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住み込み条件は添い寝でした


傷が染みるのを我慢しつつ、ぬるま湯でシャワーを浴びたのち、大きすぎる夜刃昌磨のパジャマを着て寝室に向かった。

夜刃昌磨はすでにダブルベッドで横になっており、携帯をいじってくつろいでいた。


「なぁ」

「は、はい」


「どこかで会ったことないか?」

「夜刃監督と僕がですか? ないと思います」


夜刃昌磨のような人間に会えば、鮮明に記憶に残るはずだ。どこかですれ違った、くらいはあるかもしれないが、喋ったことはない。


「演劇をしたことは?」

「ないです」


それきりこの人との会話は続かなかった。


息をひそめるように毛布に丸まり、小さくなって目をつぶった。

身近に千夏がいたせいで、言葉が乱暴な人には強い恐怖感を抱いてしまう。

非常に怖い思いをその時していたが、毛布や枕があまりにも気持ちよくて、五分ほどで眠ってしまった。


翌日、食事を気に入ってくれたようで、やってきたお手伝いさんが料理をするのを制し、僕に料理を作れと命令してきた。


僕としてはまだ千夏にやられた傷の痛みが引いてないので、ぜひともお手伝いさんの朝ごはんが食べたかったけど、致し方なく、喜んで! と返事をしてからキッチンに立った。


お手伝いさんが持ってきた食材は、食パン、ハム、ピザ用チーズ、ピザソース、バターだった。ハムチーズしか作れない。

こんなの誰が作っても一緒だから、やっぱりお手伝いさんに作ってもらうべきだったのではと思いつつも、調理していく。


「できました。召し上がれ」


コーンと牛乳、あと調味料も豊富にあったので、即席コーンスープも用意した。


一口、二口。

夜刃昌磨の口元は止まらない。良かった。今回も気に入ってもらえたみたいだ。

でも、運動量が多い人にこの献立はどうなんだろう?

せっかく良い筋肉を持ってるんだから、筋肉が育ちやすい朝食にした方がいいと思う。

そんなことを言ったら、きっと昨日みたいに「もういい、黙れ」って言われるんだろうな。


「片づけておけ」

「はい」


どうして洗い物をする時も、僕を見張ってるんだろう? 包丁で急に襲うような人間に見えてるんだろうか。


「なぁ」

「あ、はい」


ちょうど洗い物が終わったタイミングで、夜刃昌磨が話しかけてきた。


「俺の家で住ませてやろうか」

「えっ」


それはありがたい。けど、どうしてそんな提案をしてくれるんだ?


「飯は悪くなかった」

「それは良かったです」

「お前のマッサージも悪くない」


「……良かったです」

「今から出す条件を飲むんなら、この家に住まわせてやる」

「な、なんでしょうか?」


人差し指を軽く曲げた。こっちへ来い、というジェスチャーだ。

水を止め、傍に寄る。すると、夜刃昌磨は立ち上がり、耳元にその条件を伝えてきた。


僕は顔が熱くなり、思わず両手で口元をおさえた。



***


夜刃昌磨が運転をしながら、最近流行りの曲を鼻歌でハミングしている。

イケメンボイスな上にこの顔だ。きっとファンが聞いたら卒倒するだろう。


だけど、僕にとっては地獄から奏でられたオルゴール音のように聞こえる。


「さっきの条件、本気ですか……?」

「当たり前だろ。冗談なんて言わねぇよ」


「やめるか?」

「……や、やります」


僕に選択肢なんて、無いんだ。がんばるしか、ない。


***


<アイアン芸能プロダクション 事務所>


「百万円だって?! ボディケア担当に?  冗談だろっ?」


やっぱりそうなるよね。すみません、勝俣社長。

月六万円で雇うはずだったのに百万円って、本当に寝耳に水すぎると思う。


僕はスタントマンの練習ルームの端っこで体を小さくして座っていた。


夜刃昌磨と勝俣社長はここから見える場所で立ち会議をしている。僕は二人の会話など全く聞こえていないフリをして、窓から見える鳥を眺めたり、スタントマンの方々の練習風景を見ていた。


「急で問題があるんなら、金は俺に振り込まれる給料から引けばいい」

「金に興味が無いって言っても、それは……」

「事務所からの給料なんて、現役時代のファイトマネーの六百分の一くらいだろーが。最初からあってもなくても、一緒なんだよ。すべての決定権は俺にあることを忘れんなよ。つべこべ言わず、アンタはあいつに払えばいいんだ」


その計算でいくと、ボクサー時代は年間二十億はもらってたってこと?


朝、ネットで夜刃昌磨が契約していた日本企業のスポンサーをこっそり調べ、簡単に概算で収入を計算したら、しめて三十億という結果になった。


ファイトマネーと日本企業の広告やCMを合わせたら、年間で五十億もの収入を得ていたことになる。

海外契約まで含めると……。

まさに高額納税者。雲の上の人だ。さらにそこから映画監督に主演まで。


いや、もうやめよう。こういった計算をするのは失礼だ。

僕だって、月に百万円もいただけることになったんだから。

すごいじゃないか。うち八割は借金返済にあてる予定だけども。


勝俣社長と夜刃昌磨の話し合いが終わり、僕は皆様と改めて挨拶をすることになった。実は勝俣社長らが話し合っている間に、スタントマンの方々とはあらかたの挨拶は追えていたのだけれど。


「聞いてくれ。今月からここでボディケア担当として働いてもらうことになった、睦月 志穏トレーナーだ。主に夜刃のケアを担当するが、彼が空いている時は好きなだけ頼るといい。だいぶいい腕前だから、体に痛みがあるやつはどんどん相談しろ。大人びた雰囲気だが、年は十九だ。みんな仲良くしてやってくれ」


「十九だったのかよ!」

「まじで?」

「若いって。大学は?」

「怪我すごいやん。そんなんで仕事できるん?」

「ちょうど整体行きたかったんだよ、助かる~」

「背ぇ高いなー!」

「あれで十九? 二十九くらいに見えたわー」


さすがアクション俳優やスタントマンの方々。

ある程度反応は予想していたが、みなリアクションがかなり大きい。

最後のはすごくひっかかるコメントだったけど、気にしないでおこう。


「この通り彼は満身創痍で、すぐには働けない状態だ。完治してからみんなのケアを担当する。じゃあみんな、練習に戻ってくれ!」


勝俣社長の指示ひとつで、皆は散り散りになり、各々の練習へと戻っていった。

社長と皆の距離感や親密度を目の当たりにし、これまで身を置いていたジムが、いかに劣悪な環境だったかを、改めて思い知らされた。


「睦月くん、いや、睦月トレーナー、怪我についてはあとで聞くとして、先にヨガのインストラクターについて話をしよう」

「あ、それは……」


夜刃昌磨が割り込み、僕の発言を許さなかった。


「もう一人いたろ。鼻ピアスの。そいつに連続で担当を任せばいいんじゃないか」

「ああ! そういえば彼、連続で担当を受け持ちたいって言っていたな。うん、そうしてもらおう。きっと喜ぶだろう。夜刃、めずらしいな。人の顔や名前を覚えるの、苦手じゃなかったか?」

「あいつは知ってるやつだったから」


あの速水くんを?

速水くんは夜刃昌磨についてはテレビの向こう側の人だっていう認識っぽかったけど。


「で、睦月トレーナー、怪我について話してもらおうか」

「その、あまり表には出さないでいただきたい内容ではあるのですが……」


勝俣社長にだけは、借金を抱えていることや、これまで劣悪な職場環境で働いていたこと、怪我に至った経緯、そして前職の社長が逮捕された顛末などを話した。


最後に夜刃昌磨が「で、俺んちに住み込みで働くことになった」と付け足した。


「お前んちだって?!睦月トレーナー、だ、大丈夫なのか? その傷のどれかは昌磨が殴ったものだったりしないよな?」


「ぜんぶ前職の社長にぶたれたものです」

「それならいいんだが」

「勝俣さん、俺を信用しなさすぎだろ」


夜刃昌磨に睨まれた勝俣社長はコホンと咳払いした。


「さて、今後の仕事について説明していこう。睦月トレーナーはひとまず完治するまで、うちのスタッフを観察してもらう。君は動きを診るだけで、すぐにどこが悪いのか気づけるだろう?」

「はい。そういうのは得意です」


「よしよし、それじゃあ、午前中は秘書に会社説明をしてもらうから、午後からは君の得意な方向で仕事を始めていってくれ」

「はい、わかりました」


***


<夜刃昌磨の家>


怪我はそれほど重症ではなく、二週間もすればアザが跡になって残るくらいになっていた。

全身鏡で背中や腹部、上半身を映した。


「完全には消えない、か」


過去に受けた数々の暴力の傷は、今も残り続けていた。

もうこれ以上増えることはないと思うと、張り詰めていたものがようやくほどけた気がした。


シャワーを浴びても染みる痛さを感じなくなった頃、夜刃昌磨は動き出した。


「睦月、いつまでシャワーを浴びるつもりだよ?」


ああ、この日が来てしまった。


”この家に住む条件その一。添い寝をすること”


「いま行きます!」


ベッドへ上り、横たわる。


「遠いだろ、こっち来い」

「ハイ……」


服の下に手を差し込まれ、するりと手が腹部を撫でられた。


「ひぃっ」

「なんて声出すんだよ。たかが添い寝くらいで、オーバーなんだよ」

「だ、だって、誰かとこうやって眠ったことなくて」


「慣れていけ」

「どうして条件が添い寝なんですか?」

「お前の肌、キモチイイんだよ。触ってると、眠くなる」


そんな理由で……。



***



本当の地獄はここからだった。


「い、痛い、夜刃監督、痛いです……っ」

「ぐぅ~~」


起きやしない!


元世界チャンピオンの腕力から逃れられるはずもなく、彼が起きるまで、体がへし折れるのではないかと思うほど恐ろしい怪力で抱きしめられ続けた。





***





ep.8「ファーストキスは契約の一部 」へ続く




次回『ファーストキスは契約の一部』


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