旅路7
少々脱線してしまった話を元に戻す。
「これからトレア街道を更に進み、渓谷沿いにサハタールへと入ります」
「サハタール?」
「古代語で砂の荒地。その名が示すように何処を見ても砂しかない大砂漠です。そこが国境になります」
「そこからバジリアの土地なのね」
「そうです。まず国境のリアーシと呼ばれる地域へ向かいます。そこには城塞が建てられていますから、物資の供給と休憩をかねて立ち寄ります」
国境だから城塞は常識か。
「それから先ほどのエイジアを迂回する理由ですが、あなたと因縁があるからという理由だけではありません」
話を促すようにラシャを見る。
「盟邦関係にあるバジリアとエイジアですが、今現在その関係は微妙なものです。元々バジリアは足元にすり寄ってきたエイジアを好ましく思っていませんでした」
「すり寄る…」
「エイジアが商業国なのはご存じのとおり、商を縄張りとするあの国は裏で他国に物資を売りつけて我が国と対立させようと何度も暗躍しています」
「盟邦関係なのに?」
「盟邦関係になる前からです。まだバジリアが国として認められていなかった頃、エイジアとはあまり仲がいいとはいえませんでした。エイジアがその態度を一転させたのは、バジリアが国として認められてからです。別にそれを責めはしません。あちらは商売で成り立っている国ですから。どれだけ裏で暗躍しようとも、表だってバジリアと敵対する意思がなければいいのです。こちらも随分とエイジアを利用していますからお互い様です」
「腹黒いな」
「国同士などこんなものでしょう。エイジアの軍など脅威ではありませんが、あの交易能力は使えますから」
ギブアンドテイクというやつか。
どちらも腹に一物抱えてはいるが、使えるうちは切れないと…そういいたいわけだ。
エイジアは何処につけばより利益を生み出せるかちゃんと理解できる頭を持っていて、何処よりも早くバジリアに擦寄ってきたわけだ。
いっそすがすがしいほどの厚顔ぶりである。
「ただ、最近のエイジアの行動にはこちらとしても腹を据えかねてまして…。一年前の前王独断の密約や軍侵攻。それだけではく勝手に王女を押し付けてきたくせに見返りを要求する図々しさは目に余ります。今回の輿入れに関してもちくちくと抗議してきましたしね。現在のバジリア上層部はエイジアに強い不信感を持っています。とくに陛下はエイジアの甘言ごした態度や気質が気に入らぬご様子。前王の時代と違い、今現在バジリアはエイジアと距離を置いています。エイジア側はそれに焦りを見せています」
「言いたいことははっきりいえば。つまりこの輿入れをエイジアが邪魔する可能性があるのね」
「敏い人ですね」
「ここまで意味深に言われれば気づくし」
「バジリアの国内に入ってしまえばその心配も軽減されるのですが…。旅路の間は貴女に窮屈さを味あわせしまうかもしれません」
「安全第一を考えるなら当然なんじゃないの」
「貴女は離宮からほとんど出たことがないのでのでしょう? せっかくですからシャモニス大高原などの美しい場所を見せて差し上げたかったのですが…致し方ありません」
ラシャは残念そうに肩をすくめた。
「砂漠の中にはあまり美しい場所はないのです。主要な場所にあるのはそのほとんどが無骨な城塞ですから」
砂漠という厳しい環境に建築できる建物には限りがある。
「別に気にしてない」
ひらひらと手を振る。
「話を聞く限りバジリアは戦士の国みたい。さぞ城砦にも力を入れているんでしょ?」
「各地にある城塞にはそれぞれの将軍方が指揮する兵士たちと共に待機しています。もちろん鍛錬は怠りません。城壁は常に開放されていて民も自由に出入りできます」
「それは危険じゃないの」
「でも効率がいいでしょう? 民が望めば兵士たちは武芸の指導も積極的に行ないますし、兵たちは鍛錬の合間に民の耕作にも従事します」
バジリアが支配しているとはいえ砂漠は広い。
王都から離れると他国から密入国した野盗が出る地方もあるという。
規律正しい軍が住民と交流すればその心配は格段に減る。
城砦維持の為人員を雇う必要があるから、野盗等に襲われて職を探している民は進んで協力するわけだ。
「身の危険は二の次なの?」
「その辺の野党が城砦に忍び込んでも命が危ないのは野党のほうですよ」
にっこりと笑うラシャにアオンがびくっとした。
「大切な情報などは厳重に管理されていますから間諜が忍び込もうとしても至難の業だと思います」
「そこら辺はしっかりしてるのね…、ところで気になったんだけど砂漠しかないのに農耕してるの?」
「はい。意外ですか? バジリアの土地に根付く作物は意外とありますよ。ですから他国の方が思うほど貧困しているわけではありません。砂漠の中に点在するオアシスを他国の方は知らないだけです」
オアシスを中心に街を造るのは分かる。
人間、水がないところでは生きていけない。
バジリアが貧困していないとラシャは自信を持っている。
サハタールという大砂漠に囲まれているから見えないだけで作物が豊かに育つオアシスはかなりあるようだ。
ラシャの自信からほかの理由がうかがえる。
言わないだけで他にもバジリアには国力を潤すものがあるようだ。
ま、どうでもいいけど。
「あと、リアーシにある城塞でキャリッジからこちらの用意したキャラバンに移動していただきます。キャリッジでは砂漠を越えられませんから。馬も駱駝へと変わります」
砂漠に入るんだから当然だろう。
適当に相槌を打っているとラシャはキラリと目を煌かせた。
「やはり貴女は変わっている」
呟かれてきょとんとラシャを見た。
「高貴な他国の御婦人や御令嬢は砂漠になど滅多に入らない。寧ろ一度も見ずに一生を終える方が圧倒的に多いはず。馬より駱駝の方がいいと簡単に割りきってしまえるなんて、まるで砂漠の厳しさを知ってらっしゃるようだ」
「砂漠をよく知っているバジリアの人間から勧められるんだからそれを素直に受け入れて何が悪いわけ?」
「それだけではありません。高位の女性というのは総じて高慢な方が多いのに貴女にはそれが感じられません」
「高位の女に見えないと言いたいわけね。貶したいの?」
ケンカ売ってんの?
喧嘩なら買うけど。
「いえ、褒めたつもりなのですが…」
苦笑された。
「他国の貴族の方は馬に慣れているから駱駝と聞くと蔑むんです。だから気になりまして…」
「へぇ? ねぇ、王に私のことを探ってくるように言い含められてる?」
腕を組んで挑発的に笑ってやる。
「気に障ったのなら申し訳ありません」
心底困ったように眉をハの字に下げる恐縮したようなラシャ。
ハラハラとやりとりを見ていたアオンはラシャが折れたことでほっとしたように安堵の溜息をついた。
しかし、私はその動作を素直に受け入れはしなかった。
上っ面にだまされるほど場数を踏んでないわけではない。
無害そうな見た目。常に笑顔。
しかし、容姿に騙されては痛い目にあわされるだろう。
随分と癖が強そうだが、こちらとて権謀術数の修羅場を何度も潜りぬけてきたのだ。
騙しあいならば負けはしない。
そんな心内を悟らせる事なく雅に笑って見せる。
その微笑をどう捉えたかは分からないがラシャも微笑み返してきたのだった。




