表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話  作者: 夏川ぼーしん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/12

鏑矢高校魔術部同窓会 第三話




 俺の事故から更に十分、俺達鏑矢高校魔術部同窓会は、九頭竜島唯一の水源、九散(くちら)湖の湖畔に到着していた。道中ちょっとしたトラブルがあって到着が遅れたが、どうやらタイムカプセルはまだ来ていないらしい。我が校の魔術部の伝統として、タイムカプセルは埋めるのではなく()()するものと決まっている。三年に一度、魔術部の部長にだけ許される特殊な儀式によって、タイムカプセルは十年後の目的地点に向かって時空転移、タイムスリップする。今、この瞬間まで、世界のどこにもタイムカプセルは存在しない。十年前のあの日から、十年前のあの日そのままのタイムカプセルが出現するのだ。


 これが地面に埋めるタイプのカプセルなら、事前に掘り起こしてとか、色々やりようはあったんだ。本当に面倒なしきたりだ。そのせいで、俺のようにタイムカプセルの中身を狙う不埒者は、今日というタイミングに仕掛ける他にないのだから。


「そんなに金に困ってたのか?」

「魔術の研究ってのはなぁ金が要るんだよ…………例えどれだけ実力が認められようと、俺みたいなにわか魔術師がすぐに満足な環境を得られるとは限らない。金だけじゃねぇ、魔術の研究には相応の素材や人材、霊場や儀式場、必要なものを数え始めたらキリがねぇのよ」


 確かに、そういう事情があるなら。コイツの研究に魔術世界からの承認が必要なのは間違いないだろう。家から逃げようと必死になっている俺なんかより、霧花さんの方がよっぽどコイツのためにしてやれる事が多いんだ。


「じゃあ、仕方ないな」

「なんだぁ? 怒らないのか?」


 怒っても仕方がない。今の話を聞いちまえば、あぁ、これも俺が悪かったって事になるだろう。


「お前からすれば、俺の鷹峰家の次期当主って立場は、恵まれたものに見えただろうな」

「いや、別にそういう事じゃないって」

「違わないだろ? 俺は鷹峰家に生まれた事で、魔術師として恵まれた環境で育った。その恩恵を享受していたんだ。なのに、その責任から逃れようとしてる……俺のやってる事に正統性なんかないさ」


 別に俺が家業を継ぎたくないったって大した理由は無い。今みたいなお気楽が好きだってだけなんだ。まぁ、だからって諦めたりはしないんだけどな。降ろすぞと軽く声をかけてきた笹塚に、俺も軽く頷く。目的地に到着したのだから、いつまでも成人男性を背負ってる訳にもいかないだろう。笹塚はゆっくりと気遣うような優しさで、岩の上に俺を降ろした。すっかり日は暮れてしまっているが、満天の星空と月明り、それを反射する湖面が光源となって、あたりを明るく照らしている。懐中電灯を消しても、まだその場に居る全員の顔が見えるぐらいには明るい。幻想的な風景だ。


 その光景の片隅、静謐な湖面にナニカの影が映ったような気がした。


「どうしたぁ? 怪訝な顔しやがって」

「いや、あそこ……湖の方に何か見えないか?」

「…………?? なんも見えないぞ? なんだぁ、また幽霊でも見たか」


 いや、()()()()()()()()()


「悪い、多分気のせいだ。それより時間はどうだ? そろそろだと思うが」


 その言葉に、笹塚がポケットからスマホを取り出す。


「二十時丁度ってことは、お前の言う通りそろそろだな」


 そんな話をしていた時だった。俺達の高校はこの島から北西に位置する。その方向に巨大な魔力反応が出現。見上げれば、満天の星空が一瞬眩むほどの光を放ち、巨大な魔法陣型のゲートが現れていた。距離にしておよそ十km、そこから出現した蒼い炎が、流星と見紛う速度で飛来する。間違いない。あれがタイムカプセルだ。


「沖田! クッション!」

「了解です部長!」


 部長の指令で術式を起動する先輩、その背後の湖水が大きくたわみ、気が付けば巨大な水の壁が頭上に展開されていた。それが、その次の瞬間にはバラバラに弾け飛んだ。


 時空転移を可能とする次元超越には莫大なエネルギーが必要になる。時間と空間が支配するこの次元と、あのタイムカプセルが通過してきた高次の位相空間のあいだには、本来人類には認識すらできない次元の壁が存在する。こうやって十年の時を飛び越えここに辿り着いてなお、あのカプセルにはその障壁を破った余剰エネルギーが残存していた。それが、メガネ先輩の全力の防御を一瞬で粉砕したのだ。


 一介の高校生が扱って良い代物とは到底思えないが、うちの魔術部はそこらへん色々とおかしかったからな。


「たかがタイムカプセルのために、こんな無駄に高度でエネルギッシュな方法を使うって……馬鹿なの?」

「エネルギッシュってのが大事なんだよ霧花さん」

「うちの高校は厄ネタの宝庫だったからなぁ、魔術部にはガス抜きノルマみたいなのがあったのよぉ」


 溢れ出ちゃいけない力が無限に溢れ出てたからな……トンチキな面倒事も山ほど起きた。天空のあべこべ京都事件とかな。


「それよりタイムカプセルだ。あの中には霊翔環の他にも色々入れたし、なんだかワクワクするな」

「俺はゴミばっか入れてたからなぁ、別れた彼女からの手紙とか…………」


 それはゴミというよりは、見えないところに置いておきたいけど捨てるに捨てられない未練の塊だろ。なんて、話しているうちに、メガネ先輩と久瀬が湖に浮かぶタイムカプセルを網にかけて、引き上げていた。さぁ、タイムカプセルを開けよう。部長の号令で、そんな空気になった瞬間…………


 水辺に立っていたメガネ先輩が、ナニカに背中を切り裂かれ、血を噴いて倒れた。


「え……?」


 絞り出すように、困惑の声を漏らす久瀬。その消え入るような声が、一瞬の静寂の中でやけに大きく聞こえた。


「キャアアアアアア!!!!」


 真っ先に声をあげたのは、意外にも部長だった。普段の堂々たる振る舞いからは想像もできないような、か弱い女の子のような悲鳴に、釣られるように戦闘態勢に入る。敵は一体、メガネ先輩の背後に立つ、半透明のナニカ……否。俺は直後に自らの判断を覆す。それは半透明の何かではない、半魚人だ。湖水から浮き出た、水の体の半魚人。加えて言えば、敵は一体ではない。ざっと数えただけでも二十体以上、いやまだまだ増えている。奥に一際大きな影が見える。三mを超える巨躯の王、それが腕を振るうたびに、ボコボコと湖面から半魚人が生まれ出てくるのだ。


 魔物か? いや、明らかのその体組織は魔物ものではない。まるで水そのもの、いや水なのか? スライムが近いが、奴等にしては半魚人たちの動きは組織だって見えた。アイツ等はこんなに賢くない。


「ごめん……剣忘れた!」「俺足がアレで動けない!」「俺シンプルに弱いんでぇ! すんません!」


 武曽、俺、笹塚が口々に自らの戦力評価を下方修正していく。単純に、戦うための準備が足りていなかったのだ。倒れて動かないメガネ先輩と俺達を含めた四人は戦える状態にない。最高戦力である武曽が動けないのは、かなりの痛手だ。コイツさえいれば何とかなった公算が高い。


「嘘よね? 八人も魔術師が居て、まともに戦えるのが四人だけ?」

「お前等! 沖田が大変な時に、なんてザマだ!!」


 クソ、わざと怪我した手前、なんも言い返せない。敵の数が多すぎるし、その正体も謎のままだ。このままではマズい。なんとかしなきゃ、ここで全滅もありうる。


「お嬢様、撤退しましょう。戦力が足りません!」

「それは無理だ野木! タイムカプセルを久瀬に持たせたら残る戦力は三人、この数を相手に撤退戦をするには心許ない」

「とにかく俺は結界防壁で時間稼ぐんで、破られる前に何とかして欲しいっす!」


 霧花さんは、既に抗戦を始めている。真っ赤な炎が逆巻いて、二頭の狼となって荒れ狂う。遠城家お得意の呪詛の炎だが、半魚人相手には有効打を与えられていないようだ。水の塊を炎で蒸発させるには、それなりのエネルギーが必要だ。無尽蔵に供給される半魚人の兵士を相手に、彼女の術式はあまりにも相性が悪かった。


「ただの炎と効果に大差はなさそうだな……つまり高度の呪詛耐性を持っているか、そもそも生物ではないか」


 もしも後者なら、何らかの魔術による攻撃を受けていると考えた方が良い。何故なら……


「部長、安心してください。戦力なら足ります」


 俺も同じことを考えていたからな。


「鷹峰ぇ……!?」


 笹塚は察しが良いな。そうだ、このタイミングで誰かが攻撃を仕掛けてきているとしたら、動機は俺と同じだろう。アイツ等が先に出てこなきゃ、俺も同じことをしようとしていたからな。流石に怪我までさせるつもりは無かったが。


 俺は座ったまま、茂みの奥へと号令をかける。魔力のパスによってのみ行われる、声なき命令。その直後、大地が揺れ、轟音と共に森の奥から泥の龍が現れる。いや、それは龍どころか生き物を象ったようにも見えない、ただの濁流だった。この九頭竜島全土から集めた動物霊、それを煮凝りのように煮溶かして、泥の塊に吹き込んだもの。渦巻く想念、かつて生物だったそれらの生々しさが、それを龍と錯覚させる。俺の第二プラン。


 即席魔術≪蛇形野槌(じゃけいのづち)≫だ。


 本来なら、それはその威容でもって、他の部員を牽制し、カプセルを掠め取るためのもの。それが、ただ純粋な質量の暴力となって暴れ回る。一足早く退避した魔術師たちは、一人残らず無事だったが、半魚人たちの隊列は壊滅的な被害を受けていた。何十匹も居た彼等は、今や王を含めても数匹のみ、つまり……劣勢は覆ったという事だ。


「俺にできるのはここまでだ! 急げ! 王が居る限り、敵は増え続ける」

「鷹峰ぇ……お前、たかがタイムカプセルに過剰戦力なんじゃねえのか」


 うるせぇ、今は役に立ったんだから良いだろ。それに、お前が裏切りさえしなければ、使う予定も無かったんだ。むしろ、俺なりに穏便な手段を選ぼうとしていた事を褒めてもらいたいな。と、言ってやりたいところだが、さっき言ったように今は時間がない。


「久瀬! 生きてるか!」

「はいっす!」

「敵は生き物じゃない! お前の霊視なら何かが見えるはずだ!」


 アイツは昔から、現実にないものを見る眼だけは確かだった。その才能のせいでオカルトにかぶれて、魔術部なんかに入ることになった訳で、学生時代のあれやこれやを思うと同情しないでもない。だが、アイツのおかげで助かった事も数えきれないほどあった。今回もその一つになりそうだ。


「マジっすね、なんか見えるっす。あのでっかいのの奥に……微弱な妖精の影が」

「妖精型の使い魔か?」

「みたいっす。雷属性の……なるほどコイツ等電子制御なんすね」

「見てすぐ分かるんだったら、言われる前に見とけ馬鹿!」


 まったく、これだから。とはいえ朗報だ。雷属性なら、うちに専門家が居る。


「部長」

「ああ、こっちでも確認した。ありゃウチの電脳魔にそっくりだな、私なら干渉して術式崩しできるはずだ」

「なら露払いは私が」


 霧花さんの申し出に部長が頷くと同時に、濁流の蛇が湖面にその身を投げて道となす。その上を走れば、水を気にすることなく王のもとまで辿り着けるだろう。


「ドロドロしてて足場としてはまだ不十分だ。久瀬、お前の魔力障壁でコーティングしてくれるか?」

「魔力的にギリギリなんすけど!?」

「短時間で良い、どのみち時間をかけるつもりは無いですよね? 部長」

「当たり前だ。さっさと片付けてタイムカプセル開封を楽しむぞお前等! それから、影島……沖田を頼んだ」

「……はい!」


 トントンと話が進む。潮目が変われば、こうも集団は変わるのか。


「でかしたぞ久瀬!」


 豪快に笑った部長は、敵の正体を看破した久瀬の背中を強く叩くと、泥の道へと向かっていく。準備は良いか? そう目で問いかける彼女に、霧花さんが頷いた。その直後、暗闇が眩く照らされる。数えるのも馬鹿らしいくらいに大量の炎、狼ではなく鴉の姿をしたそれらは、次々に半魚人へ向かって殺到していく。


 これだけの数の護衛があれば、湖のど真ん中、狭い泥の道の上を走るには十分だ。


 とはいえ、相手は無尽蔵の水の塊。半魚人の王に近づけば、それだけ敵の密度は高くなる。全方向の湖面から絶え間なく飛び出す水の塊、それを迎撃する炎の鴉、その攻防は遠目に見てもかなりの大迫力だったが、限界が近い事は誰の目にも明らかだった。そもそも、彼女の術式は、半魚人の迎撃には向かない。今は莫大な魔力で何とかしているが、相手が実質無限に増殖する水の塊なのだから、無理がある事なんて初めから分かり切っている事だ。


「先輩、なんで敵の増援が途絶えないんすか? 同じ魔術なら、魔力は術者から供給されてるはずで、無限に兵士を増やすなんて無理だと思うんすけど」

「魔力の供給源が術者だったらそうだろうな」


 魔術師の内在魔力には限界がある。無限とは程遠い限られたリソースだ。だが、この場所には人間以外に大きなリソース源がある。


「ここに来る時の船の中で、言ったよな? なんで稲崎家がこんな辺鄙な島を持っているのかって」


 俺の問いに、久瀬は何で今その話を? というような顔をしながらも頷いた。あの半魚人の術式を見て、半信半疑だった仮説が確信に変わった。


「この島が九頭竜島だからだよ……九つの竜の頭、つまり九本の龍脈が集積する特大の霊場」

「待ってくださいよ。まさか、その龍脈から魔力を汲み上げてるって言うんすか?」

「お前の眼なら分かるんじゃないか? 人間の魔力と星の魔力の違いくらい」


 俺には予測する事しかできないが、この土地の霊的なリソースは俺が使いつくした。人の文明がない無人島に、信仰や伝承による魔力集積も無いだろう。なら、残る候補は二つ。魔物と龍脈。今回の場合は、十中八九龍脈だ。恐らく、直接相対している霧花さんや部長もそれには気づいているだろう。必死に走り、王のもとへと向かう二人。表情はここからじゃ見えないが、恐らく焦っている筈だ。リソース差は段違い、瞬間火力で上回るしか、突破法はない。全速全力、彼女等の奮闘はまさに、それだ。


 四方八方から迫る水、それを片っ端から炎で押し返す霧花さん。彼女の頑張りは十分以上だ。流石と言うしかないだろう。不安要素は多分にあるが、彼女なら……


 知らず硬く手を握りしめ、応援している自分がいた。彼女から目が離せない。本当は、彼女の注意が引きつけられているうちにタイムカプセルの中から霊翔環を抜き出したいのに、俺はそれができないでいた。目を離した隙に、彼女が傷ついたらどうしよう。そんな、馬鹿げた不安が、俺をこの場所に釘付けにしていた。


 そして、その馬鹿げた不安が現実になろうとしていた。


 小粒の兵士では彼女を止められない、そう判断したのだろう。王の下まであと十mを切り、あと一息だというところで、湖面が大きく盛り上がる。王よりも更に巨大な、ただ巨大と言うだけで、ともすれば神と見間違えるような巨人が姿を現した。そして、その判断は致命的なまでに正しかった。瞬間出力で上回られてしまえば、龍脈から直接魔力を汲み上げている敵に、俺達は勝ち目が無い。


「危ない!!」


 ただの腕の一振り、それが彼女の命をいとも容易く奪い去ってしまう。対処しなければならない、防がなければならない。俺の注意喚起が届いていたのかどうか、それは分からない。だが、彼女の判断は早かった。周囲に散らばっていた炎の鴉の群れが、一斉に悲鳴を上げるように鳴き交わし、紅蓮の奔流となって瞬く間に刃へと形を変えた。


 その剣は、確かに巨人の攻撃を防いで見せた。大木のような巨人の右腕は全ての炎の鴉を代償に、跡形もなく消え去っていた。


 だが、危機を脱したと油断する事はできない。魔力も水も、ほぼ無尽蔵……消し飛んだ巨人の腕も、みるみるうちに再生していく。それに対して、彼女は展開していた炎の鴉、その全てを失った。


「おいおい、今から、あの刃を上回る術の行使が可能なのか? できなきゃ負けちまうぞぉ、お前のフィアンセ」

「いくら彼女でも無理だ……あれだけの術の行使。もう出し切った後の筈」

「先輩方、そんな冷静に語ってる場合っすか!?」


 場合も何も、今の俺に他にできる事は無い。それこそ、装備が整っていたら違ったのかもしれないが……なんにせよ俺達は今完膚なきまでに役立たずだ。


「この島にはもう霊的なリソースは残ってない、さっき使い果たしたからな。元々、こういう離島は俺にとっちゃ不利なフィールドなんだよ」


 思わず口を突いて出た言い訳に、苦笑が漏れる。情けないな。どうであれ、命がけで戦う女をただ見てるしかない俺は、格好悪い男に見えるだろう。仕方がない、それは事実だ。ならもう、格好つけるのはやめても良いだろう。


「霧花さん、もう良いでしょうタイムカプセルなんて!! このままじゃアンタ死にますよ!!」


 昔の思い出なんて、命がけで縋りつくようなものじゃない。しかも彼女は部外者だ。死んでまでタイムカプセルを守って、それで彼女に何の得がある? 霊翔環は惜しいだろう。魔術的な価値も高いし、あれが戻れば次期当主である俺と彼女の縁談が進む。遠城家としては、みすみす逃すには惜しい話だ。だがそれだけだ。それだけの事なんだ。


 逃げよう、逃げてしまおう。アレには勝てない。


「嫌よ!」


 だが、彼女はそんな俺の弱音を一刀両断した。


「なんで!?」


 本気で混乱した。そこで拘って何になる? 意味が分からない。理解できない。死ぬのが怖くないのか? それとも、その恐怖に打ち勝つだけの、何かがあるとでも言うのか?


「だって、ただの鷹峰空理とじゃ結婚できないんだもの」


 最後に彼女は、何かを呟いた。張り上げてもない声が聞こえる距離じゃないから、俺には彼女がなんと言ったのかは分からない。ただ、それが彼女が命を懸けるに値する理由だったことは確かだ。乱雑に手を動かし、その懐をまさぐる。出てきたのは、夥しい数の呪符、それら全てをばら撒いて、彼女は獰猛に叫んだ。


「そこのイタズラ男!」

「お、俺っすか!?」

「結界を回しなさい! この忌々しい肉の厚皮を穿つわよ!」


 残った魔力を振り絞り、呪符の力を借りて、それでもそれは巨人を打ち滅ぼすには足らない。水と炎、炎は水を蒸発させ、水は炎から熱と空気を奪い去る。だから、その衝突は単純な質量と熱量の大小で決まる。いくら策を弄したところで、水そのものである敵に、龍脈の力を宿す巨人に、人間が敵うわけがない。


 それでも、久瀬は何もせずにはいられなかったのだろう。彼女の言うがままに、彼女が空中に現出させた炎の塊を、小さく結界の中に閉じ込める。それは、無属性の壁に守られた、か細い炎の槍だ。


 何を考えているんだ? 最初に浮かんだ疑問はそれだった。半魚人たち、その性質を考えれば、炎によってそれを打倒する方法はさっき言った通り、蒸発させる事だけだ。水によって熱を奪われる事を結界で防いだとして、結界を竈にして、その熱を高めたとして……それで倒せる敵ではない。なら、その槍は……なんのために?


「カテーテル……」


 医者の卵がそう呟いた瞬間だ。霧花さんの槍は、巨人……ではなく、湖面に向かって突き立った。皮膚を破り、肉を貫く注射針、いや()()()()()()()()。湖の底、九本の龍脈が集まる、まさにその場所に突き立てば……


 耳が痛くなるほどの静寂、それはこの世の全てが、これから起きる破局的な魔力の流出に恐怖しているからだ。


「こんな乱暴な方法で力を取り出したら、色々ともたないぞ……!?」


 笹塚がそう悲鳴を上げた直後。湖が瞬間的に赤く染まる。それは、地の底で起きた爆発の光。彼女の炎が龍脈からの魔力を吸い上げて、その次の瞬間、湖から巨大な火柱が吹きあがる。まるで火山の噴火だ。地面だけでなく、大気そのものが慄いている。確かに、これだけの力があれば、あんなちっぽけな巨人わけないだろう。だが、それ以上にちっぽけな人間に、こんなものが扱えるわけがない。


 火柱が、龍のようにうねる。それは、彼女が直接あの巨大な魔力の奔流を扱っている事を意味している。その反動がいかばかりか、俺には想像する事もできない。暴れ狂う焔龍の暴威、ただ身じろぎするだけで、巨人は無様にも吹き飛んで、跡形もなく消え失せた。そして、それと同時に霧花さんの体がぐらりと揺れて、力尽きて地面に倒れる。


「露払い、ご苦労! よくやった!!」


 その上を軽快に飛び越えていく影があった。魔術の余波で燃え上がる湖、その真っ只中を走り、見悶える魚人の王へと肉迫する。日本有数の金持ちお嬢様とは到底思えない金髪のヤンキースタイル。あの後ろ姿を頼もしいと感じたのもいつぶりだろう。雷光を纏った右拳、全ての半魚人を電子制御する雷精を打ち抜く、クラッキング(物理)の一撃。湖の水と龍脈からの供給が無くならない限り、死ぬ事は無い不死身の術式。その根本から破壊され、俺達を襲った水の人形たちは崩れ去った。


 ところで、なんでこんなガチンコバトルになってるんだ? 俺達タイムカプセルを取りに来ただけなのに。

金曜、土曜、日曜の夜に週三話ペースで投稿していく予定です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ