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実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話  作者: 夏川ぼーしん


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鏑矢高校魔術部同窓会 第九話




 九頭竜島サバイバル生活五日目。野木さんが死んだ。


 魔術師の家には絶対に備え付けてある遺体安置所。その重苦しい扉を閉めて、一息つく。部長と沖田先輩は、やはり暗い顔をしている。野木さんは、俺にとってはそこまで関わりの深い人物ではなかったが、二人にとっては同じ家の同僚だ。彼の死に、思うところはあるはずだ。


「行くぞ」


 いつもの威勢のある声ではないが、部長はよく通る声でそう言って、地下の階段を昇っていった。それにその場の全員がついていった。()はすっかり落ち、リビングには既に食事が用意されていた。


「美憂さんほど美味しくはないと思うけど」


 なんて言って待っていたのは霧花さんだった。相変わらず顔色は良くない。夕食は一瞬で終わった。長々と食べられるほどの量は無い。釣り竿を犠牲に釣り上げられた魔物の肉は、もうとっくに無くなっていた。


「気を取り直して、報告を聞こう……何かある者は挙手を」


 霧花さんと美憂ちゃんが食器を片付けている間に、流れるように会議は始まった。議長のその言葉に真っ先に手を挙げたのは笹塚だった。


「昨日武曽が持ってきてくれた竹で幾つか釣り具を作りました。前使ってたヤツに比べるとぉ、まぁそのぉ……使い勝手がアレなんで、あまり釣果は期待しないで欲しいですけど」


 その言葉に続くように武曽が手を挙げて発言する。


「今日から導入した仕掛け網ですけど、すみません肉食の魔物に網を食いちぎられて中の魚全部やられました」


 部長はその報告を腕を組んで聞いていた。表情はいつもより険しい。


「水汲み作業、今日の分も無事に完了しました」


 沖田先輩の報告があり。今日はもう無いか、という時に一人の男が手を挙げた。その事実に、その場の全員が色めき立つ。久瀬陽太……その特殊な眼でもって海の監視を任されていた男だ。


「今日の海はいつもより静かでした。多分明日には船を出せるようになると思うっす」


 それは、ここに居る全員が五日間、ずっと待っていた報せだった。


「しゃあああああああああああ!!!!」


 笹塚の全力のガッツポーズを皮切りに、リビングには歓喜が広がっていた。部長と沖田先輩は抱き合って喜びを噛みしめているし、武曽はよくやったと偉そうな事を言いながら久瀬の背中を叩いていた。


 俺は、そんな中、今朝美憂ちゃんに聞かされた言葉を思い出していた。


『発熱等の症状は治まっています。ただ、持って四日です。それまでは、体力の低下を抑制するために適度な運動を心がけるよう言っておきました。それが遠城さんが生き残るために最も必要な処置です』


 持って四日…………彼女はそう言っていた。短ければどうなのかは、聞く勇気がなかった。何にせよ、明日にはここから出て、霧花さんを本州の病院に連れていける。コレ以上誰かが死なずに済む。それ以上に嬉しい事は無い。小さく息をついて、木製の背もたれに身を預ける。張り詰めた緊張の糸が切れたというのか、こんな気分になったのは久しぶりだ。


「お前等湯を張れ! 帰る前に、ここ数日の汚れを清めるぞ!」


 もうこれ以上節水する必要もない。その日は全員、久しぶりに風呂に入ってから寝た。



◆◆◆



 黒曜石のように真っ黒な髪をポニーテールにした、線の細い男が居た。背は男にしては少し低く、正直な話、女にしか見えない。どこか儚い、今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせている。それが雰囲気詐欺である事を俺は知っている。コイツは女ではなく男だし、ゴキブリ並みの生命力の持ち主で、どんなピンチでも死にそうになりながら切り抜けてきた。中学以来の俺の親友…………


「夢枕に立つってやつか」


 そんな訳はないと思いつつ口に出す。幸馬の魂は、この世に留まる事無く彼岸へと旅立った。それは、俺自身が霊媒の才能を持つ者として直接確認している。それでも、コレが夢が作り出した幻でなく、本物のアイツであったらと、ふと思ってしまったのだ。


「何の用だ親友? 楽しく昔話でもしようってツラには見えないな」


 幸馬は何も言わない。ただ、そこに立って、俺を見つめてくるだけだ。


「そんな顔するなよ、心配しなくても明日にはこの島を出られる。コレ以上、この件で俺の知り合いがそっちに行くこともない」


 あの後、皆で確認したんだ。確かに海は静かになり始めていた。魔物の群れは疎らになり、空気中を渦巻いていた毒々しい魔力は薄れた。明日の昼頃には、すっかり穏やかになった海が俺たちを待っていてくれる筈だ。


 そう説明しても、幸馬は物憂げに俺を見るだけで、微笑んでくれはしない。


「例え明日……何かのトラブルでこの島を出られなかったとしても」


 気が付けば、何もない暗闇が続くだけだった景色が様変わりしていた。地面が無い…………前後左右上下、全てが蒼穹に包まれた空間。吹きすさぶ風の中を、俺は静かに宣言した。まるで、自らの心の迷いを打ち払うかのように。


「コレ以上は、誰一人として死なせはしない。身内の死は、三年前でもう懲りてるんだ」


 俺のその言葉を聞いて、初めて、幸馬が笑った…………ような気がした。気が付けば、目が覚めていた。珍しく寝坊だ。窓の外はすっかり明るくなっている。


 九頭竜島サバイバル生活六日目。今日が最終日になる────筈だった。



◆◆◆



 崖の上、別荘の庭から静まり返った海を眺める。久瀬の言った通りに、龍潮は過ぎ去った。晴れ渡る空の下、朝食と言って渡されたにぎり飯を齧る。


「先輩! 鷹峰先輩! 大変っす!」

「分かってる」


 駆け付けた久瀬に短くそう答える。魔物の影は無い。この海なら渡れそうだと、一般人なら考えるだろう。だが、吹きすさぶ荒廃した魔力は、未だに通信を回復させるには至らない。いや、むしろ静まりかけていたそれは、徐々に勢いを増しているようにすら感じられた。


 第二波だ。通り過ぎた龍潮とはまた別の龍潮がやってこようとしている。


 俺は指に付いた米粒を舐め取ってから振り返る。


「龍潮の事なら俺に考えがある。そう慌てる事も…………」


 そこまで言って、違和感に言葉が詰まる。空気が……いや匂いが違う。久瀬から漂ってくる匂いが、いつもと違う。微かに、微かにだが……血の臭いが混じっている。


「それも! それもありますけど! そうじゃなくて」


 なおも取り乱したままの久瀬に嫌な予感がした。俺にとって、第二波以上に緊急性のある報告、そんなもの……


「彼女さんが……血い吐いて倒れたっす!」


 半ば予想できていた最悪の言葉に、俺は言葉を失った。いつ倒れるとも知れない体だというのは、理解しているつもりだった。だが、それでも…………いくら何でも早すぎる。


「クソ……!」


 その場から駆け出す。一刻も早く、彼女のもとへ行かなければならない。玄関の扉を開けて、エントランスに入る。別荘の中を反響する皆の声、どれも切羽詰まった大声ばかり。それだけ、事態が切迫しているという事だ。運ばれた場所は、恐らく霧花さんの部屋。三階だ。


 廊下には数人が詰めかけていた。いずれも霧花さんの部屋の前で険しい顔をしていた。その中に一人、俺を見つけて近づいてくる丸い影があった。


「鷹峰ぇ」

「笹塚……」


 笹塚の握りこぶしが力無く俺の胸を叩いた。


「あの娘を助けるつもりなら……時間が無い。今から電脳魔を調整している暇はないぞ」


 そのまま、左手で俺の右手首を掴んだ笹塚は。俺の胸を叩いた握りこぶしを、俺の右手に握らせる。奴の丸い手の中から、何かが零れ落ちて俺の右手の中に収まった。


 それは、倒れた彼女から盗み出したのであろう、霊翔環だった。


「霧花さんの様子は?」

「そりゃ影島妹にするべき質問だろ」


 そう言って、笹塚は去っていった。彼は彼で、するべき事があるのだろう。俺はその姿を最後まで見送る事無く、霧花さんの部屋へと向かう。部長、沖田先輩、武曽の三人の前を横切り、部屋へと入る。そこには顔を青くした霧花さんと美憂ちゃんの姿があった。


「…………空理兄さん」

「容態は?」


 勿論、詳しい話を聞かずとも、良くない事は明らかだった。俺の言葉に一瞬俯いた美憂ちゃんは、それまでの焦りを感じさせる表情を消し、あくまで冷静に告げた。


「魔力回路の汚染が激しく、現在は封印術式で魔力の生成をストップさせて延命している状態です」

「そんな事をしたら、魔力の枯渇で一日で死ぬぞ」

「はい。なので、外部からの魔力供給で何とか持たせています」


 魔力の供給……確かにここには多くの魔術師が居る。魔力には事欠かないだろう。だが生物対生物の魔力の融通は、難易度も高くロスも大きい、下手をすればお互いに消耗するだけという最悪の展開もある。誰彼構わず供給させるという訳にもいかないだろう。この場合は、おそらく美憂ちゃんが単独で霧花さんの分の魔力を負担している筈だ。


「あまり無理しすぎるのは」

「安心してください。これぐらい平気です」


 それは明らかな瘦せ我慢の言葉だったが、これ以上俺にかけて良い心配の言葉など無かった。それは、ただイタズラに彼女の体力と時間を奪う行為だ。意味などない。


「何日持つ?」

「魔力供給は三日が限度です。魔力の生成を再会したら、多分半日も持ちません」


 なら、明日の朝までにはここを出ないとな。


「分かった。俺もできる限りの事をするよ」


 俺は部屋の入り口から腕を組んで厳めしい顔で見てくる部長に声をかける。


「部長、今すぐこの部屋に全員を集めてください。それから、ホワイトボードとかあります?」



◆◆◆



 到着したホワイトボードに、笹塚の持ってきた紙の設計図を貼り付ける。その前に、この島に居る人間の全てが揃っていた。ホワイトボードの脇に立つのは俺と笹塚、それから沖田先輩。その手前で座り込んでいるのが、部長、武曽、久瀬の三人。ベッドに寝たまま意識のない霧花さん、彼女の傍で魔力を供給しながら話を聞いているのが美憂ちゃんだ。


「実はよぉ、この状況を打開するのは簡単なんだよ」

「そう結論はシンプルだ。空を飛んで島を出れば良い、通信ができないなら直接人を送る。それが俺達の考えた計画だ」


 バンと、笹塚がホワイトボードの設計図を叩く。


「そのためには、コイツを完成させなきゃいけねぇのよ。乗員数は一名、材料さえ揃えば、理論上この九頭竜島から大阪港までの約五〇〇kmの飛行が可能だ」

「確かに、それが可能なら救助を呼んで、今そこで死にかけている鷹峰の婚約者を助ける事もできるな」

「そしたら、コレ以上ひもじい思いもしなくて良いって事っすか?」


 まぁそういう事になる。久瀬の質問にそう返せば、誰かが感嘆の声を漏らす。このサバイバル生活、様々な問題が発生し、俺たちは頭を悩ましてきたわけだが、ついにその悩みから解放される時が来たのだ。と、言えれば良かったのだが……


「…………お前等の顔を見るに、まだ問題が残ってるようだな」

「はい社長、問題はこのオーニソプターに必要な材料が何一つ揃っていない事です」

「フレーム、皮膜、動力、CPU、それに力を伝える人工筋肉も…………この規模となるとなぁ」


 そう、現状。俺たちの使える材料では、このオーニソプターを形にすることは不可能だ。だからこそ彼らにこの計画を説明しなければならなかったのだ。


「でも、ここに居る全員の協力があれば、可能だと俺は考えている」


 そう言って俺は、笹塚から渡された霊翔環を目の前に掲げ、全員に見せた。


「これは、十年前に俺がタイムカプセルに入れた鷹峰家の家宝、アーティファクトだ」


 効果は自然霊、神獣との契約。この指輪の装着者が儀式を行う事で、空の精霊……神鳥を召喚する事ができ。その精霊と契約する事が、代々鷹峰家の次期当主が正式な後継者となるために必要な儀式とされてきた。


「その神鳥をコイツのCPU兼動力として活用する」


 聴衆は四人しか居なかったが、今度こそ部屋が騒めきに包まれる。神獣との契約というのは、それだけ高度なものだ。そう簡単に口にして良いものでもない。俺は皆の目の前で、霊翔環を左手の中指につけた。


「こんな感じで、ここに居る四人、部長、久瀬、武曽、美憂ちゃんにはそれぞれ提供してほしいものがある」


 まず、と設計図のフレームを指さす。


「フレームには、武曽の赤い刀を使いたい。ヒヒイロカネなら軽く頑丈で魔力との相性も良い、素材として申し分ない」


 次に翼。


「皮膜には、部長の部旗を使いたい。アレは厚く頑丈で、風を受けて飛ぶには最適な最高級品だ」


 さらに鳥の心臓を指す。


「それから部長にはもう一つ、虚土(うつつち)の心臓をメインの動力として提供してほしい」

「待て、動力はお前の精霊ではなかったのか?」

「それだけで飛ぶことは不可能ではないです。ただ、魔力噴射による加速機構を扱うには、搭乗者である俺の負担が大きすぎる。他にもう一つ莫大な魔力リソースが必要なんです」


 なんて贅沢な話だとぼやく部長を置いて、先に進める。


「美憂ちゃん、君の人形の人工筋肉は人一人分の加重に耐えられる、本格的なものだ。いくらか融通してもらえるかな?」

「………………」


 彼女は難しい顔で押し黙っている。無理もない。あれは彼女の兄の想いのこもった遺品。そう簡単に手放せるものではないはずだ。他の品も全部そうだ。


「分かってる。簡単に渡してくれるようなものなら、元からタイムカプセルになんて入ってたりしない。そこを押して、皆協力してほしい」


 龍潮の第二波は、予報によってその終息を予測する事ができない。これは、霧花さんだけでなく、ここに居る全員の命に係わる作戦なのだ。


「あの、先輩?」

「? どうした久瀬」

「俺は?」


 ………………あぁ、そうだった。


「お前はどうせ貸してくれるだろうから後回しにしてた。悪いな」

「いや、そんな……俺だってタイムカプセルに入れてたのは大事な宝物なんすから、そんな扱い心外っす」


 むくれた顔の後輩を見て、俺は薄く笑った。


「あの悪戯に使ったサイズ変更魔道具がお前の宝物なのか?」

「…………あ、あぁ! そういう事っすか!?」

「さんざん皆を脅かして、もう使い終わったものだし、快く貸してくれると思ってたんだが……違うのか?」


 肩を掴んでそう言うと、久瀬は気まずそうに周囲を見回した。タイムカプセルから飛び出した大蛇を思い出してか、怖い顔をしている奴が何人か居たようで、久瀬はぎこちない笑みで了承した。


「素材は少量で良い、全部くれという訳じゃない。久瀬の魔道具で小さい模型を大きくして使うから、細かい分量は笹塚に聞いてくれ」


 そうは言うが…………


「そういう事なら好きなだけ持っていけ、部員のために必要なら、私は幾らでも出すぞ!」


 すぐに返事が返ってくるほど思い切りが良いのなんて部長くらいのものだった。彼女のその言葉に苦笑しつつ、会議はそこで終わった。残るは刀と人工筋肉、どちらも思い入れのある品である事は間違いない。すぐに答えは出さなくて良い、できれば半日までに答えをと言って、俺はその場を去った。俺は俺で、挑まなければならない儀式がある。



◆◆◆



 身を清め、車に乗り、山頂に向かう。この島は優秀な霊地だ。だから、少なくともこの儀式のために時期を待ったり、魔力を高めたり、生贄を用意する等という下準備も必要ない。ただ、やはり無造作に呼び出してはそれだけ神の機嫌を損ねる恐れがある。できるだけ、相応しい場所と、身なりで挑まなければならない。俺は、白く清潔な服を着こみ、夏の山道を登っていく。儀式の場所に山頂を選んだのは、単純に空が近いからだが。できるだけ人の生活圏、別荘から離れた方が良いというのもある。


 いざという時は、できるだけ被害が大きくならないようにしなければならない。それが、鷹峰の人間としてこの儀式に挑む最低限の責任の持ち方というものだ。まぁ、俺が言ったところでどの口がって話だが……いや。


「違うな。俺は結局逃げ癖のついた落伍者だ。別に何かに責任を持ちたくてここに来たわけじゃない」


 この段になってようやく気付いた。間抜けな話だが、俺は今の今まで自分は覚悟を決めたものと思っていた。家のしきたり通りに儀式を推し進め、人々を救うために鷹峰家の人間として振舞っているつもりになっていた。だが、根本はやはり違うのだ。このまま俺が何もせず、霧花さんが死んだら? 俺の何もしないという選択に責はないのか? 答えは否だ。


 誰かの死を前に、他ならぬ俺自身が俺を許せない。だから、俺は俺のためにここに居る。これもまた、いつもの逃避の一種だ。鷹峰の家を背負う覚悟が決まらず逃げ出したあの時と、何も変わっちゃいない。


 三年前に死んだ親友の顔がチラつく。この想いの始まりは、間違いなくあの時だ。俺はもう……誰の死も背負いたくない。


 そんな覚悟とも言えないような我儘で神と対面しようというのだから、本当に馬鹿みたいな話である。いっそ笑えてきた。大空の下、大きく息を吸い込む。広がった肺、静けさを思い出す拍動、山頂を通り抜ける涼しい風が俺の緊張を鎮めてくれる。吸った息は吐かなければならない、その一呼吸から、人間という自然の営みを感じる。目を閉じ、集中する。俺の全ては、この山頂に吹く風と同じだ。風という種類の自然、人という種類の自然、それは意識しなければ区別するまでもない、同質のものだ。


 だから、意識を遠ざける。


 鷹峰家の魔術の源流は古代の自然信仰。空(かけ)る怪鳥、風の神を崇める神官の家系だ。俺たちは自然と合一する事で異常な知覚を発揮し、人間には許されぬ領域に手をかける。昔なら舞や囃子によってなされた意識の変性だが、現代では単純な精神統一と、催眠系魔術だけで可能になる。技術の発展というのはありがたいものだ。


「天つ風、山の(りょう)を裂きて巡るもの、荒魂和魂(あらみたまにぎみたま)を併せ持つ佐奈毘(さなひ)の大神よ。我は鷹峰の末葉(ばつよう)にして、汝を祭る古き血の(すえ)なり。祖霊の証を以て、今ここに祈り奉る。我が声を聞き、その御姿を現し給え。」


 ただそよぐだけの風が、やけに強く感じる。集中のために閉じていた目を開くと、外界の眩しさに一瞬目が眩む。しかし、その失われた視界を取り戻しても、世界に異常はなかった。全てがあるがまま、山頂からの絶景が横たわるだけだった。失敗か、そう判断しかけた意識を理性が正す。違う、何かがおかしい。さっきまで俺は、この景色を美しいなどと思ってはいなかった筈だ。


 鮮やかだった。そこにある全てが、いっそ毒々しいまでに鮮やかに存在を主張していた。足下に転がる石ころ一つにすら、何か訴えるものがあるかのように……


『なんだ、随分と年の食ったのが出てきたな……』

「……っ!」


 気が付けば、目の前にナニカが居た。薄目で見たらシルエットは鷹に見えなくもない、混沌とした恐怖の具現。見上げるほどの巨体に、今の今まで気が付けなかったなんて背筋の凍る話だ。なるほどコレが神かと、ふと腑に落ちた。


佐奈毘神(さなひのかみ)

『そう気軽にワシの名を呼ぶでない……うっかりワシの気に障ったらどうする』


 どうするんです? と口を突いて出そうになるが、グッと堪える。死ぬどころでは済みそうにない。


「失礼した。俺の名前は鷹峰空理、御身と契約するべく儀式を執り行った鷹峰の息子だ」

「ウム、それにしてはマズそうな……こうやって呼び出されるときは大抵、スレてない可愛らしい(わらわ)がおるもんじゃが」


 心臓が早鐘を打つ。奴の言葉に、この儀式がマイナスからのスタートである事を思い出させられる。だが、やるしかない。やるしかないのだ。大きく息を吸い、震えそうになる声を必死に張って、答える。


「生贄は居ない。十年前に、俺が逃がした」


 俺は今、代々鷹峰家の中から選ばれた生贄の儀式を行っている。生きて帰れるかどうかは、俺次第だ。

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