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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
歌臼大学連続吸血事件編

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歌臼大学連続吸血事件 第九話




 東京都危穂(あぶほ)の駅前から歩いて十五分。大学近くの雑居ビルの三階────夜遅くだと言うのに煌々と明かりに照らされたハンター事務所がその少女の城だった。知り合いの魔術師に頼まれ、ペットであるインコの面倒を見つつ留守番をするのが今日の彼女の仕事だ。そこは、今自分が世話になっている家よりも幾らか広く、そして快適な場所であり。口やかましいヘルパーのオバサンや、たまに帰ってきては小言を言うだけのクソ親父も居ない天国のような場所である。


 こうして、事務所のテレビで夜遅くまでゲームをしていても、誰も彼女を咎めない。冷蔵庫にひっそりと隠してあった高そうな生ハムを勝手に食べてしまっても、執務机の一番下の引き出しの二重底に隠してあったエッチな本をハサミで切り刻んでも、誰も怒る大人は居ないのである。


「うーん、悪くないかも」

「何が悪くないだ。クソガキ」


 まぁ、その城の本来の主。つまるところ、俺が返ってくるまでの僅かな天下なんだけどな。ソファの背後から、狼藉者……大妻理沙(おおつまりさ)に声を掛ける、すると、彼女はコテンと頭を倒してソファの背もたれに預ける。すると、ちょうど分かりやすく立腹の表情を見せる俺と目が合う。まだ中学に上がりたての幼い表情、つぶらな瞳に思わず怒りが引っ込みかけるが。この事務所の惨状がそれを許さない。


「おっそーい、中学生を何時まで働かせる気なの? この甲斐性無しは」

「第一声はそれで良いのか?」

「うわ、マジ怒りじゃん、マジウケる」

「こ~~の~~ガ~~キ~~ッ!!


 キャーと嘘っぽい悲鳴をあげて逃げ出す理沙、帰りが遅くなって寂しい想いをさせた罪滅ぼしじゃないが、彼女のお遊びに付き合って追いかけっこに興じる。下の階からのクレームが死ぬほど怖いが、まぁ仕方ないだろう。ドタバタと広い事務所の中を三周ほどした頃になって、ようやく理沙のスタミナが切れた。現役学生ってのは、びっくりするぐらい体力あるから相手が帰宅部でも侮れないものだ。二十七のオッサンとは内包する活力が違う。ドッと疲れてソファに沈む俺と、その膝の上に座る理沙。


 自分でも不思議なくらい、この娘は俺に懐いている。それは単純に嬉しい事だが、同時に少し不安もある。俺が誰かと懇意にするという事は、失いたくない誰かが居るという事は、それだけで心をざわつかせるのだ。まぁ、今心がざわついてるのは概ね、無表情でバラバラになったエロ本を眺める霧花さんのせいなんだろうけれど。


「理沙、オッサンからの伝言だ」

「どうせ今日は帰れないとか言う気でしょ? 良いよ、分かってるから」


 胸に預けた少女の頭が、グリグリと痛みを伴って押し付けられる。正直、はねのけたい気持ちもあるが……


「…………今日は泊っていくか?」


 今ここで突き放せるほど、俺も鈍感ではない。なんだかんだでオッサンにも懐いてるらしい理沙が、今どんな気持ちなのか、俺にどうして欲しいのかぐらい分かる。


「えっ…………良いの?」

「今は霧花さんが居るからな」


 彼女が居なかった頃の俺なら、どれだけ理沙が帰りたがらなくても絶対にオッサンの家まで帰らせていたが……今の俺なら世間体も大丈夫だろう。そういう意味では所帯を持つというのも良いのかもしれない。まだ結婚はしてないが。


「…………どう?」

「仕方ないでしょう? それとも私がここで子供を追い出す冷血人間に見えたのかしら」


 そんな事は無い、と肩を竦める。真面目で頭の固いところはあるけど、霧花さんが優しい人だというのはそこそこの付き合いになるのだから分かっている。それでも、一応は伺いを立てるのが礼儀というものだ。


「……そういえば、理沙は夕飯食ったか? まだなら作るぞ」

「お寿司食べたい」

「無茶言うな」


 理沙と二人でソファから立ち上がり、四階へ上がろうと事務所の出口へ向かう。その後ろを、どこか面白くなさそうな霧花さんが追いかける。


「後で話があるわ」

「………………話って?」


 理沙に聞こえないように小さな声だが、底冷えするような背後からの言葉に頬が引き攣る。なんとなく流れで誤魔化せていると思ったが、やはりアレ(エロ本)の事だろうか? 男としては、それぐらい良いだろと思うが……アレに怒る女性も世に多いと聞く。


 戦々恐々とリビングへ向かい、風呂を沸かして理沙を入らせると、キッチンに立つ俺とリビングで寛ぐ霧花さんだけがその場に残った。少し悩んだ末にチルドからスモークサーモンを取り出して、レタスと酸味の利いたフレンチドレッシング、トマトを切ってフレッシュチーズと乗せて簡単なサラダを用意する。次にフライパンにバター……はないからマーガリンを引き、切った鶏肉を炒め、各種調味料と一緒に米をぶち込んでチキンライスを作る。ライスをよけて、溶き卵を入れて掻き混ぜる。いつもの楕円形にまとめたら、皿にのせておいたライスの上に置き、包丁で一直線に切れ目を入れると…………


「よし、上手くいった」


 綺麗に解けた卵がライスを覆い、トロトロのオムライスの完成である。テーブルに夜食を置いて、さてと腹を括る。この間、霧花さんはリビングの中央に陣取って動いていない。腕を組み、難しい顔で頷く彼女に、俺も同じように眉間に力が入る。


「それで、何なんだよ霧花さん」

「……あの」


 ………………あの?


 もったいぶるようにゆっくりと口を開く、その瑞々しい唇を注視する。その端正な形の口から、何が飛び出たとしても、毅然と対応するべきだ。既に無いに等しい年上としての威厳を守るため、たかがエロ本如きで説教などされてたまるものか。


「事件の事なのだけれど」

「なるほど事件の事か…………うん?」


 事件? 事件の話?


 それはいったい、なんの話だ? 思わず呆けた俺は、つい先ほど人が死んだ事さえ忘れて、首を傾げた。そして、彼女の真剣な表情(かお)にハッとする。エロ本如き、気にしている場合ではない。彼女は友人と食事をしている時に、事件に遭遇した。何者かによって血を吸われ、相手方の男が一人殺された。彼女だけじゃない、彼女の友人までもが巻き込まれたのだ。


「そうだな、オッサンから聞いた範囲しか俺も知らない、君も聞いていただろう。少し整理してみるか」


 コクリと頷く彼女に軽く笑いかけ、じゃあ何か書くものでもと部屋の中を探し始めた時……リロリロリロと霧花さんのポケットの中の携帯が鳴きだした。彼女は小さく俺に謝ってから、ベランダに向かう。


「うわ、良い匂い……顔に似合わず料理は上手いんだ」

「……理沙か、風呂から出たならちゃんと髪乾かせよ」

「分かってますよ~? 女子中学生舐め過ぎじゃない?」


 霧花さんと入れ替わるようにリビングに入って来た理沙がテーブルにつく。いつも、ちょっとひねたような顔付きの彼女が、飯を食う時だけは年相応の可愛らしさを見せるものから、少しだけ気が緩んだ。しかし、それも束の間、青褪めた顔の霧花さんがベランダから戻ってくるなり、俺の左腕を強く掴んだ。


「……………………」

「……霧花さん? どうかしたのか?」


 暗く、思いつめたような顔の彼女。俺の二の腕を掴む細い手から、微かな震えを感じる。寒さに身を抱くような、そんな心細さが伝わってくるようだった。短いようで長い数秒の沈黙、彼女はどこか頼りない声で告げる。


「摩耶が倒れて……ごめんなさい、呼ばれたから、病院に付いてきて欲しいの」


 時刻は十一時半を回っている。詳しい事情は分からないが、この時間に一人で向かわせるのは躊躇われた。それに何より、俺も話した事のある彼女の友人が倒れて病院に運ばれたという事実が俺を焦らせた。


「倒れたって、貧血か何かか?」

「えぇ……そうみたい、命に別状は無いみたいだけど」


 貧血という言葉に、霧花さんは事態がそこまで深刻でない事を思い出したのか、少し表情が和らいだ。だが、反対に俺の危機感は募るばかりだった。


「分かった。今すぐ行こう」

「あ、ありがとう……助かるわ」


 俺たちはすぐに脱いだばかりの上着を着こんで部屋から出ていこうとする……と、そう言えば、今うちにはこんなド深夜に放置するには幼すぎる客人が居るのだった。


「理沙も来るか?」

「いいよ……御飯中だし、あと寝るだけだし~?」

「そうか、もう遅いんだから、早めに寝るんだぞ」

「うるさいな」


 とにかく、彼女が良いと言うなら、その言葉に甘えよう。


「霧花さん……上」

「タクシー呼びなさい」

「いやでも、上走った方が早いし」

「タクシー」

「はい…………」


 アプリの配車サービスで予約をしつつ、俺たちは部屋から出て、一階へ向かった。



◆◆◆



 梓川総合記念病院。薄い緑のタイルが特徴的な、良く言えば歴史を感じる、悪く言えば少々古臭い風貌の建物の前にタクシーが止まる。そこから降りてきた女は、焦りの滲む足音を響かせて自動ドアの脇にある手動の出入り口へ駆けていく。鷹峰空理、彼女の付き添いである婚約者はそろそろとその後を付いていった。病院は真っ暗で、受付にも人は居ない。急患の運び込まれたという救急外来(ER)に向かった。


「霧花!」


 思いのほか、元気な声で名前を呼んでくる友人に、霧花は一瞬柔らかい表情を見せたかと思うと、すぐに取り澄ました顔で歩いていく。別れた時と寸分違わぬ元気そうな伊月摩耶の姿が、待合室の椅子の上にあった。貧血という話は何だったのかと言いたくなる空理だったが、どうやら彼女の処置にあたった医師によればそれは間違いない話らしかった。今は元気なように見えるが、いつまた眩暈などの症状が出るとも分からない。薬は出すが、暫くは安静にと簡潔に伝えられる。


「摩耶、あまり心配させないで」

「ごめん……でもさ、これでも普段から気を付けてる筈なんだよ?」


 ダイエットや月のもの、年若い女性と貧血は中々切っても切り離せないものだ。本人がなんと言おうと、これはよくある事と処理されてしまうものらしい。霧花も摩耶が倒れた事に、違和感などなく受け入れている様子だった。空理は摩耶から許可をとり、血液検査の内容を確認して、難しい顔をしていた。


 炎症反応や白血球数、体温、好酸球数など、彼の推理通りなら変化があるはずの部分に変化がない事を確認し、小さく安堵の息を吐く。


「なにか……気になる事でも?」


 そんな空理の様子を気遣った医師の言葉に、空理はようやく自分の行動が周囲の視線を集めている事に気が付いた。霧花や摩耶は、どこか不安そうな顔で見上げてくる。彼はすぐに、彼女たちに笑いかけて問題ない旨を伝えた。


「俺の勘違いだったみたいだ」


 その後、医師に礼を言った摩耶を連れて、三人はタクシーで空理の家に向かった。理沙に次いで霧花の友人までも家に泊める事になった事実に、空理は帰りのタクシーの中で空を仰いだ。いくら睨んでもタクシーの天井は灰色なばかりで、ちっとも気が晴れそうもなかった。


「我が家の男女比率が著しく偏っている……」


 自分の家なのに、随分と居心地の悪いものだと内心独り言ちる空理。しかし、それも直後に苦笑へと変わった。あまりにも今更過ぎる感想だったからだ。

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