戦場
残酷描写があります。
苦手な方はご注意ください。
怒号と悲鳴が重なり合い、刀や槍の白刃が激突する。
戦場はまさに地獄だった。
敵味方が入り乱れた死体がそこら彼処に転がっている。
零れ矢が何本も木に刺さり、辺りは血臭に満ちていた。
死神がその猛威を振るった跡形には物言わぬ死者しか残らない。
土埃と血に塗れた死臭が漂っている。
激戦であった。
戦場など、ろくなものではない。
常に死と隣り合わせで人間を狂わせる世界だ。
馬蹄音が荒れた地面を揺らし、槍歩兵隊の跫音が響く。
遠くで休戦の合図である鐘が鳴っているのが聞こえてくる。
身体を包む疲労感と絶え間なく襲ってくる激痛が私を苦しめる。
力が抜けそうになるのを何とか気力を振り絞って耐える。
一歩足を踏み出すだけで腹部に激痛が走り、体中を蝕むが必死に足を上げた。
地面は昨日まで降り続いた雨で泥と化していたため、跳ねた泥が膝まで達し、全身は土砂と血飛沫で汚れていた。
いや、返り血だけじゃない。
左胸から脇腹にかけて深い太刀傷で抉られていた。
脂汗がぶわりと溢れ出ている。
とんだへまをしたものだと思わず舌打ちが自然と零れた。
油断したつもりはなかったが、どうやら立て続けの出陣に身体は思ったよりも随分疲労していたようだ。
そこを、よりにもよってあいつに見抜かれていた。
何時もなら絶対にしないミスだ。
戦場では常に前線で剣を振るっていた。
前線は最も過酷で死闘が繰り広げられる場所だ。
生半可な技量では生き抜けない場所に、私は何時だって立ち続けなれればならない。
そして必ず勝利をもぎ取ってきた。
己が兵士たちの希望であり、勝利への掛橋だと期待されているのだから何時だって勇ましく在らねばならなかった。
それが軍を率いる将といての責任だった。
それをあいつも知っていた。
おそらく虎視眈々と狙っていたのだ。
終わりのない戦闘がなんとか終結し、敵兵が白旗を掲げて撤退を始めた矢先だった。
朝から始まった戦はもう太陽が頭上へと移動しようかという時間が経過しようとしており、既にどちらが優勢かの勝敗は決していた。
敵の先鋒を撃破して陣中に斬り込み、敵を蹴散らした私たちの陣営だったが、味方の兵士たちにも疲れの色が濃い。
敵の引き上げはこちらにとっても好都合だ。
直ぐに後方から引き上げの銅鐘が聞こえてきた。
陣地後方の城壁の上から、戦場の流れを見極めていた総司令官も私と同じ考えを懐いたのだろう。
総司令官は戦法に優れ、どんな戦況の機微も見落とさない。
性格的には素直に尊敬できないが、軍師としての腕は信頼できる。
だから私は周りの兵士たちに引き上げの声をかけた。
千軍万馬。
私に付き従う兵士たちは全員が精鋭揃いの兵ばかりだった。
幾多の戦場を共に駆けてきたので一の言葉で十は考えて行動する忠臣たち。
私の号令を聞き取り、すぐさま動き出した彼らと共に殿を守る。
いくら相手も後退しているとはいえ軍の最後尾は細心の注意が必要だった。
殿が崩されれば引き上げている味方にも影響が出る。
私も兵士たちも敵陣の動きに注意しながら後退していたのに不意をつかれてしまった。
奇襲されたからだ。
退路の両脇の薮から突如として飛んできた矢に、騎士の一人が衝かれたのを合図に伏兵が襲い掛かってきたのだ。
それがただの伏兵だったのならば、私の敵ではなかった。
矢の雨霰を躱しきれずに味方が地面へと馬上から落ちていく中で、私は敵兵に容赦なく剣を振った。
敵の槍を薙ぎ払い、背後から襲い掛かって来た兵を強打して一刀両断する。
骨の破砕する音と絶叫が木霊した。
鬼神のような強さに怯んだ伏兵の中から飛び出してきた影があった。
私は背後から容赦なく迫る太刀に気づく。
利刃を自らの剣で受け止めた。
私と敵兵の視線が交わったのは一瞬。
確かに私はその敵兵の顔を見た。
雑兵の簡素な防具をしている男は薄汚れていたが、目鼻立ちの整った精美な顔を隠すことは出来ていない。
それはそれは甘美な微笑を男は私に向けた。
それが挑発だと分かっていたが、頭に血が上るのをとめることは出来なかった。
羞恥ではなく怒りの為だ。
忘れたくても忘れる事など出来るはずのない顔だ。
この男を追い続けて来た。
全ての元凶であるこの男を血眼になって捜してきたが、雲を掴むように、いつも足取りを掴む事が出来なかった。
その度にこの男は嘲笑うように自ら私の元へ足を向けてくる。
そして、まるで「捕まえてごらん」というように、挑発だけしてまんまと逃走していくのだ。
今回、敵側にこの男が与しているのは調べがついて分かっていた。
だが、それはあくまで参謀としてだ。
なかなか表に出てこないことで私を苛んでいた。
それなのに戦場に出てきたということは、間違いなく私を挑発しに来たのだ。
心臓が怒りに呼応するように鼓動を強める。
この感情が私の怒りか、それとも私の中に寄生している存在の怒りか。
両方のものか。
どちらでもよかった。
わかっていることはただ一つ。
目の前にいる男の首を跳斬り心臓に剣を突き立てて今度こそ、その息の根を止めなければならないという事だけだ。
かっと目を見開く。
体の底から湧きあがる獣じみた咆哮を上げた。
周りにいた敵も味方も竦みあがった。
その中で男だけは動じず微笑んだ。
まるで聖人のような優しくも妖しい艶笑だった。
偏執狂のその視線。
その目は濁流のように渦巻き暗く濁りきっていた。
瞬く間に私と男の利刃が互いに牙を剥き出し、激しく火花が散った。




