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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
蔵空村人狼事件編

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蔵空村人狼事件 第九話




「良いか? お前の一生をかけても稼げないような額の品もあるんだ、くれぐれ」

「分かってます」


 念を押す伯父に完璧な笑顔で押し切り、玄関から中に入る。子供の頃何度か遊びに来たこの場所で、絶対に行くなと言われた場所がいくつかある。それから、地下だ。泰富叔父さんが言うには、魔物を捕えている檻が無数にあるらしい。多分だが、そこに件の人狼を閉じ込めていた檻がある筈だ。この家で暴走した魔術師を人目に触れないように閉じ込めるなら、そこが一番の筈だ。


「おい、せめて俺の見ている前でしてくれ家探しは」


 後ろから追ってくる伯父さんは一旦無視して、俺は薬師家本邸の中をズンズン進んでいく。できれば、今夜にでも決着をつけたい。この家探しにも、あまり時間をとられるわけにはいかないのだ。というか、松葉杖の怪我人に追いつけない訳ないだろ、わざとゆっくり歩いて時間稼ぎしようとすんな。



◆◆◆

 


「うーん? おいおい、珍しい客だなぁ」


 薬師家の庭の隅にある倉の扉から熊のような大男が中に入ってくる。そこは、村のまとめ役として……そして隠れ里の魔術師として行う魔物討伐、そのための魔道具置き場だった。大小無数の棚があり、様々な魔力を帯びた品が特性のケースに収納されている。その中から、真っ黒で物々しい雰囲気を漂わせる魔導書を手に取っていた霧花は、後からやってきたその人物に軽い会釈で応えた。


「えっと、遠城さん()の」

「霧花です。遠城霧花」

「そうそう、こんなところで何してんだ~? クウ坊の見舞いに行ったって聞いたけど」


 熊のような大男、薬師泰富は興味深そうに霧花の手元を背後から見下ろしてくる。彼女も女にしては背の高い方だ。だが、それでもこの男を前にしては大人と子供ほどの差があった。


「少しでも役立つものがあったら使って欲しいとお爺様に……」

「あ~親父が? なるほど、じゃあゆっくり見ていってよ大したものはないけどさ」

「ありがとうございます…………えっと、泰富さんはどうしてこちらに?」


 霧花は今朝の朝食を思い出す。薬師家の人々と卓を囲ったあの場所に確かこの男は居なかった筈である。彼は外征部の仕事で里の外に出ているという事で、少なくとも明日の朝までは帰らない予定という話をそこでしていたのだ。彼女の疑問も当然である。


「クウ坊がやられただろう? だから俺の独断で戻ってきた。アイツでどうにもできないんじゃ、外で魔物退治なんてしてる場合じゃないからな」


 倉の奥に向かいながら、泰富はそう返す。彼は棚の魔道具に手を伸ばしては状態を確認し、そのいくつかを脇の下に挟んでいく。今夜のための準備という事だろう。彼の言葉に「なるほど」と小さく納得した霧花は、再び魔道具の確認作業に戻っていった。


 それから数分後、色々と見て回った霧花が「ん」と何かに目を惹きつけられる。どこか異様な気配をさせた、細長いハードケース。空理が持ち歩いているそれとそっくりなため、それが日本刀を入れたケースであるとすぐに分かった。


 中のものを取り出し、ゆっくりと鞘から引き抜く。ぞわりと、首筋に汗が滲んだ。刀身が放つひりつく気配に、霧花は圧倒されていた。


「これは……」


 見た目はただの鉄製の刀で、長さや反りからすると古刀の類である。ただし芸術品のような美しさはなく、荒々しく恐怖感を煽るような危険な雰囲気を纏っていた。大きく息を吸い、そっと刀を鞘に戻す。


 魔道具のピックアップを終えて、倉の外の切り株に腰かけて休んでいた泰富は、そんな霧花の姿を見て目尻に皴を寄せた。


「あのすみません、コレなんなんですか?」

「凄いだろ? その刀」


 倉から出てきた霧花から刀を受け取る泰富は懐かし気に頬を緩めた。


「これは姉貴の刀だよ」

「お姉さん……ですか」

「今はもう女の子は涼子しか残ってないけど、昔は結構沢山居たんだぜ? 皆嫁に行くか、死んじゃったけどね」


 魔術の家は基本的に多産である。今この家に居る当主慶昌(よしまさ)の子供は三人だけだが、当然元はその数倍はこの家に暮らしていたのだと言う。


「上から二番目の花乃(かの)姉さん……クウ坊の母親が使っててよ、それがもう痺れるぐらい強くてな! 結局、最後まで一度も勝てなかったなぁ…………」


 薬師花乃(やくしかの)、初めて聞く名前ではない。亡くなったという空理の母親の形見をこんなところで目にするなんてと、霧花は少し驚いたような表情を見せた。空理自身、家の事や家族の事を話したがらない性分であるし、彼の母が彼と同じように刀を扱う魔術師であった事も知らなかった。


「泰富さん……教えていただけますか、この人の事を」


 空理の頭の秘密を知ってから、霧花はずっと調子がおかしかった。感情が乱れ、すぐに怒ったり、恥ずかしくなったりしてしまう。少しだけだが、心を開いてくれたのだと思った。一緒に居たいと思ってくれていると思っていた。けれど違ったのだろう。彼女は、入院後の謝罪を受け入れる空理の姿から、何となくそれを感じ取っていた。


 必要な事しか話さない、いいや……必要な事でも必要になるまで話してくれない。鷹峰空理は遠城霧花に立ち入らないし、立ち入れさせてはくれないのだ。だから…………


「知りたいんです……空理さんの事、彼のお母様の事」



◆◆◆



 薬師花乃は薬師家の人間の中では稀にみる非才の魔術師だった。薬師家の秘伝魔術の適性が無く、基礎中の基礎である身体強化魔術も薬師家の方式よりも現代魔術の方が馴染むほどであった。


 そう語った泰富が、奥からアルバムを数冊持ってきて霧花に見せる。


「ほら、ここに一人だけ木刀持ってる女の子が居るだろ? それが花乃姉さん」


 野太い指がそっと稽古場での集合写真を指し示す。快活な笑顔が印象的な、どこか底抜けの明るさを感じる少女だった。


「あまり空理さんとは似ていませんね…………」

「いやいやぁ……目元なんかそっくりよ? 初めてクウ坊を見たときは一目で姉貴の子供だって分かったもんね俺」


 そう言われても、彼は普段目深に帽子を被っているため目元の印象が薄く、霧花にはピンとこない話だった。ただし、その瞳の色が特徴的な琥珀色(アンバー)である事だけは、なるほど確かに親子だと納得するものがあった。


「でもやっぱりクウ坊はあんまり姉貴には似てないな……! 性格が全然違う」


 霧花は鬱陶しそうだったり面倒臭そうに自分を見てくる空理の顔を思い浮かべて、確かにと頷いた。決して彼が陰気な訳ではないが、アルバムにある花乃の写真はどれも笑顔で、霧花には彼女が特別陽気な人柄であるように思えたのだ。


「やっぱり明るくて華やかな方だったのかしら」

「見ての通りよ。女の癖に虫が好きな人で、よく学校の友達と一緒に虫捕りに連れて行ってもらったよ。俺達とそう年も変わらないのに何人も引率してな…………」

「凄いですね」

「あの頃は物凄い大人に感じたもんだけど? 今にして思えば姉貴もあの時はまだまだガキだったし、大変だったろうなぁ」


 そう言って泰富はその時の写真を霧花に見せる。四人ほどの小学校低学年の少年達を、十歳ほどの少女と一緒に虫を手にして笑っている写真だ。他にも泰富は様々な思い出を語りながら、ザリガニ釣り、夏休みの勉強会、秋祭りの縁日、正月の餅つきなどの写真を見せていく。


「良い写真ですね……」

「あぁ、これ全部兄貴…………久宜兄さんが撮ったんだ。昔からカメラ好きだったから、兄貴以外の写真は沢山あるんだよ」


 こうして聞くと、まるで薬師家は仲の良い()()の家族のように思えてしまう。しかし、彼等は子供たちに継続的な肉体改造を強いて、異形へと変える一族である。普通の家族とは到底言えない存在だ。それが普通に見えるというのが、霧花には不気味に思えて仕方が無かった。自分の実家も、普通に思えたあの家も……? 実は薬師家のように道から外れた部分があるのかもしれない。


 そっと霧花の指が写真の中の花乃に触れる。鷹峰家に輿入れする女として、彼女と霧花は同じ立場であったと言える。その在りし日の幸福と、その裏にあったであろう様々な出来事に想いを馳せる。それから、結婚して子供を授かる。生まれてきたのが鷹峰空理、彼女はどんな母親で、彼はどんな子供であったのだろうか……?


 その写真からは想像する事しかできないが、何となく感慨深い気分になった霧花だった。


「………………あれ?」


 アルバムをめくる手が止まる。薬師花乃の写真は、ある時期を境に、それまでの活発な活動の記録から少し様相が変わっているように感じるのだ。明るく笑っている顔が多いことに変わりはない。ただ、その写真の場所が家の外ではなく、家の中ばかりになっているのが気になった。虫を捕りに行ったり、年中行事に参加したり、学校のイベントで活躍したりといった事は、なくなってしまったのだろうか……?



◆◆◆



 思い出の中の母は、いつも()せっていた。いつも布団の上で、アニメや漫画のすぐ死ぬ母親のような髪型をして、俺を待っていた。()()()()()()()な母は、俺を生んで以来ずっとその調子らしく、そのせいで鷹峰家には、母の子供は俺しか居なかった。


 赤ん坊の手を捻って泣かせた父は、それはもう大喜びしたそうだ。薬師家の獣の血を引いた俺が垂れ流す負の感情、つまりは呪いが父の連れた動物霊の力を増幅したからだ。鷹峰家の人間が生活の中で動物を殺し続けてようやく十分蓄えられる力が、俺には生まれつき備わっていたのだ。


 ただ一つ残念だったのは、母の体調の件である。その胎から、いかに素晴らしい子が得られようと、一人では不十分だ。スペアが無いのだから、俺の扱いには気を付けなければならない。それが鷹峰家としては大いに不満だったのだろう。よく高名なお医者先生などが家に来て、母を見ては首を傾げて帰っていったのを覚えている。


「母さん……調子はどう?」

「うーーーーーん、良い感じ?」


 へらへらと笑う女、子供の俺から見てもバレバレの嘘だった。調子の良い人間の顔色ではない。なおも心配そうな表情の俺に母は笑みを深めて、俺の肩を叩く。その次の瞬間、俺の身体を柔らかな温かさが包んだ。


「大丈夫、母様はどこにも行ったりしないから」


 優しく自分を抱きしめる母に、俺は大人しく頷いた。子供ってのは単純で、それだけで安心してしまったんだ。


 それから一週間後、母は俺の前から姿を消した。母の体質を改善するために行った鷹峰家の儀式が失敗し、症状を逆に悪化させてしまったのだ。薬師家と鷹峰家は壮絶な罵りあいの末に絶縁。母は薬師家に引き取られていった。以降、俺以外の鷹峰家の人間と薬師家との交流は一切が途絶えたままである。










 松葉杖の音が地下牢に響き渡る。幾つも並ぶ魔物の檻…………その一角に大きく打ち破られた特製のものと思われる黄金の檻があった。


「オリハルコン……随分と奮発したな」


 檻には、中に入っているのが何なのか分かりやすいように、ネームプレートが貼り付けてあった。その文字を左手でなぞる。そこには、()()と刻まれていた。

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