後宮の女たち
バジリアの支配する領土は広い。そして面白い事に国内でも場所によって気候が違う。
バジリアの南は乾燥地帯で黒や栗色の土壌に丈の短い草原が広がっている。
昼と夜の気温差が激しく、年間を通して降水量は少なくて雨季があるため、四季のない地域だが雨季と乾季の交代が一年の季節を感じさせる。
黒色土や栗色土など肥沃な土壌に恵まれているこの地方は、灌漑によって耕地化されている地域が多い。
また、海へと続く大きく広がる港湾があるのもこの地域だ。
バジリアが他国と隣接する西側にかけて広がっているのは大砂漠である。
サハタールでは水分が少ないために気温の日較差が激しく、岩石に礫、砂や涸れ川、塩湖とオアシスなどで形成されている。
この地帯が原因でバジリアは地上から見捨てられた大地として認識されていた。
その反面、目隠しとなりバジリアを守ってきたのもこのサハタールなのである。
確かに灼熱の砂漠では人が住むのは困難だが、然るべき手順を踏めば行き来は十分に可能なので、バジリアの民は隊商を組んで他国と交易をしている。
さらにバジリアにはベステ山やエクーシ山といった山脈が連なっている。最も標高の高いイアル山は北の地域へも繋がっていた。
バジリアの北は比較的穏やかな気候である温帯地帯だ。
冬に一定の降雨があるものの夏は日差しが強く乾燥しており、土壌には石灰岩の風化によって赤い土が広く分布している。
乾燥に強いオリーブや葡萄を筆頭とした様々な果物の栽培や牧畜が広く行われていて、冬季でもあまり寒くないので常緑広葉樹林が生息しやすい。
そんなバジリアの王都バハムは南地域にある。
海と接する南側に作られた王都のお膝元には大きな港湾をもつ港町が広がり、活気溢れる人々の声が張りあがっていた。
始祖である大盗賊がその基盤を築いた当初、王宮は港町付近に作られていたのだが、年月を経てバジリアが大きくなっていくにつれて狭苦しくなったために場所が移動して、現在では南東に連なる丘の上に建てられている。
赤い漆喰で覆われている宮殿からは町並みと清々しく煌く海が一望できる。
空と海が一体となる地平線を繊細な列柱が続く回廊から見下ろせば、視線が吸い込まれてしまうほどに壮観だ。
赤の宮殿と呼ばれている王宮の中には、官庁や軍隊、厩舎、浴場に庭園といった様々な施設が備わっている。
その赤の宮殿と対をなすのが青の離宮である。
離宮は白を基調した建物ではあるが、大空のぬけるような青色に染まった様子が優美であった事からそう呼ばれている。
前王はその青の離宮の一角に自らのハレムを造りあげて住居としてしまったが、現在の国王シンドゥル・クバルアの生活の場は赤の宮殿にある。
住居も赤の宮殿に造り政務の全てを移したのだ。
そして青の離宮に造られていた巨大な父王のハレムを完全に撤廃して、故郷に帰郷りたい者、もしくは帰る場所がある者は早々と離宮から開放した。
彼女達の中には望まずに連れてこられた者や無理やり女奴隷とされた者たちが大勢いたので、多くの者たちが泣きながら感謝の言葉とともに青の離宮を後にしていった。
しかし故郷が既に無い者や、帰る場所がない者も勿論いた。
彼女たちは一時的に引き取られ、働けるものは女官として雇い入れ給与を支払い自立できるように計らった。
中には働けぬ者(前王による無体な仕打ちで五体満足ではなくなってしまった者や精神的に病んでしまった者)もいたので、彼女達には静かに余生を送るようにと勅令し、生活していけるだけの年金を与えている。
逆に権力に執着する者もいた。
前王に寵愛され甘い汁をさんざん吸ってきた女達は贅沢に慣れ、今さら下々に下ることはできないと反発したり、現王に取り入ろうとする野心を抱く者もいたが彼女たちよりもシンドゥル・クバルアの方が何枚も上手だった。
彼女たちは抵抗する間もなく前王の死去とともに王都郊外の離宮へと入れられた。
その対応は半ば幽閉も同然であった為、そこは嘆きの館と囁かれるようになった。
前王のハレムを解体したシンドゥル・クバルアが次に着手しなければならなかったのは、自らの異母兄弟問題である。
王には母の違う姉妹や兄弟が大勢いる。
女児に限っては王位継承権にまったく係わり合いがないので子供を生んだ母親の元で育てる事を許したが、五人の兄については別であった。
バジリアの王の権力が絶頂化しているとはいえ、不審な動きをする者がいないわけではない。
シンドゥル・クバルアの二番目の異母兄と四番目の異母兄は病弱であり、また障害者でもあった。
内向的かつ温厚な気質の彼らは自ら政権から退くことを正式に宣言し、家族とともに余生を過ごしたいと王に申し出た。王はそれを許し援助もしている。
問題だったのは一番目の異母兄と三番目、五番目の異母兄である。
一番目と五番目の異母兄は、権勢欲が強く野心のある人間で前王の時に甘い汁を吸っていた重臣たちと共謀しシンドゥル・クバルア暗殺を企てた為、共犯者共々既に誅殺されている。
反逆罪として刎ねられた彼らの首は三日三晩民衆にさらされた後、砂漠へと放置された。シンドゥル・クバルアは当時、いい見せしめになったと笑ったという。
この王宮に残ったのは三番目の異母兄だけとなったのだが、この人物の命をシンドゥル・クバルアが奪う事はなかった。
その代わり臣下へと降させて忠誠を誓わせたのである。現在は側近として王を支える人物の一人となっている。
三番目の異母兄は変わり者で有名だったが、シンドゥル・クバルアも負けてはいない。
シンドゥル・クバルアは戦士の長に相応しく、実に武芸に優れ合理主義で冷徹な若き支配者で周囲から畏怖されていたが、臣下たちが困ったことに自分のハレムを持とうとしなかったのである。
側近たちがどんなに懇願しても一刀両断にして聞く耳も持たない有様だった。なんと若きバジリアの王は女嫌いだったのである。
しかしバジリアの玉座に座る王が何時までたってもハレムを持たないというわけにはいかない。
王の周りで泡を食って倒れる重臣たちが続出していた時にエイジアから王女の輿入れを持ちかけられた。
家臣たちは渡りに船とばかりにこの話を進めてしまい王の激怒をかったのはまだ新しい記憶だ。その時、誰もが竦みあがったがどんなに王が青筋を立てても正式な手続きが済んでしまった後だったので急遽、青の離宮に新たなハレムが造られたのである。
外交の表向きもあるため、輿入れしてきた第一王女がハレムに入れられると王女にはギョズデの称号と部屋が与えられて、実質上は側室扱いだったが王は見向きもせずに一度も夜渡りをしない有様だった。
何としてでも陛下にはハレムに渡っていただき世継ぎを設けていただかねば、と歯噛みした臣下一同の心中は一つになった。
臣下たちは女奴隷を見繕い、小姓たちによって生活を監督させて歌舞音曲から礼儀作法、料理や裁縫、詩などの文学に至るまで様々な教養を身につけさせてジャーリヤとしてハレムへと贈った。
側近の一人などは自分の娘を送り込んだ者もいる。
そのかいあってか王は一度だけ夜渡りをしたのだが、結局ハレムへと渡ったのはその一度きりだった。
その後はのらりくらりと躱されてしまう始末である。
家臣一同またも頭を抱えてしまったが、救いの手は他ならぬ王から差し伸べられたのである。
シンドゥル・クバルアが自ら貰い受けたいという姫がいるというのだ。
彼らは両手を上げて喜んだが、次の瞬間に王の口から放たれた予想外の名に度肝を抜かれた。
王はグランジェの王女を迎えたいと言うのである。
彼らは渋った。
当たり前だった。まだ前王の遺恨が残っているのである。しかも、聖女としての能力を見せ付けられて間もない頃だった為に会議は混迷を極めた。
だが同時に王の論理の通った言い分は誰もが納得した。これからまだまだ勢力を広げていこうとしている時期に、聖女なんて厄介な能力を持つ王女を放置しておくには余りにもリスクが高い。それならば懐に入れて飼いならしてしまえ、と会議で可決された。
晴れてグランジェから王女を迎える事となり慌しくなったのは赤の宮殿だけではない。
むしろ青の離宮の方が落ち着かないようだった。
無理もない。
女嫌いという理由によってハレムに近寄りもしなかったシンドゥル・クバルアが、思惑が絡んだ国策とはいえ自ら他国の王女を望んだのである。
女たちにはそんな画策など知る由もないので、気を揉んで苛々するのも仕方がないといえた。
なにせ現時点においてハレムには女主人がいない。
エイジアの第一王女はギョズデではあるが、それはあくまで建前で王の手はついていない。
唯一王のお手つきとなった側近の娘はイクバルの称号さえ与えられていない現状を鑑みれば、もしかしたら自分にも機会があるかもしれないと、甘い夢を見ていた者も少なくなかったのである。
しかし、グランジェの王女の輿入れによって、夢は所詮儚いものであったと思い知らされたのである。
さらに王は王女の輿入れに際して国王直轄部隊である親衛隊から、選りすぐったものたちを編隊するなど心を砕きハレムにも王女が過ごしやすいようにと丸々一室(ハレムでは高位称号を持たない限りは相部屋)用意させた。
その部屋というのが、ハレムおいて最も格式の高いものだったので、もしやシンドゥル・クバルアはグランジェの王女にハセキの称号を与えるつもりなのではないかと人の口に上るようになり、ハレムの女たちの神経は大噴火をおこす寸前まで追い込まれていたのである。




