け出た。
耳を澄ませ体中を戦闘体制へと切り替えたラシャは扉の外で蠢く、僅かな息遣いを感じた。
じっと息を潜めた次の瞬間だった。
扉が音もなく開かれて何者かが踏み込んできた。
鈍く光る刃を確認したするまでもなくラシャの短剣が一閃した。
◆
同時刻、食料の補給と備蓄や砂漠越えに必要な常備品、兵士たちの管理など明日の確認をして来たザイールは見回りのサリマムと偶然落ち合っていた。
そのままザイールとサリマムは回廊を歩いていたのだが、夜の帳が下ろされたスレザス宮殿に木霊した絶叫を聞いたザイールとサリマムはすぐさま駆け出した。
本能で非常事態だと悟ったのだ。
彼らが最優先に守らなければならないのは聖王女だ。
ラシャも対象に含まれるが、ザイールとサリマムはラシャが自分の身は自分で守れると知っているので心配など微塵もしていなかった。
足早に聖王女が居る筈の客室へと続く廊下へと出れば、そこには剣を握った二十人ほどの男たちがいた。
明らかな不審者たちを目に入れた瞬間、一瞬の躊躇もなくサリマムは雄叫びを上げながら男たちの中へ飛び込んでいく。
同様にザイールも鞘から鈍く光る剣を抜き放つと、サリマムの後方から飛び出した。
男たちは顔を隠していなかった。
商人風の装いではあるがその手には剣を握っていた。
敵意に満ちた目でザイールとサリマムに向かってくる。
武を仕込まれた兵士であるとザイールとサリマムはすぐに悟る。
「ザイール! ここは俺に任しとけっ!聖王女があぶねぇ!」
「分かった。突破する。後方は頼むぞ!」
「おう!」
ザイールはすっと眼を細め、剣に握る手に力を込めた。
それに呼応するように、剣は淡く輝き空気が張りつめる。
飛び掛ってきた男たちが剣を振り下ろす前に、ザイールの腕が縦横無尽に迸った。
男たちはが絶叫を上げる。
身体の一部を切り取られ、または致命傷となる一撃を見舞われたのだ。
恐るべき事にその剣の軌道がまったく見えなかった。
ザイールは鋭い眼光に殺気と気迫を漲らせ、剣を振るいながら直進した。
そのザイールの背中へと飛び掛ろうとする男たちにはサリマムが立ちはだかる。
サリマムに果敢にも挑む者は突進するような一撃必殺の打撃をくらい吹き飛んだ。
腕に装着している鉄石の防具で男たちの剣を弾き飛ばし、拳の打撃用の武器の一撃で男たちの骨を折って動けなくする。
巨体を持つサリマムが荒れ狂う様に男たちが怯んでいる間に、ザイールは敵の一団の中を突破した。
ザイールが室内に飛び込むと、そこには全身に返り血を浴びながら、短剣を構えているラシャの姿があった。
ラシャもザイールに気がついた。
「ご無事ですか!」
「見ての通り無事です」
淡々と答えながらラシャは唸り声を上げて斬りかかってきた男の剣を躱し、流れるような動作で男の心臓へ短剣を突き刺した。
ラシャが無造作に短剣を抜けば血飛沫が飛ぶ。
倒れた男を踏み越えて、ラシャが次々と最小限の動きだけで短剣を振るえば、男たちは一撃で崩れ落ちていく。
小さな動作で確実に男たちの息の根を止めていく。
巧みな剣技だった。
「聖王女様は?」
「無事のはずです。ここからの扉は一人たりとも通していませんから」
ラシャもザイールも敵と斬り合いながら会話していたが、聖王女の部屋へと繋がる扉の中から、硝子の割れる音がしたことで、気を取られた。
「…!」
顔色を変えたラシャは対峙していた男に短剣を衝きたてて、一目散に扉へと向かった。
◆
ミヤは殺気に満ち溢れる気配で飛び起きていた。
絶叫と男たちの唸り声、剣と剣が激しくぶつかり合う金属音が扉の外から聞こえてくる。
やはりミヤも長年危険の中に身を置いてきた経験から、本能的なものだった。
神経を研ぎ澄ませれば、荒々しい足音と騒然とした空気が伝わってくる。
ミヤは天蓋から垂れ下がる紗の布をはね上げて、素足のままタイルの床を走る。
テーブルの上に置いてあった、食後菓子用のナイフとフォークを手に取って、寝る前に自分が落とした切っ先が尖った髪飾りも拾う。
次の瞬間、硝子扉が割られて庭から黒装束で顔を隠した男たちが入ってきた。
それを確認する前にミヤは手に持っていたナイフとフォークを飛ばしていた。
空を切る音と共にナイフとフォークが首に深々と命中し、顔を隠した男二人が背後へと倒れる。
一瞬うちに絶命した仲間に男たちのは驚き、ざわめいた。
ミヤはその隙を見逃さず男たちの懐へと飛び込んで切っ先が尖った髪飾りで男たちの頚動脈を一閃した。
噴水のように吹き出る真っ赤な血が頬にかかるが気にもせず、ミヤは猛然と男たちに飛び掛った。
多勢に無勢。
武器という武器もない自分がここで生き残る為には、敵は一撃で殺さねば。
一瞬の決断が命取りになる事をミヤは分かっていた。
獣のようなしなやかな動きと電光石火のような攻撃に顔を隠した男たちは断末魔をあげて伏していく。
しかし、後残り三人というところで、あまりに無茶な使用頻度のせいで髪飾りが折れた。
見るからに薄弱そうで小柄なミヤの思わぬ猛攻に慄いていた男たちだったが、ここぞ好機と言わんばかりに斬りかかってきた。
ミヤは盛大に舌打ちし、身体を捻って剣を避け男の鳩尾を思い切り蹴り飛ばした。
みしり、という鈍い音がして男は泡を吹き白目をむいたまま崩れ落ちる。
女性の力とは思えない打撃の威力に残った男たちが後退りしたとき、勢いよく扉が開いた。
「伏せて!」
ミヤは獣のような体制ですぐさま床に伏せた。
間一髪、ミヤの上空を鋭い音を響かせて何かが飛んでいった。
風を逆巻きながら飛んだそれは瞬時のうちに残っていた男たちの首を跳ね斬った。
そして室内の空中を綺麗な湾曲を描いて曲がるとラシャの元へと戻っていく。
ミヤが起き上がって振り返ると、それは半円状になった暗器だということが分かった。
飛び道具として特注される攻撃型の武器のようにみえる。
直線になっている部分には穴が開けられて、手を握る部分だろう頑丈に布を巻いてあった。
両脇には長く細い鎖が垂れている。
曲線を描いている部分は、全て鋭利な刃物となっていて、今切り裂いた男たちの血がこびり付いていた。
暗器は種類も豊富で威力や効果も様々だが、扱うには高度な技術が必要だろうにラシャは飛ばして戻ってきた暗器を器用に片手で受けとめると、ミヤに走り寄ってきた。
「お怪我は? ご無事ですか?」
「大丈夫、助かった。ありがとう」
ミヤがしっかりと返事をすれば、ラシャはほっとしたように強張っていた表情を緩和させたが、次に室内の状況に気がついたらしく唖然とした。
「これは…?」
「死体」
「………」
そんなことは見れば分かります。
聞いているのはそうじゃなくて、という無言の問いかけをしながらも声に出せずに金魚のように口をぱくぱくさせるラシャから視線を外し、ミヤはアオンの部屋へと続く扉に視線を投げた。
気配でアオンが起きたことが分かったので鋭い声で指示を出す。
「アオン!部屋からいいと言うまで出るな!」
怒声や悲鳴、金属音はまだ収まっていない。
外でまだ斬り合っている。
扉から商人風の男が剣を振りかざして来た。
ラシャが暗器を飛ばす前にベールを拾い上げていたミヤが飛び掛っていた。




