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実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話  作者: 夏川ぼーしん


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鏑矢高校魔術部同窓会 第四話




 普通の家でも、魔術の名家でも、家を出る……家出というものには相応の勇気が必要になるものだと思う。あるいは、もう家を出る以外にどうしようもないという状況の子供にとっては違うのかもしれない。でも、あの日、雨の続く十三歳の春。家を飛び出した私にとっては、それは途方もない勇気の果ての決断だったのだ。


 今となっては直接の切っ掛けも覚えていない。親との口論だったような気もするし、口論すらなかったような気もする。


 カバンに荷物を詰め込んで、傘をさして歩く。雨粒がビニールを叩くブツブツという音を聞きながら、なんとなく歩みがリズミカルになる。なんだか、ずっと聞いていると雨音が一定のリズムを刻んでいるように聞こえてくる。


「え…………?」


 そんな私のルンルン気分は、一瞬で打ち砕かれた。思わず買ったばかりの携帯を取り落とすほどの衝撃だ。


『ごめん、本当にごめん……うちの家も付き合いがあるし』


 地面に落ちた携帯が喋る。頼ってくれと言ったその口で、私を泊めることはできないと宣った。甘かった……こんな事で今日泊まる宿のアテすらなくなるなんて。私は途方に暮れた。まさか、おめおめと帰るわけにもいかず。だからと言って警察に補導されるのも嫌だった。


 そう、忘れもしない。あの日、困り果てた私は、近くの公園のパーゴラで雨宿りをしていた。そこに……


「待て、警戒するのも無理はない。だが待て、俺は怪しい者じゃない」


 黒い野球帽を被った血まみれの男がやってきた。この怪しい男こそ、この時の私はまだ知らない、私の許嫁だった。


「とりあえず、その場所から一歩でも動いたら防犯ブザー慣らすわよ不審者」

「怪しい者じゃないって」

「怪しい人は皆そう言うものです」

「お決まりだけどいざ言われる立場になると反論できないな……」


 困ったような顔をした男は、悩んだ末に懐に手を突っ込んだ。それが何かを取り出すための動作である事は明白で、私は警戒に身を強張らせた。それが、彼にはおかしかったのだろう。抑えきれないと言った様子で笑って、懐からナイフを取り出した。正直、その恐ろしい光景に死を覚悟した。これが少女漫画なら、私はきっと白目になっていた事だろう。


 だが、そんな私も気にせず、男はそのナイフを地面に捨てた。それからも男は止まらない、腰の後ろ、袖の中、腰のポーチ、足裏……色々な箇所からナイフやら呪符やらを取り出しては地面に放り捨てていく。


「ほら、これでもう武器は全部だ。もう安心だからベンチ座って良いか?」

「むしろ安心できなくなったと思うのだけれど」


 「物騒な男だ」と思った。だけど、物騒さがナチュラルすぎて害意を感じないというか、私は段々警戒するのが馬鹿らしくなり始めていた。何より私には、ナチュラルに物騒な人種に心当たりがあり過ぎた。


「あなた……魔術師なの?」

「魔術師でもないのにこんな格好してる奴いたらヤバいだろ」

「だから今通報しようかと」

「ごめん! 魔術師だから! 通報はやめて!」


 気が付けば私は笑っていた。この人は私の事を何とも思っていない。それが心地よかった。名家の娘、優れた胎盤、美しい少女、どう見られたとしても今の私には鬱陶しいだけだ。雨宿りで一緒になっただけのただの子供として扱われる。たったこれだけの幸運で、家出して良かったと本気で思う。我ながら簡単な女だ。それでも、私はこの心地の良い会話が、いつまでも続けば良いのにと考えていた。


「これでも、人助けしてきたばっかなんだぞ? ほら、悪い魔物を山ほどぶっ殺したから、こんなに血まみれな訳で」


 血まみれの白いパーカーを脱いで、パーゴラの梁に引っかける。夥しい量の血だ。こんな街中で、そんな激しい戦闘があったなんて信じられない。もっといえば、そんな戦闘の直後でケロッとした顔で雨宿りに来てるこの男も信じられない。どういう生活をしたらそこまで図太くなれるのか。私がまだ未熟なだけで、魔術師は皆そうなのか?


「あと、ベンチ座って良い?」


 そういえば、ベンチに座って良いのか聞かれていたんだった。もうとっくに警戒は解いていたのに、男は私が良いと言うまで座るつもりは無いらしかった。どうぞと手で促すと、疲れたと中年臭い声を出しながら座る。


「ゴールデンウィークなのに仕事? 魔術師って結構ブラックなの?」

「仕事……そんなオッサンに見えるのか俺」

「…………??」


 聞けば、その男は京都の高校に通う高校生で、今は部活の合宿中らしい。どうりで、パーカーの下は見たことない制服を着ていると思った。


「魔術部……」

「珍しいか、ここらには魔術部ないもんな」

「じゃあ、あなた本当に魔術師だったのね」


 魔術師。魔を扱う才能を有し、世界で唯一、魔物に対抗できる人類の守護者。選ばれた才能、絶大な力、旧い家になれば、下手な貴族よりも力を持つと言われる……私の実家もその一つだ。この頃の私は、魔術師は皆そういう家に生まれるものだと思っていた。だから、相手が魔術師だと知っただけで、ついその一言が口を突いて出てしまったのだ。


「嫌にならない? 魔術師なんて」


 言ってすぐに、言わなきゃ良かったと後悔した。だって、初対面の相手に、随分踏み込んだ質問だ。もしも彼が好きで魔術師をやっていたら、それは酷く失礼な物言いだっただろう。


「嫌だねぇ……魔術師なんて。見て分かるだろ? 幸せそうに見えるか?」


 そう言って彼は、左腕の袖を捲った。そこには大きな傷跡があって、そのあまりの酷さに思わず小さな悲鳴をあげる。今もトクトクと血を流す傷口は、小学校を卒業したての子供には、ちょっと刺激が強過ぎた。


「危険な仕事だし、生まれた家によってはしがらみも多い」


 とくにうちの家は酷い。妙なしきたり、顔も見たことない婚約者、自由に友達も選べない、自由に進学先も選べない、自由に仕事も選べない、自由に恋人を作る事もできない。そう語る彼の顔は、本当にうんざりしていそうで、なんだか親近感が湧いた。どれもどこかで聞いたような話だ。


「だけど魔術師も悪いことばかりじゃない」

「お金? 特権?」

「まぁ、それもあるが」


 男はそこで、座って初めて私の顔をジッと見てきた。


「もしもこの場所が魔物に襲われても、君を守る事ができるだろ」


 だから魔術師も捨てたもんじゃない。そう言って微かに笑った彼の顔、忘れた事は無い。そう、魔術師も悪くない。たとえどれだけ不自由で、例えどれだけ古臭い世界に身を置くことになったとしても。あの日ああやって、迷う私に笑いかけてくれた彼は、どうしようもなく格好良くて、憧れてしまったのだから。


「ところで、俺からも質問良いか?」

「え?」

「君、ここで何やってるの?」


 何って……


「雨宿り……?」

「傘あるのにか? 俺には行くアテもなく困ってる家出少女に見えるな」


 彼がそう言った直後、公園の傍にパトカーが停まった。降りてきた警官に彼が手を振る。私はただ、混乱してその光景を眺めるしかなかった。


「彼女です。家出少女」

「通報ありがとうございます」


 後から聞いた話によると、彼は公園に入ってパーゴラに居る私を見た時、一目でその経緯を察して通報していたらしいのだ。わざわざ私と接触して、会話をしていたのは、私がどこかへ行ってしまわないようにするための時間稼ぎだったのだそう。


「どうも魔術師の家の子らしくて、色々大変みたいです。できれば女性の方が悩みを聞いてあげた方が」

「そうですね、あの界隈は女子には厳しいですし」

「じゃあそういう事だから、ちゃんとお巡りさんの言う事を聞くように、お嬢ちゃん」

「あと、お兄さん、念のため貴方のお名前を伺っても良いですか?」


 物凄く、そう口を挟む暇もないほどスムーズに対応が進んでいく。私の何もかもを置き去りにして。そしてトドメに……


「魔術師の()()()()です。鳥の鷹に、山編の峰、空理空論の空理で……鷹峰空理」


 彼はそう名乗った。うん、思い出した。なんで私がこの時家出したのか。私に何の断りもなく決まった縁談、顔も知らない許嫁、その男の子供を産むのが私の生まれた意味だと言って憚らない親。それに腹が立って腹が立って、私はあの家から逃げ出したのだ。そして、その許嫁の名前こそ。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!?」



◆◆◆



「……ァァァアアアアアアアアアアアアーーッ!!?」


 急な大声で周囲を驚かせながら、我が許嫁、遠城霧花が目を覚ました。俺達は、気絶した彼女と、タイムカプセル、それから手当を完了して歩けるまでになっていたメガネ先輩と共に下山し、場所は既に、稲崎家の別荘に移っていた。


「す、すごい悲鳴……ですね」

「ウム! なんぞ悪い夢でも見ていたんだろう!」


 なるほど、アレだけ無茶をしたんだ。悪夢の一つや二つ見ても不思議じゃない。何にせよ、彼女は頑張ったのだから、もう少しゆっくり休んでほしいものだ。


「さて、最後の一人が目を覚ましたのだ! 早速、タイムカプセルを開けようではないか!」


 そんな部長の号令に、部員たちのボルテージはマックスになっていた。アレだけ戦った後だというのに、魔術師の体力馬鹿っぷりには呆れる。


「霧花さん、大丈夫ですか? ここは騒がしいから、無理せず部屋に戻っても良いんですよ?」


 俺が心配からそう声をかけると、彼女はクスリと笑った。


「なんか、あなたに敬語で話しかけられるの、変な気分だわ」

「??? 妙な事を、俺は霧花さん相手にはずっと敬語だったじゃないですか。()()()()()()()()()()()()

「えぇ、そうだったわね」


 なんだか引っ掛かる物言いだ。彼女は何でもハッキリ物を言うタイプだが、何かあったのだろうか? こういう時は、経験上踏み込み過ぎると藪蛇になる可能性が高い。そっとしておくべきか? うん、そっとしておこう。面倒くさいし。


「霊翔環は?」

「……まだあの中」


 本当は霧花さんが寝ている間に回収したかったんだが…………


「なんていうか、タイミングが無くてですね」

「そう、良かった」


 本気で安心したような表情の彼女に、俺はどういう顔をすれば良いのか分からなくなっていた。いくら目的の食い違う敵同士でも、ここで嫌な顔をするのは嫌な男過ぎるのではないか?


「仕方ないなぁ……立てますか?」

「何が仕方ないのか分からないけど……ありがと」


 さて、テーブルはどうなっているか、目を向けてみれば今まさにカプセルにかかったプロテクトが解除されたところだった。テーブルの上に乗せられた銀色の球体、その表面に展開されていた薄青い封印術式が、火薬が炸裂するようなパパパパンという音と共に弾けて消える。ここまで来ればカプセルは自動で上部を展開し、その中身が見えるようになる。おお、と数人の声が重なり、部長は得意気な顔で頷いた。


「まぁ待て、順番に取り出していくから、自分の物が出てきたらそう主張するよう……わぶ!?」


 その瞬間だった。そのカプセルの中にどうやって収まっていたのか不思議になるような巨大な蛇が飛び出して、部長の顎を強打した。別荘のリビングは一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図、特に蛇の苦手な美憂ちゃんと武曽と笹塚が大パニック、気が付けば美憂ちゃんは完全に姿を消し、笹塚は謎に殴られた痕を頬に付けて気絶し、武曽は天井のシーリングファンにしがみついていた。


 そして、久瀬だけがその様を見て大笑いしていた。


「またお前か」


 要するに、またイタズラである。とりあえず久瀬は縛り上げて宙に吊るして、開封を続ける事になった。


「これ、昔流行った物の大きさを変える魔道具だね、魔力のこもったものは大きくできないから、魔術界ではあまり活用されてないけど」

「先輩、それなら魔力を流し続けないと巨大化を維持できないから、魔術界の外でも使われてないです」

「そうなの? 鷹峰君」

「そうなんです」


 俺はまだ気だるげにしている霧花さんをテーブルに()かせながら、メガネ先輩の疑問に答える。昔、これを利用した超巨大クリスマスツリーを飾る計画があったんだが、クリスマス中巨大化を維持する魔力消費がえげつなくてお蔵入りした事がある。


 鷹峰の本家も案外馬鹿なところがあって、こういうイベント事でアホみたいな計画を立てては度々失敗していたりするんだよな。


「お前ら―、そろそろタイムカプセルの中身を配布するぞー注目ー」


 初めに比べて、幾らか気の抜けてしまった部長の号令、それに従って久瀬を除いた六人が丸テーブルを囲む。部長の両隣にメガネ先輩と吊るされたアホ、メガネ先輩の隣から武曽、笹塚、霧花さん、俺、美憂ちゃんと並ぶ。美憂ちゃんは隣で吊るされてる久瀬が心配なのか気が気でない様子だが、とりあえず準備は整った。


「まずはコレだ! なんか物騒だぞ!」


 そう言って部長が最初に取り出したのは剣六振り、真っ赤な総金属製の刀で、これが誰のものであるかは一目瞭然だった。


「はい、私の物です」


 スッと手を挙げた武曽に、部員全員がそうだろうなという顔をした。この中に六本セットの刀を持ち歩く趣味があるのは彼女だけだ。


「よし、次!」


 次に出てきたのは、謎の紙束……これは笹塚のものだった。なんでも、奴が最初に書き上げた論文のオリジナルだとか。その次は美味しい和牛の缶詰三十個セット、これはここには居ない大食漢の五十嵐のものだろう。その次に出てきたのは大きな旗。矢じりが二又に分かれた弓矢、その背後に八芒星が描かれた……我が鏑矢高校魔術部の部旗(ぶき)だ。


「コレは私の物だな、我が家で特別に作らせた防水防腐防炎防刃の特製フラッグだ」

「ハハッ! どんだけウチの部好きなんすか部長」


 相変わらず我が部LOVEな部長も面白いが、そう言って揶揄う久瀬を、恥じらいながら殴りつける部長には驚いた。彼女にも意外と可愛らしい一面もあるのかもしれない。いや、大人になって恥と言う概念を知っただけかもしれないが。


「よし、次は何だ……? 指輪と野球ボールが同じ袋に入れられてるな」


 その瞬間、二本の腕が同時に上がった。


「俺の」

「私の」

「「指輪です!」」


 思わず、隣に座る霧花さんを睨みつけると、あっちも同じことをしていたらしく、バチバチとぶつかり合った視線で火花が散る。


「なんだお前等のか、婚約指輪か?」


 あながち間違いとも言えない冗談はやめてくれ。部長からプラスチックバッグに入ったそれを受け取る。ちなみに、指輪と一緒に入っている野球ボールは子供の頃に取った有名選手のホームランボールだ。当時は宝物と言われてもこれしか思いつかなかったから入れたんだが……今思えばもう少し他にあったような気もする。何にせよ、懐かしい。


 そして、そんな懐かしい宝物が、俺の手からひょいと取り上げられる。


「という事で、霊翔環は預かります」

「何が”という事で”なんですか?」


 俺の疑問に彼女はニッコリと笑った。言わずとも伝わってくる。「黙れ」という彼女の意思が……


「嫌です。返してください」

「ダメです。あなたのお父様から直々に頼まれたのよ? あなたが()()()()失くさないように私に持っていてほしいってね」

「うっ…………」


 元はといえば、この霊翔環は本家の持ち物。親父にそう言われてしまうと、俺にはどうしようもない。俺は大きな溜息を吐き、霊翔環を彼女に預けるしかなかった。


「どれどれ次は…………は?」


 カプセルの中に目を落とした部長。その困惑の声に、そして漂う不穏な空気に、その場は一瞬で静まり返った。一人で持ち上げるのは難しいのだろう、彼女は上半身丸ごとカプセルの中に突っ込んで、その数瞬の後、ゆっくりと()()を引き上げた。


 誰かが息を呑むのが分かった。それは、彼女がその両脇を抱えて引っ張り上げた肉塊は……どう見ても人の死体のようであった。真っ白な肌、皮膚と筋肉しかないのだろう瘦せこけた身体。何よりも興味深いのは、体毛が一切ない事、それから生殖器が存在しない事だった。それを間近で見ていた久瀬がキャーと女のような悲鳴をあげたのを皮切りに、リビングにどよめきが広がる。明らかに異常だ。それは一体誰が何の目的で入れたのか、俺達には到底理解できないものだった。いや、ただ一人を除いて。


「すみません……それを入れたのは兄です」


 何故か、少し感極まったような顔で、彼女がそう言った。俺の親友の妹影島美憂……つまりあの死体は、俺の親友である影島幸馬がタイムカプセルに入れたものだった。


「もうとっくに処分したと思ってたのに、兄さんこんなところに入れてたんですね」


 目じりにたまった涙を拭いながら、それを受け取りに行く彼女。


「一応確認なんだが、これは何なんだ?」

「私が初めて作った人形です。下手くそですよね……全然思うように動かないんです」


 人形……人形……あぁ人形か。美憂ちゃんのその発言で、その場の空気が一気に弛緩した。無駄に緊張させやがって、紛らわしいもん入れるんじゃねぇよ。なんて、死人が相手じゃ文句も言えないか。


「こんなもの大事に取っとくなんて…………馬鹿ですよねウチの兄」


 その声が震えている事に、その場の全員が気付いただろう。初めて妹が作った人形、それが幸馬(アイツ)にとっての宝物だったというのなら、それはアイツなりの妹への愛の表れだったんじゃないだろうか。俺にはそう思えた。


「しんみりしてしまったかな……さぁ! 気を取り直して続けるぞ!」


 そこからは死人の荷物が続いた。九年前に打ち切られた少年漫画第一巻の初版本、目論見通りプレミアがついてそうなそれを入れたのは漫画家志望だった唐山のものだ。高価なスイス時計を入れていたのは竹本先輩のものだろう。加速術式の使い過ぎで腕時計の時間がぐっちゃぐちゃになってたんだよなあの人。


 それらの品が出てくるたびに、各々亡き友人との思い出話を語っていく。意外なところでは武曽に釣りを教えたのは竹本先輩だったらしいという話か。せっかちな彼女がのんびりと釣り糸を垂らす光景を想像すると、なんとも言えない気持ちになる。そして最後に、そう言って部長が笑った。


「昔話に花が咲いているところに丁度良いもんが出てきたな」


 そんな言葉と共に続々と取り出されていく一升瓶、俺を含めた酒飲み連中のテンションは、すぐにぶち上がった。お高い酒特有の気配を嗅ぎ取ったのだ。


「これは僕から。十年後に集まったこの場所で、皆で飲めれば良いなと実家の酒を十人前……ご用意しました」


 なんて気の利いた事を言うのは、勿論この人、メガネ先輩である。そんなこんなで、賑やかに、時にしめやかに夜は更けていく。久瀬が酔い潰れてリビングの床に横たわる頃、何となく自由解散の流れとなり、宴はお開きとなった。霧花さんとは意地の張り合いで、お互いに先には寝るまいとリビングに残ったは良い物の……間もなく二人揃って付けっぱなしのテレビの前で轟沈するハメとなる。何にしろ今日は色々ありすぎた。こんな疲れた体で夜更しなんて土台無理な話だったのだ。



◆◆◆



 全身を打ち据える秋雨に、どれだけの涙が混じったか分からない。幸馬が死んだと知らされたのは、大阪での仕事を終えて、帰ってきてすぐの事だった。


 もうすっかり袖を通しなれた喪服も、その日だけはやけに重苦しく感じた。葬儀会場の前、続々とやってくる影島家の関係者たち、それに応対する遺族。黒い傘の下で、その光景をボーッと眺めている。あぁ、この夢を見るのは久しぶりだ。久しぶりに美憂ちゃんと会って、思い出してしまったからかもしれない。


 遺族の中に、俺と同じように放心した様子で、何をするでもなく佇んでいる美憂ちゃんが居る。伏した目、涼しげな表情、見ているだけで胸が痛くなるような切ない空気。この光景を見るたびに思い出す。大切な誰かを亡くす。それには、自分の人生の一部を切り落とされるような痛みを伴うのだという事を……



◆◆◆



 誰もが寝静まった夜。九頭竜島は稲崎家の別荘のリビングに据え付けられたテレビ、空理が夜のスポーツニュースを見るために付けて、そのままになっていたそれがまだ動いていた。


『最新の観測によりますと、太平洋沿岸をかすめると予想されていた()()は、現在進路を大きく変え、沖合へと向かっております。龍潮の影響範囲では、通常の通信が一切途絶する恐れがあるため、漁業関係者の皆さまは今後の活動を控えるよう、改めて注意が呼び掛けられて――』


 ザザッ。


 画面に大きなノイズが走り、瞬く間に画面が砂嵐に覆われる。誰も話さなくなったリビングに、耳障りな雑音だけが、雨音のように満ちていく。

すみません、いけそうなので今日から毎日投稿してみます。よろしくお願いします。

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