傷ついた白蛇を助けたら、翌朝イケメンに求婚されました
森の奥で、リナは一匹の白蛇を拾った。
「うわ……血が出てる」
白蛇の身体には、獣に襲われたらしい傷があった。
蛇が得意というわけではない。
むしろ苦手だ。
それでも――。
「放っておいたら死んじゃうよね」
リナは白蛇を布で包み、家へ連れて帰った。
傷を洗い、薬を塗り、温かい布を敷いてやる。
「ほら。これで大丈夫」
白蛇はじっとリナを見る。
金色の瞳が、妙に人間くさい。
「そんな顔しないで。治ったら森に帰るんだからね」
白蛇は、ぺろりと舌を出した。
「……返事した?」
もちろん、気のせいだ。
その夜。
リナが眠りについたあと、白蛇は静かに目を開けた。
そして――。
翌朝。
「……あれ?」
籠の中に白蛇はいなかった。
「逃げたのかな」
少し寂しい気もしたが、元気になったのならそれでいい。
そう思った直後。
コンコン。
玄関を叩く音がした。
「はーい」
扉を開ける。
そこにいたのは――。
白銀の長髪。
金色の瞳。
長身。
整いすぎた顔。
まるで絵本から出てきたような美青年だった。
「…………」
「…………」
「……どちら様ですか?」
青年は跪いた。
そして――。
「俺と結婚してくれ」
「…………は?」
リナは扉を閉めた。
バタン。
「待ってくれ!」
ドンドンドン!
「怪しい者じゃない!」
「朝っぱらから求婚してくる人は十分怪しいです!」
「昨日、君に助けてもらった!」
「え?」
「俺だ!」
「…………」
リナは恐る恐る扉を開けた。
「俺だと言われても……」
青年は自分の胸を指差す。
「昨日の白蛇だ」
「…………」
「…………」
「嘘つけぇぇぇ!!」
「本当だ!」
リナは頭を抱えた。
「白蛇が翌朝イケメンになるなんて聞いたことない!」
「俺も人間になるのは久しぶりだ」
「久しぶり!?」
「三百年ぶりだ」
「スケールがでかい!」
青年は真顔だった。
「俺の名はシオン」
「……シオンさん」
「シオンでいい」
「じゃあシオンさん」
「なぜ一歩も譲らない?」
「警戒してるからです!」
シオンは少し傷ついた顔をした。
「昨日はあんなに優しく撫でてくれたのに……」
「蛇だったからです!」
「頭も撫でてくれた」
「蛇だったから!」
「『かわいい』とも言った」
「蛇だったから!」
「『元気になってね』とも」
「蛇だったから!」
シオンがじっとリナを見る。
「……蛇だったから、か」
「そうです!」
「では、人間の俺なら?」
「え?」
「頭を撫でてくれるか?」
「撫でません!」
即答だった。
シオンはしょんぼりした。
「……昨日は気持ちよかった」
「知らないよ!」
しかし、その直後。
シオンのお腹が――
ぐぅぅぅぅ。
「…………」
「…………」
リナはため息をついた。
「朝ごはん、食べます?」
「食べる」
返事が早い。
「何がいい?」
「君の作ったものなら何でも」
「じゃあ、パンとスープね」
「君の手料理……!」
シオンの目がキラキラ輝く。
「普通の朝ごはんですよ?」
「俺にとっては特別だ」
「……大げさだなぁ」
ところが。
食卓についたシオンは、スープを一口飲んだ瞬間――。
「…………」
「どうですか?」
「……結婚してくれ」
「スープで求婚するな!」
リナは思わずスプーンを置いた。
「なんでも結婚に結びつけないでください!」
「では、このパンを食べ終わったら」
「求婚しない!」
「……はい」
シオンは大人しくパンをかじった。
そして数秒後。
「……おいしい」
「よかった」
「やはり結婚――」
「するな!」
そんな二人のやり取りを、窓の外から白蛇たちが見ていた。
『人間の姿になった途端、求婚ばかりしている……』
『長は本当にあの娘が好きなんだな』
『しかし、あれでは一生結婚できないのでは?』
『……否定できない』
その日から、シオンの求婚攻撃が始まった。
花を贈れば、
「結婚してくれ」
薬草をもらえば、
「結婚してくれ」
お茶を淹れてもらえば、
「結婚してくれ」
雨の日に傘を貸しても、
「一生、俺の隣で傘を持ってくれ」
「求婚の方向性がおかしい!」
そしてある日。
リナが熱を出して寝込んだ。
シオンは大慌てで看病を始めた。
水を持ってきて。
薬を煎じて。
布を冷やして。
「大丈夫か?」
「……大丈夫」
「本当に?」
「うん……」
シオンはリナの手を握った。
「俺は君がいなくなるのが怖い」
「……シオン」
「だから――」
リナは少し身構えた。
「結婚してくれ」
「病人に求婚するなぁぁ!」
「今のは本気だった!」
「いつも本気でしょう!」
二人の声が家中に響く。
けれど――。
リナは布団の中で、こっそり笑っていた。
最初はただの変な白蛇だった。
それが今では――。
「……まあ、悪くないかも」
「何が?」
「なんでもない!」
「なら結婚――」
「まだ言うな!」
今日もリナの家には、白蛇だった美青年の求婚の声が響いている。
そしてリナがまだ知らないことが一つ。
シオンが人間になった理由は――
「愛する人間と結婚した白蛇は、一生人の姿で生きられる」という一族の掟があるからだった。
つまり。
シオンにとって、この求婚は冗談でも勢いでもない。
人生を懸けた、本気の恋だった。




