鏑矢高校魔術部同窓会 第五話
耳をつんざくような爆発音。崖の上の別荘がガタガタと震えるような暴力の余波……早朝の九頭竜島に響き渡る暁鶏だ。
「…………何が起きた?」
目を覚ました俺は、涎を拭きながら起き上がり、別荘の外へ向かった。そこにあったのは、ボコボコにされて倒れ伏すメガネ先輩こと沖田宗也の姿だった。そう言えば、今日の朝早くに決闘するなんて話があったな。この凄まじい破壊の痕を見るに、武曽は本気で先輩をボコボコにしたらしい。
「遅かったな鷹峰ぇ、凄かったぞ? 二人のガチタイマン」
「いや起こしてくれよそこは」
「リビングでフィアンセと肩を並べて寝てるお前を見たらなぁ……なんか起こすのが忍びなくてよぉ」
なんだそれは? お似合いカップルとでも言いたいのか?
そんな訳はない。俺たちは家の事情で結婚させられるだけの、赤の他人だ。恋人どころか友人でも、知り合いでもなかった。そういう間柄。ただ結婚に前向きな彼女と、家を継ぎたくない俺との間に対立があるというだけの…………そうだ霊翔環。
「しまった……霧花さんが寝ているうちに盗み出しておくんだった。今から戻れば間に合うか?」
「例の指輪の事なら心配無用だ。俺がこうして預かってるからな」
「……あ?」
見れば、笹塚の手の上に見覚えのある銀の指輪がある。そうか、昨日俺に張り合って夜遅くまで起きていたのは、取られないように気を付けているように見せかけ、指輪の在処を誤魔化すブラフだったのか。
「全部お見通しか……」
「お前は頭の回転は速いけどうっかりミスが多いからなぁ、その分あの娘の方が上手だよ」
腹の立つ言い分だが、今のところ俺は彼女にやり込められてばっかりだ。反論の余地がない。異論があるとしたら、俺の頭の回転が速いというところぐらいか。なんて、適当な事を言い合っていると。
「鷹峰先輩、それから笹塚先輩。手伝ってください」
と、武曽が声をかけてきた。彼女の背には気絶したメガネ先輩が背負われており、特別体格が良いという訳でもない彼女には、少し重そうに見えた。まぁ、見えるだけで、身体強化系の魔術であんなもん雲を持ってるように軽いんだろうが……
「足持つぞ」
「じゃあ俺は、右腕かなぁ」
本当は棒に括り付けて二人で担いでいくのが一番楽なんだが、そう長い距離を運ぶわけでもなし、問題ないだろう。
◆◆◆
「それでなんでメガネ先輩が気絶していて、お前に縛り上げられているのか……説明してくれるんだろうな武曽」
別荘のエントランスにて、麻縄で両手両足を縛られ、拘束されているメガネ先輩。まだ目を覚まさない彼の代わりに俺は尋ねた。
「簡潔に言うと……」
「言うと?」
「沖田先輩が昨日の襲撃の犯人だからです」
平然と、彼女はいつも通りの口調でそう言った。なるほど。
「はぁぁぁああああ!? え、いや”なるほど”じゃないけど!! 鷹峰ぇ、お前知ってたのか!?」
「外部犯じゃないなら、一番可能性が高いのがメガ……沖田先輩だ。思い出せ、敵が使ってきたのは無限増殖する水の兵隊。つまり水属性の魔術だ」
これは推理とも言えないような簡単な推理だ。あれだけ高度の水属性の魔術を扱っていた以上、敵は高位の水属性魔術師。それに該当する人物は、この同窓会の中じゃメガネ先輩だけだ。
「そうかぁ、確かにそんな事ができるのはあの人ぐらいだよなぁ」
「だが問題はそこじゃない」
気絶したメガネ先輩を見る。縛り上げられた彼は、まだ目を覚ます気配がない。起きてくれば、色々と面倒になる。その前に状況を整理しておくべきだ。俺はそう判断する。
「共犯者が居るんじゃないのか? あれはただの水属性魔術じゃなかった。中には雷属性の妖精が居て、あの兵隊たちを電子制御していた……つまり」
武曽がフルフルと首を振る。
「いいえ、これは沖田先輩の独断です」
「だが、あの術式は部長の家の」
「部長は関係ありません」
なおも無表情で断言する。あまりにも動じない彼女に、岩とでも喋っているような感覚になる。
「何故そう断言できる?」
「…………沖田先輩から直々に聞きました」
「もしかして……それがお前と先輩が決闘の約束をした理由なのか?」
コクリと頷く。彼女が説明するには、メガネ先輩はタイムカプセルを取りに行く前、俺たちが海水浴を楽しんでいるその裏で彼女に秘密裏の取引を持ち掛けたらしい。つまり、俺と笹塚が目撃したあの岩場でのやり取りのことだ。
「率直に言って、見逃してほしい! 僕が君との試合に勝ったらで良いから……頼む」
というのが、彼の言い分だった。タイムカプセル襲撃に関して、黙認してほしい。誰にも怪我をさせないから、どうか頼むからジッとしていてくれ。
まぁ武曽が居たら、あんな襲撃そもそも成功の目は無かっただろう。彼は計画を実行するにあたって、真っ先に最大の障害を排除していたのだ。
「なんでタイムカプセルを狙ったのか、それにはそれなりの理由があるみたいですけど……教えてはくれませんでした」
「だったら、部長が裏で糸を引いている可能性もある。現役警察官とは思えない楽観だな」
「鷹峰先輩。何度も言っています。あり得ません……確かに沖田先輩は部長のために必要なことだと言っていました」
「なら…………」
「でも、この事は何があっても部長には言わないでくれとも頼まれました」
なるほど、それは如何にも先走った部下が口走りそうなセリフだ。そして、その事から大まかな事情を推測する事もできる。
「証拠隠滅か」
タイムカプセルの中に、何か知られてはマズいものが入っていたと仮定しよう。その上で、もしも彼が襲撃計画が成功し、タイムカプセルを強奪できたら……彼はその”何か”を破棄し、誰の目にも触れないようにするだろう。そうすれば、例え翌日の決闘で負けても、問われる罪はタイムカプセル襲撃のみだ。本当に隠したい”何か”は守られる。証拠さえなければ、供述次第でどうとでもなる。
「へぇ……なるほどなぁ」
俺の説明に納得という表情で何度も頷く笹塚、ようやく話に付いてこれるようになったらしい。コイツは頭良いのに、こういう時はあまり役に立たない。
「そ、そういう事です」
冷や汗を流しながら腕を組んで、俺の推測に同調する武曽。コイツ、気づいてなかったのか……
「大丈夫か現役警察官」
「心配無用です」
目を逸らしながら言うんじゃないよ。まぁ、タイムカプセルの強奪には失敗しているんだ。今から確認すれば何とかなるだろう。
白い壁で囲まれた明るいエントランス、朝日によって薄く水色がかる空間を歩き、南側の扉を開けばそこがこの別荘のリビングだ。タイムカプセルの中身は、一部の例外を除き、そこに保管されている筈である。
「何とかしなさい、男でしょ?」
「奥さん、今時そういうのは時代遅れっすよ」
「うーん、おかしいですねぇ……テレビ本体は問題なさそうですからアンテナのトラブルでしょうか?」
霧花さん美憂ちゃん、それから久瀬が何やらテレビを囲んで、ああでもないこうでもないと格闘している。何かトラブルだろうかと気にはなるものの、今は荷物だと部屋の隅に向かう。論文、缶詰、旗、人形、漫画、時計、酒……この中に先輩が隠したい何かがある筈だが。
「………………………………うん」
分からん。全てくまなく探したが、何も問題ないように見える。一体これらの何がそんなに不都合だったんだ? 俺には理解できない。少しザラついてきた顎髭を撫でながら、ああでもないこうでもないと思案する。この場合どういう可能性があるのか、色々ありすぎて全てを検討するのは難しい。ならば…………
「よし、決めた」
一番の当事者に聞いてみるのが手っ取り早いだろう。
◆◆◆
ドンドンドンドンドン!
強く扉を叩く音が別荘の廊下に響き渡る。中の人物へと呼びかける声、朝の七時にもまだ早いという時間帯、たらふく飲んだ翌日だという事を考えずとも早すぎる来訪者だった。
「うるさいな、なんだ?」
部屋から何でもないような顔をして出てきたのは、あられもない姿をした部長だった。夜眠るときに服を着ない人種が居るのは理解できるが、衛生的に良くないと思うのは俺だけだろうか。まぁ、そんな事はどうでも良い。
「少し相談があるんですけど」
「鷹峰か、こんな朝早くにどうした?」
「あの、話長くなるんで服着てきてくれません?」
「なんだ、お前があんまり無反応だから私の気のせいかと思ってたが、ちゃんと私は裸だったか」
「ちゃんと裸って、ちゃんとしてたら裸じゃないでしょ」
どうにか服を着てもらい、事情を全て説明する。昨夜の犯人が捕まった事、それがメガネ先輩だった事、彼が武曽を言いくるめて部長の過去を隠蔽しようとしていた事、その隠したかった過去の証拠を探したけれど俺では見つからなかった事、その全てを詳らかに語って聞かせた。
「そんな事言われても心当たりありすぎて困るぞ」
「アンタどんだけヤンチャしてたんですか」
「フフン自慢じゃないが……かなりだ」
兎にも角にも、メガネ先輩の動機となった過去が分からなければ、彼の処遇をどうするか決めようもない。あと、この人の会社、社長がこんなんで本当に大丈夫なんだろうか……
「じゃあ、アレですね。まずは物を見て、何がそれっぽいのが無いか確認してください」
「まぁ、そうするしかないな! ところで鷹峰」
階下へ向かいながら、部長は不思議そうな声で首を傾げた。
「なぜ私に相談できた? 私の後ろ暗い過去を探ろうという話だ。私がこんなに協力的だとは限らなかったんじゃないか?」
「部長は絶対に協力してくれますよ」
自分でも不思議なくらい、自信満々で断言していた。でも、考えれば考えるほどそうだ。
「アンタどんな風に世間に思われたって、気にする性質じゃないでしょ」
むしろ、そういう悪事が自分の武勇伝だと思っている口だ。要するに田舎のヤンキーみたいなメンタルなんだよ。正直、あまりお近づきになりたいタイプではない。
「そうだな、私は常に正しい。私を糾弾するものがあるとしたら間違っているのはソイツ等の方だ」
とんでもない暴論を聞いた気がする。まぁ良い。俺はそれには曖昧に頷くだけで、すぐにリビングの扉を開けた。すれ違った笹塚が二階へ向かう。見れば、リビングではメガネ先輩と武曽以外の全員が集まって、テレビを囲んでいた。
「なんだアレは?」
「さぁ、テレビの調子がおかしいみたいですけど」
リビングの隅、再度タイムカプセルの荷物がまとめられた区画に戻ってきた。部長はそれらの品々をもう一度、何か世間にバレたら騒がれそうなものは無いか調べていく。そして……
「なるほど……コレか?」
それはアッサリと見つかった。とは言っても、目新しいものではない。昨日普通に紹介されていた物だ。部長がタイムカプセルに入れたという部旗、その旗頭の飾りだ。彼女が俺に見えるように翳したそこには、本来真っ赤な宝石が埋め込まれている筈だった。それがこの一晩で無くなっている。
「やるなメガネ先輩、昨日の夜のうちにこっそり盗み出しておいたのか」
「ウム、我が部下ながら油断ならない奴だ」
という事は、既にブツは破棄されたと考えて良いのか。複雑だが、悪い事ではない。少なくとも、俺の立場からすればだが……
「で、コレって何がそんなヤバい物だったんですか」
「ん? お前も知ってるだろう。ここにハメてあったのは、虚土の心臓だ」
「それって……天空のあべこべ京都事件の時の……」
それは、今から十一年前。その時はまだ部長じゃなかった稲崎沙綾を筆頭に、俺達魔術部が討伐にあたった骸骨龍の魔力炉だった。正式名称は虚土御魂、我が鏑矢高校に封印されていたドッペルゲンガーの一種だ。それが、まぁ何やかんやあって、上下逆さの街の姿となって京都市の上空に出現したのが、俺たち学生の間で『天空のあべこべ京都事件』と呼ばれる事件である。
そして、その事件は世間的にはこう呼ばれている。『京都市全域大規模盗電事件』と……
「確かに虚土を倒したのが部長だってバレたら、京都中から電力を集めて強引にアレを討伐したのも部長だってバレますね」
「スキャンダルと言えばスキャンダルだが、アレは他に方法が無かった」
あの時は、都市の監視網を麻痺させる事で奴の擬態を解くという狙いもあった。決して、無暗に火力を求めて違法行為を働いた訳ではない。ないが……まぁ被害は洒落にならなかった。当時は街を救った実感もあって気にしていなかったが、言われてみれば色々とマズかった。
「でも、ただのドッペルゲンガーだった虚土が凶悪化したのは、部長の持ってきた稲崎家の最新鋭ハッキングマシンと融合したせいですよ……」
あの盗電の妥当性を証明するためには、そのハッキングマシンで京都市の監視網を利用されていたことを説明しなきゃいけない。それはなんというか…………マズそうだ。
「何にせよ、あの宝石は私があの事件を乗り越えたことの象徴。大切な思い出の品だ」
ちょっと返してもらいに行ってくる。部長はそう言ってエントランスに向かった。取り敢えず、部長が事態を把握して、自ら解決に乗り出した。コレ以上は余計なお世話だろう。そんな大きな問題でもない。部長は部長の言葉で武曽を説得するだろうし、それで無理なら相応の責任を取るつもりだ。
彼女から直接そう聞いた訳ではないが、なんとなくそう思った。
◆◆◆
この世には二種類の魔術師が居る。機械音痴か、機械音痴じゃないか。今回の参加者も、この二つの派閥に分けると丁度真っ二つに割れる。さて、機械に強い方の魔術師、つまり俺と笹塚の二人が向かい合って、うんうんと頭を悩ませていた。
「やっぱりなぁ、テレビそのものに異常はないかぁ」
「というか、普通に電波障害だろ」
携帯を取り出して、画面を確認する。そこに表示されるアンテナに斜線が引かれている。つまり、電波がないという事だ。
「この島はWi-Fiは通ってるはずだよな? テレビの電波も含めて、あの電波塔で受信してる筈だ」
「じゃあそうだなぁ、俺が確認してくるしかないかぁ?」
「いや、その必要はないよ」
唐突に誰かが話に混ざってきた。声の方向に視線を向けると、そこには誰だか分からないくらい顔の腫れあがったメガネ先輩の姿があった。正直、メガネをかけてなかったら気づかなかった自信がある。まぁ、あの人はメガネが本体みたいなところがあるから、顔が腫れてなくてもメガネが無かったら誰か分からなくなりそうだが。
「電波塔にも異常はない筈だ。電波障害の原因は龍潮だからね」
「ウム、どうやらコイツが昨夜虚土の心臓を盗みに来た時に見たようなのだ」
メガネ先輩の後ろから出てきた部長が事情を説明してくれる。と言っても、難しい話ではない。昨日の夜、龍潮の軌道が変わった事を報せるニュースがその途中で電波障害によって途切れるところを、盗みに入った先輩が見ていたというのだ。
「龍潮……この時期の風物詩ですね」
「こちらも気を付けて日程を組んではいたが……どうも今回は時期もコースもイレギュラーばかりらしい」
「自然が相手ですから、何から何まで予報通りとは行きませんよ社長」
なんて先輩二人と話していると笹塚に袖を引っ張られる。
「なんだよ?」
「あんさぁ、龍潮って何なんだ?」
そうか、そりゃ知らない奴も居るか。それが笹塚なのが意外ではあるが、説明が必要なようだ。
「大雑把に言えば海棲魔獣の大移動だ。この時期の日本近海は海底の龍脈に沿って北上する魔物によって封鎖される事がある。なんでそんな大移動が起きるのか、諸説あるが」
「いや、大丈夫、だいたい分かったからなぁ。ありがとよ」
「龍潮の勢力圏内では、魔力濃度が高いせいで電波による通信も、魔術による通信もできなくなる」
「そのせいで、海に出られないのに助けも呼べないんだよね」
「そんな大事な事を、宝石盗んだのがバレたくなくて黙ってた阿呆がどこかに居たらしいな? 知ってるか沖田?」
「さ、さぁ……」
俺は部長に頼んで、残りの四人を集めてもらった。まずは、全員で海の様子を見に行こう。龍潮が来てるって話が本当なら、今後の予定も色々考えなければならなくなる。
「なぁ鷹峰ぇ……龍潮のせいで海に出られないって、いつまでの話なんだ?」
「………………分からない。規模によるとしか」
こんな事になるんだったら、もっと調べてから来るんだった。
「ネットが繋がるなら、観測所のホームページとかで予報が見られるんだが」
「まぁ、なんかの間違いかもしれねぇし……海行ってみたら、案外穏やかだったりしてな!」
笹塚の無理やり出した明るい声に頷いて、俺たちは別荘の外、庭の向こうにある崖へ向かった。
◆◆◆
あんなにも美しかった海が黒く染まっている。波間に蠢く影は、その数の多さや大きさも相まって、本能的な恐怖を煽ってくる。遠く沖合には、のっそりと動く人影が見える。底の深さを考えると千mは軽く超えてそうな巨体だ。海坊主の類だろうか……
「壮観だな! こんな日に海に出たらバラバラのミンチにされるぞ!」
「社長……楽しそうに言う事じゃないです」
こうして直接見るのは初めてだが、この光景は龍潮で間違いないだろう。想定外の事態に途方に暮れていると、ギュッと誰かが俺の手を握った。心配になるほど冷たいその手の主は、いつにも増して肌の白い……いや、青白い霧花さんだった。そういえば今日はやけに静かだと思ったが……
「ひょっとして、体調が優れないんですか……?」
声を潜めて尋ねる。
「平気よ……でも暫く寄りかからせてくれるかしら」
すぐに良くなるから。そう言って小さく吐息を漏らす彼女に、黙って腕を貸す。その言葉を信じた訳じゃない。彼女はプライドが高い。誰かに弱みを見せる事を好まない。だから、彼女のその言葉にも、多分の強がりが含まれていると考えた方が良いだろう。
「何とか理由をつけて別荘に戻りましょう。どうせ今日のうちに帰れるようにはならないから、ゆっくり休んだ方が良い」
「……好きに…………すれば良いじゃない」
パシンと。彼女の言葉に軽く安堵した直後に、そんな音が聞こえてくる。どうやら、皆の注目を集めるために部長が手を叩いた音だったらしい。
「案ずるなお前等! 予報によると今回日本に接近している龍潮は規模的に早ければ三日、遅くとも一週間もあれば通り過ぎるそうだ!」
「でも、一週間分も余分な食糧持ってきてないっすよ? 今回は直前で一人増えて、予備の分まで使ってるんすから」
「元が二泊三日の予定だったんだろぉ? 急に二倍四倍と日程が延びたら、それだけで一大事じゃないか?」
「だから案ずるなと言っているだろう!!」
漏れ出した不安の声は一瞬で黙らされた。流石というかなんと言うか、昔から強引に場を仕切るのは彼女の得意技だった。そのせいで反感を買ったこともあったが、こういう場面では非常に助かる。急に色々起き過ぎた。俺も少しビビっていたらしい。彼女の声で、少し冷静さを取り戻せた。
「備蓄ですか?」
「そうだ鷹峰、お前は相変わらず察しが良いな! そのせいで私のありがたみが薄れるから暫く黙っておけ」
理不尽だ。
「我が稲崎家はこのような事態に備えて、約十人が一年問題なく過ごせるだけの生活必需物資を、別荘裏の山奥の備蓄倉庫に保管してある。たかが一週間滞在期間が延びたからどうという事はない! あまり舐めてもらっては困るな!」
彼女の堂々たる宣言に拍手が巻き起こる。そうもなろう、この場においては、彼女こそが救いの女神だ。それだけの物資があれば何の心配もいらない。多少海は物騒だが、バカンスの期間延長と思って別荘で楽しく過ごせば良い。
という事で、俺たちは一度別荘に戻り、別荘の車で山頂へ向かう事になった。まず、道案内として部長、運転手の野木さん。それから運搬係として俺と笹塚と久瀬、必要な物資をピックアップするため、料理係に任命された美憂ちゃん。以上の六人で倉庫へ向かう。
こういうのは体力のある午前中に済ませておいた方が良い。この時の俺はそう考えていた。
舗装の不完全な山道をひやひやしながら登っていくと、山腹の開けた場所に辿り着く。車から降りた俺たちは、今度こそ、本気で、愕然とするしかなかった……
「なんか、倉庫が燃えて消し炭になってるように見えるんすけど……アレは違うんすよね? 別の用途の掘立小屋っすよね?」
久瀬の震える声に、部長がフルフルと首を横に振った。九頭竜島サバイバル生活零日目。俺たちは約一年分の補給物資を失った。




