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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
蔵空村人狼事件編

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蔵空村人狼事件 第十話




「皆グルで俺を騙してたって事ですか」

「…………知っているのは俺と親父と泰富、あとは村の上層部だけだ」

「俺に人狼を殺させようとしてた連中じゃないですか」


 母親を殺すために息子を呼び寄せる。あぁ、アンタ等魔術師はそういう連中だろうな。


「ふざけやがって……」


 ガン! と鈍い音を立てて檻が凹んだ。どれだけ乱暴にモノにあたっても、機械の腕は少しも痛まなかった。ただただ俺の心だけが苦痛に軋んだ。


「例え元が誰であろうと、アレはもう既に駆除対象だ……アレを殺さない限り、村からの犠牲者は止まらない分かってるな?」

「…………」


 久宜伯父さんは、俺の数歩後ろから何とも言えない表情で語る。例え相手がどんな敵でも、被害が出ているのなら対処するのが魔術師だ。正直どうかと思うが、それには俺も頷くほかない。俺の個人的感情なんて、人狼に襲われる一般人には関係のない事だ。彼らを守るために、俺は戦わなければならないのだろう。


「伯父さん……ちょっと」


 俺は久宜伯父さんを手招きでこちらに(おび)き寄せると。


「なんだ……? ワブッ!」


 そのまま顔面に軽い右ストレートを叩きこんだ。


「ごめん、ちょっと殴らせて」

「殴ってから言うな」


 しょうがないだろ。こんなモヤモヤした気分のまま協力できるか。不意打ちで目を白黒させてるアンタを見ないと気が済まなかったんだ。


「ヨシ…………」

「何がヨシだ何が」


 鼻っ面を抑えて睨んでくる伯父さんに笑い返す。


「伯父さん、この里の警備部を全て集めてください……できる限り全て」


 俺に作戦がある。



◆◆◆



 十月九日木曜日午後十七時四十五分。蔵空村第一公民館の会議室にて、この村の警備に携わる人間が集まっていた。例外は極少数の施設警備のみで、残りの全てが席から壇上に立つ若い魔術師を睨みつけている。


「昨夜の敗北、原因は一つだ」


 十月八日の襲撃は、人狼を捕捉し襲撃の阻止に成功した。今まで成すすべもなく標的を捕食され続けた警備部としては快挙と言えるが、いつまでもそのような戦果で満足している訳にはいかない。その男、空理が言うように、アレは間違いなく敗北であった。では勝つためにはどうすれば良いか…………


「頭数が足りなかったコレに尽きる」


 そう言い切った彼は、なおも沈黙する警備部の魔術師たちの顔を数秒眺めたあと、ホワイトボードの前に移動する。


「昨夜は村全域に限られた人員を分散し警備にあたっていた。これでは接敵しても救援が来るまで時間がかかる。現に俺は救援が到着するまで持ちこたえることができなかった。敵が現れる場所に人を集めるやり方では昨日と同じ結果になるのは明白だろう。だから、発想を変える。敵が出るのに対応するのではなく、俺達の狙った場所に敵を()()する」


 マジックペンで図解を描きながら説明する空理、彼の背中を見る魔術師達の疑問は一つだ。誘導するのは良い、待ち伏せして叩くことができれば、大抵の戦力差はなんとかできる。問題はどうやって誘導するのか、その方法に関して一切の説明が無い事である。


「じゃあ、そういう事で、久宜さん指揮お願いします」

「あぁ、承った」

「あの……! ちょっと言いかい?」


 たまらず警備の一人が手を挙げた。何事かと久宜と空理が彼を見ると、居心地悪そうに口を開く。


「どうやって、あのバケモノを誘導するのかな」


 その質問に二人は顔を見合わせ、困ったような顔で声を揃えた。


「「大丈夫」」


 そして、会議は終わった。ツッコミたい気持ちはあったが、何となく怪我人と上司を相手に強く出れない蔵空村の魔術師達だった。


「作戦開始時刻は午後の二十時、場所を国立第七魔術秘匿学校とする! 現場には人が立ち入りできないよう、学校には事前に連絡してある! それぞれの準備を終えてグラウンドに集合! 以上解散!」



◆◆◆



 蔵空村を囲む結界、その天蓋の下に一匹の猛禽が羽を広げていた。こんな夜中に妙だなと頭をあげた男は、茂みから顔を出すなと仲間に引っ張り戻される。村の外れの静まり返った国立第七魔術秘匿学校、体育館の中にいつもの野球帽を目深に被った男の姿があった。言うまでもなく、完全装備の鷹峰空理である。先日の彼と変わったところがあるとすれば、包帯がまだ取れていない事と、腰に差した刀がいつもの一本から二本に変わっているという事だろう。一本は愛用のミスリル刀、もう一本は母の形見である。


 そして、その左手に霊翔環はない。


「時刻になりました」


 彼の傍に控えていた若い女性の魔術師がそう告げると、空理は懐に手を突っ込んだ。そこから出てきたのは輸血パック、それを放り投げた空理は、ミスリル刀の一瞬の抜刀で切り裂いた。ぶちまけられたのは他でもない、鷹峰空理、彼自身の血だ。


「……早いですね、目標、村南西部に出現しました。こちらに向かっています」

「距離は?」

「千二百、いえ、今千になりました」

「敵の到達予想時間を全員に知らせてください」

「了解」


 直後インカムから彼女の声が聞こえてくる。


『通達、目標の接近を確認。およそ十三秒後に到達予測、各員襲撃に備えろ。繰り替えす。各員襲撃に備えろ』


 直後に体育館に詰めている魔術師達が色めき立つ。全員がフルオートのサブマシンガンを装備した村の最精鋭だ。魔物討伐に使われる魔術加工されたミスリルコーティング弾は、一発で千円強の超高級品。民間の魔術師には手の届かない存在だが、その威力は絶大だ。


「君は危ないから下がって」

「了解」


 伝令役を下がらせ、空理は敢えて血振るいせずに来客を待つ。再び体育館に静寂が戻ってから数秒、ゴンという音と共に体育館のステンレス製の扉が吹き飛んだ。そこに現れたのは、目を疑うような美しき銀狼。十四人の命を奪った怪物、人食いの悪魔。


 鷹峰空理の血の臭いに誘き寄せられた人狼は、床に広がる血だまりと、その向こう側に立つ、血濡れの刀を持つ魔術師の姿をその目に映した。


 今一度帽子を深く被り直した空理は、刀を高く振り上げ、これ見よがしに血振りをした。


「ガァアアアアアアア!!!!!」


 激昂した狼に無数の銀の弾が降り注ぐ。蔵空村人狼事件、その最終幕が開かれた。



 ◆◆◆



 事件の影響で夜の蔵空村は本当に人出が少ない。村の北部、蔵空神社の敷地の一角に、一匹の猛禽が降り立った。


「お疲れ様」


 使い魔であるその鳥を労わった女は、齎された伝令を読み解いていく。


 南の空は青く燃えている。月が翳れば鬼が笑う。


 意味の分からない言葉の羅列。それは空理からの作戦決行の合図であった。大きく深呼吸して、意を決して女は懐から大量の呪符を取り出す。補助なしで女が扱える術式の優に三倍を超える量だ。これらが一気に開放されれば、蔵空神社は吹き飛んで、その機能を停止するだろう。空理の思惑通り、人狼討伐に警備部が駆り出されている今、この場所の警備も必要最低限のみである。今こうして大量の魔力が励起しているというのに、誰も駆け付けはしない。


 今でも神殿の破壊には反対だ。魔術師としての社会正義は、遠城霧花のオリジンだ。この行為が、どれだけの不利益を生むかは想像すらできないほどだ。だが、これより他に方法はない。そう言い切った空理の前で、なおも否と言い続けるほど、蒙昧な女になるつもりはんかった。


 展開する総計十二枚の呪符、蔵空神社の鎮守の森は、瞬く間に炎に包まれた。



 ◆◆◆



 月の光が入り込まないように遮光された体育館内を、四方八方からのマズルフラッシュが照らし出す。頭のおかしくなりそうな発砲音の連続と、チカチカとした不安定で忙しない光源の中……人狼は縦横無尽に駆け回る。普通の魔物なら一瞬でミンチになるような弾丸の雨も、神獣が相手では分が悪い。多少の痛痒は与えられても、精々が僅かに気を逸らせるという程度、それだけで勝負を決めるには到底足りなかった。


 吹き飛ばされた空理が綺麗な放物線を描いて二階部分に墜落する。


「大丈夫ですか!?」

「…………っ!? 早く逃げろ!!」


 直後、突進してきた人狼が二階部分に着弾、空理ごと窓を突き破って外に出る。巻き込まれた数名が戦闘不能に、更に二階部分が崩落、そこに詰めていた八人全員が地面に叩きつけられた。


 ゴロゴロと転がって受け身をとる空理、その頭上から人狼が追いかける。振り下ろしをバックステップで回避した空理は、今の攻防でお釈迦になったミスリル刀を投げ捨てた。母の古刀の柄に手を伸ばして、僅かに、ほんの一瞬だけ躊躇した。この人狼を相手に、この刀を抜くべきか否か。


 それでも、他に武器が無いのなら取るしかない。


 ヌルリと抜き放った刀が月の光を反射する。目の前には殺意に血走った目をした獣が一匹。折角整えた場からは離れてしまい、完全に昨日と同じ状況に陥った。


 時間にして五分と二十四秒、空理としては情けない限りだが、時間稼ぎはここら辺が限界のようだった。霧花の作戦完遂を待たねば、この敵は倒せない。そもそも今の空理達には、神性の宿った人狼の肉体を傷つけるに足る刃が無いのだから。


 だがもう、待ったなしだ。相手の殺意の高まりに合わせて、刀を背後に引いて構える。


「宿れ! 流れの化身、高瀬の蛇よ! 我が剣閃を導き、魔敵を祓え!」


 両者が同時に地面を蹴る。間に合うのか、間に合わないのか、空理にはもう祈るしかなかった。













 永遠にも思える一瞬、翻る剣閃と荒々しい銀狼が交錯する。


 その瞬間、遠い北の空に真っ赤な炎が噴きあがり、村全体を震わすような爆発音が轟いた。振り向いた空理の視界の先で、人狼は失った右腕を拾い上げていた。輝かんばかりだった白銀の体毛が色あせていく、神々しい人狼が──ただの獣に堕ちていく。


 ふらりと、上体が揺れ、あまりに呆気なく怪物は倒れ伏した。力の源を失ったからか、これまでの消耗が厳しかったのか、今はもう尋ねる術もない。ゆっくりと歩み寄る空理、地面の上からその姿を見上げて、ようやく人狼の表情が緩んだ。今までは帽子のツバで見えなかった顔が、その位置からはよく見えた。


 刀を順手から逆手に握り替え、大きく振り上げる。


「…………っ」


 躊躇は一瞬だった。唇を噛み切り、そこから血が流れても、鷹峰空理は止まらない。振り下ろした刀は、人狼の分厚い筋肉を貫いて、心臓ごと地面に縫い付けた。


 長い長い悪夢が終わる。蔵空村と一人の女を苛んだ悪夢は、一人の魔術師の手によって葬られる。


「ニンゲ……ン…………ニ………………モド……リ…………タカッ………………タ…………」


 今更、何人人間を食べたところで、その異形の肉体は戻らない。それでも、それでももう一度、人として最愛の息子を抱きしめてやりたかった。そんな、仕方のない女の最期の言葉を、空理はただ黙って聞いていた。

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