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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
蔵空村人狼事件編

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蔵空村人狼事件 第八話




 蔵空村には当然だが、複数の病院がある。一つの病院で賄えるほど、この村の人々は平和に暮らしているわけじゃないという事だろう。一つは、一般の診療を受け入れる国立蔵空村総合病院。そしてもう一つが、俺が世話になった管理委員会附属 蔵空魔術大学病院である。そこに、昨夜土手っ腹に大穴を開けられたばかりと言うのに、もう出歩けるようになっている俺の姿があった。最新の魔術医療とは恐ろしいものだ。あと、請求額も恐ろしいことになってそうだ。こればっかりは村に払ってもらうしかない。そこら辺も含めて依頼料という事で。


「ごめんなさい」


 入院病棟の休憩スペースにて頭を下げる霧花さん。突然の事でポカンとしてしまったが、サーバーで()いだ温かい煎茶を口に運んで誤魔化した。


「…………俺は今、なんで謝られてるんだ?」

「だって…………私はアナタの危険を容認したわ」


 なんだ……そういう事か。確かにその事で言いたいことが無いではない。霊翔環があれば、あの勝負もどうなったか分からなかった。あんな、初めから分かり切った負け試合に臨む事も、ここまでの深手を負う事も無かったかもしれない。


「馬鹿だな」

「ばっ……」

「俺が死んだって、困るのは鷹峰本家ぐらいのもんだ。ここの共同神殿とは比べ物になんない」


 霧花さんは間違ってない。その天秤は正確に機能している。


「だから、君に文句を言うつもりはない」


 霧花さんは俺の言葉に何を感じたのか、一瞬泣きそうな顔になって、すぐに眉が吊り上がった。あちゃ、バレたか。


「ちょっと待って、話がすり替わってないかしら?」

「アハハハハ……イデッイデデ」


 笑って誤魔化したら、頬を引っ張られてしまった。


「霊翔環を渡す渡さないでも同じだよ。俺が死んでも困るのは鷹峰本家だけだけど、霊翔環を俺が捨ててしまえば鷹峰本家だけじゃなくて霧花さん達(えんじょうけ)にも迷惑がかかる…………被害の大小で言えば俺が死ぬ方が小」


 俺としては自分が死ぬ事以外どっちでも良い比較すぎて、言っててモヤモヤするんだよな。とはいえ、感情を排して考えるなら、彼女は間違っていない。という事になるだろう。納得はいかないが、理解はできる。


「それでも、アナタがこうなった事は私の本意ではないわ…………本当にごめんなさい」


 だというのに、この人は何故か沈んだ顔で謝ってくる。それ自体に悪い気はしないが、やはりなんで謝られているのか俺には理解できなかった。


「だったら、君はどうしたかったんだ?」


 だから、俺はそれを直接聞く事にした。だって、どう考えてもこれが、この今の俺のボロボロぶりこそが霧花さんの本意だったはずだ。例え戦いで不利になるとしても、守るべきものがあったと。


「まさか、なんの犠牲も払わずに対処できる相手だなんて思ってなかっただろ? 君は幾つかある選択肢の中からこれを選んだ。その事に後悔があるって言うのか?」

「それは………………私を買い被りすぎよ」


 彼女が机の上で組み合わせた指に、微かに力がこもる。どこか憤りだったり、悩みのようなものを抱えているのだと思う。ここに来てからの彼女は、少し様子がおかしい。そう、具体的には俺の耳の事を明かしたあたりから……どこか精神的に落ち着かない感じがする。


「私は正しい事を言ってきたつもりだけれど。こうして正しさの犠牲になった人を前に、それでも正しかったなんて言えないだけ」

「犠牲って…………死んでない、こうして生きてる」


 悲観するような事ではないと俺は思ってるんだけどな。本当だったら、生きて還れるような状況ではなかったのだし……


「それでも死ぬところだった。その事を私は後悔してる。アナタは私を鉄の女か何かと思ってるかもしれないけれど、間違えて、後悔して…………自分の正しさを疑う事ぐらいあるわ」


 そう悩みながらも言い切って、遠城霧花は深い深い溜息を吐いた。俺は中身が半分ほどになった紙コップを机に置き、口の中で彼女の言葉を咀嚼する。何となく、正面から彼女と向き合う事に息苦しさを感じて、逃げるように窓の外へと視線を投げた。秋の空は明るく、とても澄んでいる。見ているだけで心が落ち着くようだった。


 彼女の葛藤がようやく理解できた。昨日、会合のあと、俺を説得した彼女は正義の人だった。社会の要請に従い、魔術師として正しい選択をしていた。それが、彼女の個人的な善性から来ているものだったとは俺も知らなかった。彼女は、単に魔術師だからではなく、遠城霧花という個人として、誰かを助ける自分で居ることを望んでいるのだろう。


 だから、理性では許容するべきと判断した犠牲を前に、胸を痛めずにはいられない。要するに自己矛盾だ。誰かを助けたいという思いから行動している筈なのに、目に見える形で自分の選択が誰かを傷つけた。それが耐えられないのだろう。


「分かった……その謝罪を受け入れよう。それでこの話は終わりだ。反省会をするのはまだ早い、今夜にでも奴はこの村に現れて人を襲うだろう…………事件はまだ終わってないんだ」


 不完全燃焼感は否めないが、渋い表情で俺の言葉に彼女が頷くのを見て、俺はまた紙コップを口につける。そういえば、結局彼女が急に走り出したり怒り出したり、かと思えば冷静に俺を諫めたり、やたらと落ち着かない理由は分からずじまいだった。その謎が気にならないでもなかったが、今はそれ以上に考えなければならない事がある。


「ク…………ウリ……」


 今でも鮮明に思い出せる人狼の言葉…………奴は確かに俺の名を呼んでいた。そしてその直後、死に体の俺を見逃して奴は立ち去った。何故? その理由を知らずに奴と戦う事はできない。ただ倒すべき敵として扱うには、あの言動はノイズ過ぎる。


 どうしたものかなぁと頭を悩ませる。だが、俺が思っている以上に、チャンスはすぐに訪れた。


 霧花さんが帰り、再び一人となった俺は病室で横になっていた。


 コンコンコン


「どうぞ」


 俺の許可を待って、ゆっくりと病室の扉を開けたのは、他でもない薬師久宜だった。その手には、見舞いのフルーツバスケットがあり、彼の真面目くさった顔付きとのミスマッチが酷い。


「この度は……」

「あぁ、そういうの良いですから」


 別に、仕事上の関係があるからと言って、二人きりの空間で親族同士が畏まってもおかしいだけだろう。


「いや、そういう訳にもいかんだろう」

「良いからかけてくださいよ。丁度伯父さん達に聞きたいことがあったんです」


 抵抗する彼に椅子を指さすと、俺はベッドから起き上がった。何となく、話が長くなるような気がしたからだ。俺の意図を組んでか、椅子にかけた伯父さんは、「じゃあ」と早速本題を切り出した。


「聞こう……あの人狼についてだろう、何が聞きたい?」


 棚にフルーツバスケットを置いた瞬間、ふんぞり返って足を組む伯父さん。どことなく威圧するような雰囲気に、怯えのようなものを感じる。探られたくない腹があるというのを、必死に押し隠しているような……そんな気配だ。


「あれについて、俺に言ってない事がありますよね?」

「………………さぁな、隠し事ならありすぎるぐらいだ。どれの事を言っているのか分からんな」

「開き直りますね……」


 人狼が俺の名を呼んだ。神獣が人の言葉を解す、それ自体に不思議はない。力を持つものなら、自然にそれぐらいの事はできるものだ。だが、生憎と俺にああいった知り合いは佐奈毘以外に居ない。なら、答えは一つだ。あれは神獣ではない。もっと言えば”神獣ではなかった”……だ。


 それに加えて、薬師家はアレの正体に気付いていて、俺には知られないように村の霊媒師を雇ってまで痕跡を消していた。つまりは、アレに関して知られたくない秘密があると読み取れる。


 その事から推測できる、あの不可解な生き物の正体は…………


「薬師家の人間…………ですよね? あの人狼」


 自分で言ってても半信半疑だった。薬師家の術式は確かに人間をバケモノに変えるものだが、あそこまでとは聞いていない。アレがあそこまでの神性を帯びていたという以上、既存の薬師家の術式とは一線を画すものであるのは間違いない。あれは……魔物の肉を食って魔物になったというには神性を帯び過ぎている。


「人間に()()()()()()()()()()()()?」


 自分で言っててバカバカしくはある。だが、そうとしか思えない。アレは……俺を知る誰か、薬師家の人間が神の肉を食ったことで生まれた怪物だ。伯父さんは、真っすぐと俺の目を見返して、けれど何も言い返す事無く、数秒が過ぎ去った。


「ハァ……何を言う出すかと思えば…………人間が神になるなんて、そんな夢みたいな事できるわけないだろう」


 溜息を吐いて一度目を伏せた彼は、俺から目線を逸らしてからそう言った。見抜いてくれと言わんばかりに嘘が下手な伯父に、いつもなら笑いがこぼれるところだ。だが、今回は笑えない。


 きっと今の俺は眉根を寄せて神妙な顔つきになっている事だろう。人間が神に変成する。それに伴う苦痛、精神的負担は如何ほどばかりか……俺には想像する事しかできない。


「なら、薬師家を調べさせてください」

「っ……そんな訳に行くか! あの家には我が一族が代々積み重ねてきた研究の成果が」

「あぁ、その事なら心配しなくて良いですよ」


 狼狽する伯父には悪いが、俺にはゴミに等しい成果だ。盗み出すほどの価値も見出していない。内容を口外する気も、俺の魔術に取り入れようという気もない。俺はできるだけ角が立たないよう言葉を選んでそう伝えた。


「あ、でも……魔物の特徴を隠す魔術だけはちょっと惜しいな」


 魔力が昂ぶると生えてくる、あの狼の耳。アレさえ無ければ人目を気にして、いつも帽子を被って用心する、なんて習慣を身に着ける必要は無かった訳だしな。



 そこからは早かった。俺は止める看護師や医者を振り切って松葉杖で伯父の車に乗り込むと、一路、薬師家本邸に向かった。

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