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睦月志穏は見逃さない


「アンタ何歳?」

「十九です」

「若いな。老け顔? 背ぇ高いし、俺と同い年かと思ってた。名前は?」


老け顔……。


「睦月 志穏といいます」

「イマドキの名前って感じだな。俺、速水はやみ 一閃いっせん。かっこよくね? 昔の侍みたいでさ」

「そうですね。僕も、カッコイイと思います」

「だろ? 気が合うなぁ俺たち。イケメン同士、仲良くしようぜ♪」


サイドヘッドロックをキめてきた。

じゃれているだけだろうけど、この人、体がガッシリしてるからけっこう首がくるしい。


会話で疲れてしまい、僕が言葉少なになった後、彼はコミュニケーションに飽きたのか携帯をいじりはじめた。


ガラス越しの向こうでは、スタントマンや俳優がアクロバティックな動きをしているのが見える。


鼻血を出していた金髪青年はティッシュを鼻に詰め、勝俣と何やら武道の構えを練習していた。

金髪の人、あきらめずに頑張ってる。すごいな。


前触れもなく、肘で腹を小突かれた。


「うっ」


速水の小突きはなかなかの攻撃力で、わき腹がズキズキした。


「お、さっきのバイオレンス男、夜刃 昌磨だったのか」


彼に悪気はないようなので、腹をさすり、前を見る。

黒に近いダークブラウンの短髪の男が眉間を寄せ、励む金髪青年を見下ろしている。


視線は鋭く、眉は太めで直線的。鼻筋はすっと通っていて、首筋が長く、鎖骨と筋の浮き方がとても男性的だった。


「知ってる? 夜刃監督。俳優もやってるんだ。ここの事務所だったんだな。映画撮影の練習か? 次も主演やるらしいぜ。すごくね? 監督と主演両方やるとか、バケモノだろ」


さすがに“バケモノ”には頷けず、苦笑するしかなかった。

自然と目線は夜刃昌磨へと集中する。暇の無い生活を送ってる自分でも知ってる、有名な人だ。


元・世界チャンピオンのプロボクサー、夜刃昌磨。うちのジムにはボクサーファンが多く、ジムのテレビはいつも彼が映っていた。俳優に転身したというニュースを見たことがある。

立ってよく彼を見てみようと首を伸ばした。


「すごい……」


テレビで見ていて知っていたが、信じられないほど、かっこいい。


「な、スゲーよな。生の夜刃監督を見れるなんてよ」


「……肩から上腕にかけての三角筋が見事ですね。前部と中部の境目がくっきり分かれているのに、盛り上がりすぎていない。普通、ボクサー上がりなら胸と腕が強く出すぎて、肩は丸く逃げるはずなのに、彼の場合は肩が“止め”になって全身の動きを制御している感じがする」

「お、おい?」


「あれはウエイトだけじゃなく、実戦で衝撃を受け止め続けてきた関節可動域の広さと、インナーマッスルの厚みがないと絶対に作れない形だ」

「なぁ急になに?」


「筋肉がすごいっていう話ですよ。首が太いのに短く見えないのもポイントが高い。すごくスタイルがよく見えますよね。僧帽筋上部が発達しているのに盛り上がらず、鎖骨がちゃんと見えている。腹筋は腹直筋が分厚くて、外腹斜筋が肋骨の下から滑らかにつながっていますね」

「ふ、ふ~ん?」


「体幹を固定する意識が常にある人なんですね。腰の位置が高く、骨盤が前傾しすぎていないから、下半身への力の伝達ロスが少なく、ジャンプも着地も無駄がない。太ももはハムストリングが主張していて、ああいう脚は走る、蹴る、踏み込む動作を何度繰り返しても壊れにくい。夜刃監督にはポリネシアン系の血も混ざってるのかな? 顔は日本人みたいだけど、骨格と筋の付き方が僕たちとはまるで違う。どれだけの修羅場をくぐってきたんだろう? あの筋肉、一度でいいから触ってみたい」


「ブツブツ一人で延々……どん引きなんだけど。なんだよ触ってみたいって。ゲイか?」

「えっ?」


振り向いたら、速水が体を引いて、ゴミを漁るカラスでも見るような目をしていた。

どうしてそんな目で見られるのかわからなくて、困る。


「アンタ、ミーハーなんだな。あと筋肉オタク?」


筋肉オタクなのは認めるけど、ミーハーかどうかはわからない。

今回も苦笑でやり過ごし、夜刃昌磨に目線を戻した。


「……あ」


夜刃昌磨が立ち上がった瞬間、わずかに身体が一瞬傾いた。

踏み出した脚をかばうように、反対側の脚に体重を逃がしている。

脚に負荷がかかっている状態だ。

夜刃昌磨が青年に対し、怒号を浴びせた。


「こんな簡単な動き一つできずにどうするんだよ! その程度なら、スタントマンなんかやめちまえ」

「夜刃! その言い方はないだろ」


勝俣社長が諭す。

夜刃昌磨は、勝俣社長に一喝されても、顔色一つ変えずに吐き捨てるように言った。


「ダルい。先に昼飯に行く。俺が帰るまでに、モノにしておけよ。もしくは帰れ」


言われた金髪青年は顔を青ざめ、何も言わなかった。


夜刃昌磨がドアに向かって歩いている。なんだか歩き方が不自然だ。普通の人には気づかれない小さな異変ではあるが、筋肉の構造をよく知った者なら気づくレベル。本人は気づいていないのか、あるいは慣れてしまっているのか。

あれは、放っておいていい状態じゃない。こちらに近づいてくる。ガラス越しから、どんどん精悍な顔がはっきりと浮かんでくる。


「わ、近くで見ると、もっとかっこいいんだ」

「あ、共感。知ってる?夜刃監督ってさ、前回の映画はスタントマンも使わず全部自分で済ませたらしいぜ。超人的な運動能力!ってネットニュースで上がってたんだよな」


「そうなんだ、すごい人なんですね」

「そうそう、俺たち話合うじゃん。相性よくね?」


相性が良いかはさておき。


「夜刃監督が!」


立ち上がり、部屋から出てきた夜刃昌磨に駆け足で近づいた。


「あっ おい、睦月! 何する気だよ?」

「ちょっと、夜刃監督に伝えたいことがあって。携帯は持ってるので、連絡があったらすぐに行きます!」


膝について、伝えてあげないと。こういうのは、早期に対処した方が、治癒しやすいんだ。


夜刃昌磨が練習室から出てくるタイミングを見計らって、「あの、膝、大丈夫ですか?」と声をかけた。


「アァ?」

「っひ、」


怖い、かも。

吊り上がった目がこちらを捉え、感情の読めない冷たい視線がじっと離れない。まるで蛇に睨まれた蛙にでもなった気分だ。


ボクシングの試合中継を、ジムに設置されたテレビで客たちとよく眺めていた。

夜刃昌磨はマイクを握り、コメントを発するたび、怒気を孕んだ口調で語る人物として知られていたが、それはあくまでイメージ戦略の一環だと思っていた。

だが、この人はどうやら素のままで、この剣呑な空気を纏っているらしい。


話しかけた以上、用件を言わないと。

ただ声をかけただけで、こめかみがぴくりと動き、苛立ちがあからさまだ。


速水の「あわわわわ……」という情けない声が背後から聞こえた。


これは大変な人に話しかけてしまったぞと焦ったが、後の祭り。


「あ、の、僕、睦月と申します。今日は、あちらにいる勝俣さんに呼ばれて、来ました。本業の一つでボディケアも担当してて、その、」


どうして接客している時のように喋られないんだろう?

喉がつかえて、体中が緊張で強張ってくる。


「だからなんだよ?」


ちゃんと、伝えないと。もしかしたら、自分の膝がどれだけ悪いか、この人は気づいていないかもしれない。


「膝回りをほぐすマッサージはいかがかなと。あと一時間はここで待たないといけなくて、ちょっと、時間が余っているんです、僕。さっき動きを診させてもらいました。たぶん、膝のケアをしてあげないと、あとでツライと思います」

「ああ。勝俣さんがマッサージ屋を雇ったのか。ちょうど受けたいと思ってたところだ。頼む」


マッサージ屋としてではなく、オンラインのインストラクターとしてなのだけど……。

訂正しようとしたら、「下手だったら承知しねぇぞ」と言われ、怖くて何も言えなくなってしまった。


夜刃昌磨は手の甲を僕の方に向け、クイっと指を曲げた。


「来い」


怖い人だけど、動作がなんだか、恰好いい。

ついていった先には、仮眠室、と書かれた札があった。


入るとすでに休んでいる人が数名いた。


「入れ、ここでやる。下手だったら叩き出すから、ちゃんとやれよ」


ベッドへ横たわりながら、睨まれた。

なんで睨むの? 顔が整ってるせいか、余計に怖い。

あと口から出る言葉も怖い。

こんな人だってわかってたら、ぜったいに話しかけなかったのに。


「いつここに就職したんだ? 面接の話は聞いてないぞ」


肩のマッサージから入った。

筋肉はほれぼれするほど完璧で、無駄が無い。この人に対して怖いという感情が無ければ、うっかりボーッとして手が止まりそうになるところだった。


「僕はヨガ研修で来たんです。勝俣さんから直接オファーをいただいたので、面接は受けていないです。それに、こちらには副業という形で来たので、就職予定はありません。本業はジムトレーナーなので」


「ああ……ヨガか。なんか新しい事業を始めるって言ってたな、勝俣さん。ってことはお前、マッサージ屋じゃねぇじゃねーか。なんで俺にボディケアの話を持ち掛けたんだ。俺のファンなのか?」


「僕たちに教えてくれるヨガの先生が遅れることになって、それでかなり時間があいて暇だったんです。なんとなく見学してたら、あなたの膝に不調が見えたので、声をかけてみました。ファンかどうか……芸能人を追っかけたことはありませんが、えっと、たぶん、ファン……だと思います」


本人を前にして言うのはちょっと恥ずかしい。でも、ちょっとお近づきになりたいと思ったのは本当。

速水にミーハーなのかと聞かれたが、そうかもしれない。


「そうかよ……。ウッ」

「あっ、すみません!痛かったですか?」


普通のお客さんも、筋肉ほぐしの時は痛さと気持ちよさのはざまで呻くことはあるが、こういう体が大きくてガタイの良い人に呻かれると焦る。


「いや、丁度いい、そのまま続けろ。けっこう力あるじゃねぇか」

「はい」


よかった、痛気持ちいい方の呻きだった。


脚中心のケアをするつもりだけど、この人、ちょっとのことですぐイライラするみたいだから、精神を落ち着かせるケアもやっとこう。




***


ep.4 「やっぱり、怖い人 」へ続く





次回『やっぱり、怖い人』


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