鏑矢高校魔術部同窓会 第六話
別荘に帰った俺たちは、倉庫が燃えていて物資は失われていた事を居残り組に説明した。反応は様々だったが、メガネ先輩と武曽に関しては意外にも冷静な様子で、淡々と事態を受け入れていた。この別荘にある備蓄だけで、最長一週間のサバイバル……俺ですら不安は拭えないというのに大した胆力だと思う。
問題は霧花さんの方だった。
「出火の原因は……」
「分からない」
「じゃあ、十中八九私よね」
出火の原因は不明だ。だが、現場の状況的にかなり不自然な出火だったことも確かで、人為的な放火である可能性は否定できなかった。まるで空から火が降ってきたかのような、あるいは独りでに燃え出したかのような不自然な火事だった。だとしたら、最も可能性が高いのは彼女が昨夜使用した大規模炎魔術だ。アレは、彼女自身制御しきれないものだったし、最後は反動に耐え切れず気絶したところからも、制御を外れた魔術が思わぬところに着弾したと言われたら、強く否定する材料はない。
長い沈黙の末に俺が絞り出したのは……
「だとしたら運が悪かったんだ。霧花さんが気にすることじゃない」
あまり慰めにならない慰めの言葉だった。
◆◆◆
「この別荘に備蓄されていた非常食の残りは少ない。僕と影島君の妹さんで調べた限り、管理人の野木さんを含めて九人の人間が飲み食いするのは三日が限界だね」
「龍潮が最短で通過した場合はこれでも大丈夫なんですが……」
同窓会の会議室として定着しつつあるリビングのラウンドテーブルに、霧花さんと野木さんを除いた七人が集まっていた。各々がこの間にしていた事、知った事などを部長改め議長に報告していた。
「龍潮は最長で一週間。三日でリソースを食いつぶしたら最悪四日間飲まず食わずだ」
「鷹峰の言うとおりだ。このままじゃ死人が出る。なんとか影島妹の方で節約を頼めるか?」
「分かりました議長。頑張ればできない事はないです。けど、かなり苦しいです。三日分の食料を七日分に配分しなおすと単純計算でも一日の食事量が半分以下まで下がってしまうので」
「三日分と言っても切り詰めて三日です。それが半分以下はちょっと……社長ぉ」
「分かってる。情けない声を出すな」
そこで挙手する武曽。律儀な奴だ。
「足りないなら私が釣ればいい」
「なるほど、確かにそれなら幾らか楽になる筈だな!」
「そうですね、その日の釣果によりますが……過度にひもじい思いはしなくても良いかもしれません」
確かに、食糧の現地調達は有り得ない話じゃない。なんせここは自然豊かな無人島だ。
「釣りは道具がないと力になれないが、山に入れば山菜や果物、キノコが採れるな」
武曽と美憂ちゃん、霧花さんを除外しても、ここには六人分の労働力がある。九人を七日食わすほどにはならないかもしれないが、ある程度は補えるはずだ。
「待てや鷹峰ぇ……問題は食糧だけじゃないぜぇ?」
だが、そこで待ったがかかる。笹塚が手を挙げていた。
「議長、俺の報告に入っていいかぁ?」
「あぁ、頼む」
「貯水槽の残量だぁ。必要になると思って調べたんだがぁ……ありゃ今日一日で底をつくな」
「それは、食料よりも深刻な問題だな……」
食料はまだ良い。断食は辛いし、長引けば死ぬが、今すぐに死ぬという事はない。だが水はダメだ。この暑い中、水分補給が滞れば人間はあっという間にお陀仏だ。議長は難しい顔で腕を組んだ。
「水汲み係は確保しなければならないか……それに武曽の釣りには護衛も居るだろう。ある程度海に近い入り江での釣りになるだろうからな」
幸い、この別荘の清掃等の業務は、魔力式の自動人形が行ってくれる。太陽光発電で電力についても心配ない。
「よし班を分けよう!」
部長の即断即決。俺たちは彼女の独断によって強制的に役割を割り振られ、今日からその通りに行動する事となった。
「川釣り班! 武曽冴子!」
「はい」
「久瀬陽太!」
「はいっす!」
「以上!」
「水汲み班! 鷹峰空理!」
「了解」
「笹塚朗!」
「はいよ」
「以上!」
「山菜摘み班! 野木!」
「承りました。お嬢様」
「沖田宗也!」
「分かりました」
「そして私だ! 以上!」
野木さんはいつからそこに居たんだろう……
◆◆◆
「「最初はグー! じゃんけんポン!」」
上流の川原にて、地に膝をつき項垂れる笹塚、天に向かって握りこぶしを突き上げる俺。勝敗は明白だった。
「じゃあ、俺が戻ってくるまでの間に残りのボトル満杯にしておけよ」
「くそぉ……俺より何倍も腕力あるくせにぃ」
そう恨み言を吐く笹塚を笑い飛ばし、車に乗り込む。後部座席やトランクに積み込んだ水を、今から別荘に持って帰るのだ。車はデカいし、思ったよりもボトルが大きくて多い。身体強化系の魔術で水汲みは想定より捗っているから。今日だけで貯水タンクは一杯にできるかもしれない。
車で川沿いの道を下っていくと、河口で釣りをしている後輩二人が見えてくる。
「調子はどうだ? というか何で久瀬が釣り竿を?」
ブスッとした表情の武曽に、いつも以上に調子に乗ってそうな久瀬の表情を見ると、なんとなく事情は想像できるが……
「先輩凄いっすよ! もうこんなに!」
「チッ」
「凄いじゃないか、これで今日は動物性タンパクには困らないな」
「そうですね……」
「拗ねるなよ武曽、こんなのただのビギナーズラックだろ。明日からはお前が食料供給の柱だ」
「別に……拗ねてません」
車を止めて、窓を開けて軽く言葉を交わす。どうやら上手くやってるらしい。
「日差しが強いな、ここは日陰がない……水分補給は怠るなよ? ビーチパラソルとか持ってこようか?」
「お願いします!」
食い気味にお願いされてしまった。武曽的にはこの環境に不満大だったようだ。俺は窓を閉めてシフトをPからDに、急いで持って来よう。また暫く車を走らせていると、崖の上の別荘に到着する。広い庭を通り過ぎ、ガレージの前をスルーする。別荘の裏手にはデカい円筒形の貯水タンクがある。本来は長い期間をかけて魔力によって水を生成し徐々に貯めていく形式のものだが、今はそんな事は言ってられない。ドバドバと水を放り込んでいく。
「こんだけやって、まだこれだけか……」
帽子を取って、ベタつく前髪をかきあげながら呟く。これだけ汗をかきながら、貯水タンクの中身を見ても変化は微々たるものだった。思ったよりもコレは重労働だ。人間が一日に使う水の量を仮に二百リットルとして、九人居れば一日に千八百リットルの水消費量、四リットルボトル四百五十個分である。そりゃ、そう簡単に満ちる筈もない。まぁ、節水を心がければ、いくらか水の消費量も水汲み係に優しくなるだろう。
「あのデカい浴槽は暫く使用禁止だな……」
一人二リットルのお湯で体を拭いてもらうしかないだろうな。俺はチャッチャと作業を終わらせ、再度上流へ向かう。勿論、途中で後輩二人にビーチパラソルを届けるのを忘れない。
「戻ったぞー」
「遅いぞ鷹峰ぇ、まぁ、もう少し遅い方が助かったんだけどなぁ」
そう軽口を叩く笹塚。木陰でくつろいでいる姿を見るに、残したボトルへ水を入れる作業は余裕をもって終わらせたようだ。また二人で協力して、水入りのボトルを車へ積み込む作業に入る。シンプルな肉体労働でまぁまぁキツい。
「なぁ、鷹峰ぇ……」
「なんだ?」
「多分だけど、この作業沖田先輩の方が向いてると思うんだよなぁ俺」
トランクにボトルを置いた姿勢で思わず固まる。俺としたことが盲点だった。術式はアドリブになるだろうから、どこまで最適化できるか分からないが、水を直接操れるメガネ先輩の方が遥かにこの作業に向いている筈だ。
「部長の事だから、なんか理由が有るような無いような」
「絶妙に信用ねぇよなぁ……」
取りあえず、今晩相談してみよう。そういう結論で、この話は終わった。俺はもう一度車を駆って、別荘まで水を運ぶ。今日は作業の開始が昼食後と遅かったから、多分必要量の水を調達する事はできないだろう。とはいえ、今日はまだ水は足りている。明日以降、作業を効率化する見通しは立っているから、問題はないだろう。
俺たちはこの水運びの往復を三度ほど繰り返して、今日は終わることにした。
◆◆◆
「ごめんなさいね……」
氷枕を変えた際に、弱々しい声でそう言われた。何とも複雑な心境になる。彼女にとって遠城霧花は……一言では言い表せない存在だ。敢えてシンプルに表現するなら”敵”だろうか。しかし、それは対等なものではなく、彼女が一方的に劣等感に近い敵意を抱いているに過ぎない。
「謝る必要はありませんよ。今の私は貴女を治すのが仕事、今の貴女は治るのが仕事ですから」
「私、あまり病気とかしたことが無いのだけれど……辛いものね」
だから、その辛いという言葉に少なからず、救われる心があった。歪んでいるかもしれない。それでも辛くないと言われるよりも良い。そんな事を言われたら、自分の立場が無いと、彼女はそう感じているのだ。
「辛いなら、逃げちゃいましょうか?」
「逃げる?」
「辛いと感じる心が無ければ辛くないですから、馬鹿正直に何もできない自分を見つめるより、ずっと健康に良いと思います」
「心が無ければ……って、なんだか物騒な話ね」
物騒。言われてみればそうかもしれない。だが、美憂に害意はない。
「影島の家は先祖代々暗殺者の家系……標的を眠らせる術なら心得ています」
「それ大丈夫……? 二度と覚めない眠りにはつきたくないのだけれど」
「安心してください。ただの睡眠導入ですよ」
数分後。部屋は静寂に包まれていた。ただ、霧花の健やかな寝息と、空調の音だけが静かに、静かに響いている。その寝顔は嫉妬しそうなほど美しかった。
「許嫁……婚約者……フィアンセ……」
無防備な霧花の寝顔の前で、ポロポロと言葉が漏れていく。呼吸が安定しない。心が乱れている。分かっているのに、自分では止められない。
「あの人は……」
この顔を見たことがあるのだろうか? 隣で眠る許嫁に腕枕をして、その穏やかな寝顔に微笑みかけ……その額に唇を落とす。そんな事があったのだろうか?
「やめよう……これ以上は辛いだけだ」
そんな言葉を残して部屋を去る。
影島家は辛い家だ。過酷な鍛錬に、限りなく尊重されない人権、血みどろの家業…………そんな場所で心を殺しかけていた彼女に、逃げても良いと教えてくれた男が居た。その男は、次期当主という立場を投げ出して、家を飛び出してフリーのハンターになったという放蕩息子。彼女の兄の親友、鷹峰空理だった。
あの人を真似るように家を出た。自由に生きるという事を教えてもらった。だからこそ彼女は、影島美憂は認められない。
「あの人が許嫁だったら……私だって」
あの家から逃げ出さなかったかもしれない。そんな馬鹿みたいな自分の気持ちを、認められるわけがないのだ。
◆◆◆
「あの、音を上げて良いですか?」
口火を切ったのは美憂ちゃんだった。
「一人で九人分の食事を用意するのは流石に無茶でした。明日以降も一人体制で挑むのは無理です……すみません」
「確かに、彼女には傷病者の救護も任せているし、少し負担が大きすぎるかもしれないですね社長」
「ウム、人事に関してはもう少し考える必要があるようだ」
更に追い打ちをかけるように笹塚が手を挙げる。食後の休憩が、作戦会議の様相を呈してきた。
「水汲み班から質問です。なんで俺達が水汲み班なんですかねぇ、沖田先輩の方が効率よく水を扱えると思うんですけどぉ」
「俺からも再考願います。水汲みは思ったよりも重労働です。水の使用をもっと制限するか、人員の補充が必要かと」
俺たち水汲み班の提言に、部長は難しい顔で腕を組む。アレで色々考えているのだ。いきなりあれこれ言われても困るだろう。とはいえ、人材活用に無駄があるなら、すぐにも是正するべきだ。
「案ずるな、水汲みに関しては、元々明日から沖田に任せる予定だった」
「…………じゃあ、なんたってぇ、今日は俺たちが水汲み班だったんですかぁ?」
確かに、だとするとこの人事はえらく不自然だ。メガネ先輩に水を汲ませるのが一番良いと分かっておきながら、彼を山菜摘み班に入れた理由。まさか、”普段から一緒に仕事をしているから、やりやすいと思って”とかそういうのではない筈だ。部長、野木さん、それにメガネ先輩。この並びには作為的なものを感じる。全員が稲崎家の関係者だからだ。だとすると……関係者を集めてやらなければならない事があったと考えるべきだろう。
なるほど。
「霊場の管理ですか?」
「その通りだ。山菜摘みのついでに龍脈に異常が無いか調べていたんだ。なんせこの馬鹿が」
「イダッ」
パシンと部長がメガネ先輩の後頭部を叩く。
「不用意に龍脈を弄ったからな」
龍脈は星の息吹き。その流れが滞れば、土地の命は失われ、腐敗していく。人間と同じだ。血流が滞れば、末端から壊死していく。龍脈を活用するなんて、言葉ほど簡単な事ではないのだ。
「だが悪い事ばかりでもないぞ? 調査中に地下水脈を発見した。この別荘の近くにも流れているからな、井戸を掘れば今までよりも効率的に水を確保できるだろう!」
おお、と俺と笹塚が声を揃える。それは紛れもない朗報だ。
「よって、明日から大幅にシフトを変更する!」
そうして、今度も彼女の独断によって次々と班分けが行われていく。
【観測班兼調理補助】
久瀬陽太
【料理・救護班】
影島美憂
【水汲み班】
沖田宗也
【山菜摘み班】
部長・野木さん・笹塚朗
【川釣り班】
武曽冴子・鷹峰空理
【傷病者】
遠城霧花
◆◆◆
翌朝。朝の鍛錬のために武曽から刀を一本借りて、二人で庭へ向かったら、そこに真新しい井戸が出来上がっていた。目が飛び出るほど驚いている俺にニヤリと笑った武曽。彼女は井戸の縁に左足を乗せてドヤ顔で親指を立てていた。
なるほど、掘ったのはお前か。まぁできるだろうな、お前なら。
という事で始まった九頭竜島サバイバル生活一日目。今日から最低三日、最悪一週間の時間をここで過ごす事となる。朝の鍛錬を終え、朝食に舌鼓を打ち、さぁ仕事に出ようという流れになった。別荘に残るのは久瀬と美憂ちゃん。メガネ先輩は庭の井戸からある程度水を汲んだら、残りは川まで行って取ってくる予定だそうだ。だから、こうして早出をするのは川釣り班と山菜摘み班だけだ。
「笹塚、気をつけろよ山には普通に魔物とか居るからな」
「じゃあ、変わってくれよぉ……山歩きキチィよぉ」
「今は海の方が断然危ないから無理だな」
と、昨日は水汲み班で苦楽(?)を共にした笹塚と別れ、ビーチパラソルとフィッシングチェアを担いで河口に向かう。しかし暑い。セッティングを終えて武曽が来るのを待っている間にも、河原の熱気は容赦なく俺を攻め立てた。いつも被っている野球帽を脱いで扇代わりに使ってはいるが、これは想像以上に過酷だ。とはいえ、やはり座って待っているだけというのは、随分楽だ。魔物が出てこなければ、この仕事が一番楽な可能性もある。
「今日はよろしく」
「……(コクリ)」
少し遅れてやってきた武曽に声をかけるが、声での返事はなく小さく頷くだけ……いつも通りの武曽冴子である。
「魚……釣れると良いな」
「……(コクリ)」
「良い天気だな……いや、天気は悪い方が釣り的には良いのか?」
「……(コクリ)」
「静かだな……」
「十分賑やかです」
「悪い、うるさかったか?」
少し落ち着かないながらも時間は過ぎていく。時折釣り竿がたわみ、そこそこの大物が釣れる。ここは無人島なだけあって魚がスレてない。そこそこの勢いで獲物がかかるから、見ていて退屈はしなかった。
「そういえば、沖田先輩の件はどうなったんだ?」
「問題にはしません。オフなので私」
「まぁ警官が居なきゃ拗れる話でもなかったからな……そのままオフで居てくれ」
しかし、この件、まだ地雷が残っている。問題はアイツだ。
「久瀬はどう言ってた? アイツもジャーナリストだ。表に出す手段は幾らでもあるだろ」
「私が黙認すると決めたのに……? 久瀬如きがそんな真似できるわけない」
「よく知らんが、そういう力関係があるのか……?」
「出しゃばったらダルマにしてやるって言っておきました」
怖い。なんでこの娘はこんなに物騒なんだろう。
ふと、気が付くと笑いだしていた。どちらかが、ではない。俺たちは静かに声を揃えて笑っていた。こんな風に彼女と喋るのが、ひどく懐かしく感じたからだ。人間というのは不思議なもので、ついこの前までちょくちょく顔を合わせるような間柄だった相手が、気が付けばびっくりするぐらい疎遠になっていたりする。気まずい別れで終わった時は特にそうだ。久しぶりに会った時も、前のように言葉が出てこない。どういう風に喋っていたのか、笑い合ったのか思い出せない。
それでも友達というのは、気が付けばこうして笑い合っているものなんだろう。それが、こんなに嬉しいものなんて思わなかった。意外な発見。意外な収穫と言えるだろう。
「あ……おい武曽、引いてるぞ」
そんな和やかな空気は一瞬で消え失せた。一瞬で目つきが鋭くなった武曽は、物凄い勢いで引き込まれていくグリップを掴み取り、竿を立てた。今までと雰囲気が違う。度を越した大物だ。ヌシのようなものだろうか。いや違う。
フィッシャーとの格闘で、のたうちながら海面から飛び出した巨体を見て、俺は確信した。アレは魚じゃない。魔物だ。
鮮やかな翡翠色の鱗が陽光の反射で紫に光る。第一印象は綺麗なワニだ。海の恐竜、古代の海棲爬虫類を想起させるフォルム。間違いなくそれは、魔物に類する怪生物だった。
「先輩ダメ……ロッドが!」
あの程度の魔物なら、相撲を取ったって負けやしない後輩だが、彼女の得物はそうもいかないらしい。柔軟性のある素材の釣り竿が、その素材の限界と思われる角度でしなっている。このままだと折れてしまう、だがコレ以上力を抜くと竿ごと持っていかれるのだろう。歯がゆい表情の武曽に危機感が募る。
「刀借りるぞ!」
返事を聞く前に黒いハードケースから一本の刀を取り出す。タイムカプセルに封印されていたヒヒイロカネ製の六刀の一振り、間違いなく一点物の高級装備だ。恐ろしく手に馴染むそれを持って走り出し、川岸で跳躍すると一息に敵の首を切り落とす。着地、いや着水の事も考えずに飛び出して、最速で切り殺した。までは良いが……
「あ……」
川面から顔を出し、後輩の方を振り向いた俺の前で、彼女のロッドは無残にもその役目を終えた。魔物を釣る事は想定していないモデルだったんだろう。終わり際は呆気ないものである。
河原から別荘へ向かう帰り道、色々な荷物は一旦置いて、今日の釣果とポッキリ折れた釣り竿を持って報告に行くところだ。釣果は上々、魔物の肉を含めれば数日はオカズに困らないだろう。しかし、残りの日数を考えると安心には程遠い。
「おや、二人とも早いね? どうしたんだい?」
一仕事終えたという顔で裏手から出てきたメガネ先輩と鉢合わせる。彼の視線はずぶ濡れの俺に注がれている。まぁ、一目見て何かあった風な風貌なのは間違いない。
「マモノ、ツリザオ、オレタ」
「なんでカタコト?」
「ショックが大きいみたいです……」
まぁ、何があったかは大体察してくれたようで、苦い表情で頑張ってとだけ言って去っていく。俺たちは俺たちで別荘に入り、エントランスを抜け、厨房に向かう。とにかく、美憂ちゃんに食材を届けに行くまでが、俺たち川釣り班の仕事だからだ。
「ただいま戻りましたー」
「たー」
流石は稲崎家の別荘、厨房までべらぼうに綺麗だなーなんて思いながら、扉をくぐり奥の美憂ちゃんに声をかける。
「あ、そんなドロドロで入ってこないでください! 一声かけて外に置いておいてくれたら取りに行きますから!」
「そ、そんな感じのシステムだったのか??」
「ごめんなさい忘れてました」
悪い、と片手を立てて謝って厨房から出る。美憂ちゃんは、相変わらず忙しそうにしていた。夕食の仕込みを始めたところのようで、米を研いだり野菜を切ったり、久瀬も一緒に手伝っている。俺たちは彼女を煩わせないように、こっそりと厨房から出て、その傍に釣果である魚と魔物を置いた。
「ここ置いとくよー」
そう言って、彼女の返事も待たずに立ち去る。まぁ、美憂ちゃんに釣り竿が折れたなんて報告してもしょうがないし、部長が返ってくるのを待てば良いか。というか、早く着替えたい、許されるなら風呂入りたい…………いや無理か。
まぁ、そんな感じで美憂ちゃんに心労をかけないようにと、ひっそりと移動した俺と武曽。丁度、その歩みがエントランスに差し掛かった時、バタンと荒々しく外から誰かが入ってきた。
「大変だぁ!! 山に魔物が出て! 野木さんがぁ怪我したぁ!!!」
緊迫した叫び、息を切らせて走りこむ笹塚の背中を見て、久々に背筋が凍った。稲崎家の使用人で、この島の管理を任されていたという穏やかな顔の老人。野木さんが、死人のような顔で背負われていた。
片腕を失った姿で…………




