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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
蔵空村人狼事件編

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蔵空村人狼事件 第七話




 蔵空村の外れの方にある、低所得者向け集合住宅の屋上、十年ほど前に太陽光パネルが乗ったばかりのその場所に二人の人影があった。というか、俺と霧花さんだった。


「今、本部から連絡が来たわ。人狼が蔵空村北C地区に出現、短距離の転移を繰り返しながらこっちへ向かってるそうよ」

「人狼は鼻が利く、もう今晩の得物に目星は付いてるはず」


 敵は無差別に人間を襲っている。今までの被害者にも共通点らしい共通点は無い。だから、こちらに向かっていると言われたところで、実際に誰がどこで襲われるかを今の段階で推測する事は不可能に近い。だが、俺の鷹の目は既に、それらしき人影を捉えていた。


 ここから更に南、山の麓の用水路脇にある丸型ポストのところに、こんな時間だと言うのに出歩いている馬鹿が一人。俺は支配下の使い魔に命令して、ソイツの周辺を重点的に見張らせる。


「目標が私たちの担当区域に入ったそうよ、見える?」

「そんなすぐ見つからないよ、瞬間移動しながらの移動は捕捉がかなり難しいから……居た! もの凄いスピードでまだ南に向かってるな」


 この勢いじゃ、俺の推測の通り、あのポストのところに向かっていると見て間違いない。問題は、思ったよりも敵の移動が速いという事だ。今から走って向かうのでは、間に合うかどうか分からない。


「霧花さん! 霊翔環か身体強化! できる方をくれ!」

「急いでるってことね?」


 その確認に短く頷いて返すと、彼女は俺の義足に複数のエンチャントを施した。確かに、霊翔環が無理なら身体強化よりもこっちだ。思わぬ好判断に笑みをこぼし、短く礼を言って腰を落とす。エンチャントは三つ、堅牢と爆裂、それから飛翔補助。俺は自分自身の身体性能を複数の動物霊を憑依させることで上昇させると、足裏の爆裂で大きく跳躍する。さらに足元から流れるような炎が噴出、大きく広げた翼のように展開させると、二段階噴射のような軌道で俺の身体が持ち上がる。


 約千mほどの距離を跳躍した俺は、今まさに少年の背後から首元へと手を伸ばす人狼を弾き飛ばした。


 まだ義腕での抜刀が馴染まないのか、首を落とすつもりで五指を抉り落とすにとどまったが、それでも間に合った。その事にまずは大きく安堵し、敵の前に立ちはだかる。少年の前に刀で壁を作り、人狼から庇う。どうも、邪魔が入って手指を奪われても、野郎の標的は変わっていないらしい。とりあえず早く逃げろと告げるつもりで振り返る、そこには守るべき一般市民が居るはずである。


「兄………………さん……?」


 すぐに視線を切って前を向く。気のせいかな、なんか十年ぶりに会う弟が後ろに居る気がする。ていうか、兄さんって言ったよな? やっぱり来翔か? 来翔なのか?


 だとしたらマズい、アイツと俺が接触したら、それは俺に取り憑いている監視の霊を通じて本家に伝わってしまう。少なくとも、俺の方から声を掛けちゃいけない。


「お前の相手は俺だ……ちったぁこっち向いてくれよな」


 俺は意識して来翔を無視した。そうしなければ、ようやく手に入れた弟の平穏が壊されてしまうから。真っすぐと睨みつけて発した啖呵は、僅かに……言った俺にしか分からないくらい微かに震えていた。


 懐に左手を突っ込んで、ナイフを一本取りだす。


「来たれ、我が使い、我が従者…………仮初の肉を纏い、現世(うつしよ)の土を踏むがいい!」


 放り投げたナイフを、魔力で編み込んだ半透明の狐が咥えこむ。持たせたナイフは古くから使われている魔道具、地面や壁などに呪印を刻み、呪符を使うのと同じ効果を発揮させることができる。俺のように大型の使い魔を使役できる魔術師は、それらにこのナイフを持たせて複数の魔術を同時展開する事ができる。


 睨み合いは一瞬で終わった。ジッと来翔の方を睨みつけていた人狼が姿を消したと思ったら、次の瞬間には俺の頭上に現れていた。視線はブラフ、完全に俺を仕留めに来ている。その事に気付いた時には、既に回避が不可能な距離まで人狼の巨体が肉薄していた。


 いつの間にか再生していた敵の右手の五指が、咄嗟に構えた俺の刀を掴んだ。ギリギリと軋む相棒、このままへし折られるわけにはいかない。俺は体を引いて敵の上体を泳がすと、そのまま右足を振り上げて、足裏のエンチャントを発動させた。


 人狼の土手っ腹に炸裂した爆裂のエンチャントは、その体を上空へと吹き飛ばした。


「兄さん!? 大丈夫なの……?」


 うるさいな、大丈夫じゃないから早く逃げてくれ。俺はそう意思表示するつもりで人狼が吹き飛んだのとは逆方向の道を指さした。逃げれば良いの? とか。なんとか言ってよ! とか、ゴチャゴチャ言ってるが、生憎と答えられないし、答える余裕もない。視界の端にこちらに向かって走ってくる霧花さんが見える。後の事は彼女に任せるしかない。今は腰を抜かして動けない来翔も、彼女なら上手く逃がしてくれるはずだ。それまで、俺は時間を稼ぐ。


「宿れ! 流れの化身、高瀬の蛇よ! 我が剣閃を導き、魔敵を祓え!」


 戦闘者としての俺の基本戦法は、動物霊を刀剣に憑依させて戦う古流剣術だ。威力は使う霊によってまちまちだが、今回は俺が今使える札の中では最高のものだ。これが通用しないとなると、本気で死を覚悟する事になる。


 矢のように引き絞り、背後で構えた刀。そのミスリルの刀身が青白く発光する。目を閉じる。半ば確信していた。敵は転移によって俺の死角からの攻撃を試みる。だからこそ、目に頼ってはならない。契約以降、過ぎるぐらい風に敏感になった肌が、微かな空気の揺らぎを感じる。左斜め後方、下からの切り上げ……!


「そこか!」


 真っ白な蛇が刀の切っ先に浮かび上がると、川の激流の如く水が噴き出し、剣戟は満月のように円を描いた。


「っ…………兄さん」


 恐怖に引き攣った弟の声が聞こえる。俺の刀は、確かに敵の攻撃よりも早く、その首を一文字に薙いだ筈だった。異物感が込み上げ、思わず口から血を吐いた。目の前には、精悍な人狼の顔があった。首は落ちていない。野郎の振り上げた左の貫手は、俺の腹部を貫いて背中までの大穴を穿っていた。


「来翔君! 早く逃げて!」

「霧花さん……でも、でも兄さんが!」

「良いから!」


 人狼の立つ向こう側から、二人の声が聞こえる。なんとか、逃がす事ならできそうだ。俺は微かに笑って、使い魔に描かせていた呪印に魔力を流した。


 直後、真っ黒なドームが俺と人狼を中心とした半径数mを包んだ。奴の空間転移は、月の光が当たる場所から、他の月の光が当たる場所までという制約がある。だから、こうやって閉じ込めてしまえば、そう簡単に来翔を追えなくなる。あとは駆け付けた警備部に任せるしかないだろう。


 今の俺ではコイツに勝てない。魔力を帯びない攻撃を、魔物の肉体が弾いてしまうように、神性を帯びない攻撃はより強い神性には届かない。指なら切り飛ばせたのは、それが奴の身体の末端だったから、急所を貫くには俺の攻撃は凡俗すぎるという事だ。


 真っ暗なドームの中を青白い炎が包む、狐火はそれだけの霊がこの場所に集まっている事を示す。それら莫大なリソースから、刀に強化を施す。倒すのが無理なら、ノックバックで距離を取り続ければ良い。それは霧花さんの魔術が証明してくれた。


「宿れ! 吹き荒ぶ炎雀(えんじゃく)、汝無数の礫となりて我が敵を啄ばむものなり!」


 瞬間、半径数mのドームが半径数百mにまで大きく拡がり、その一面を炎の絨毯が埋め尽くした。再び吹き飛ばされた人狼が、炎の中を転がる。俺は刀を地面に突き立て、片膝をついていた。というか、既に立つこともままならない。左手は腹部を抑え、内臓の流出を防いでいるが、困ったことに背中の穴からの出血が止まらない。


 ゆっくりと、こちらに歩いてくる人狼。その白銀の体毛が、俺の血で赤に染まっていた。荒い息遣いがドームに反響し、バチバチと弾ける火の粉が徐々に消えいく。再び、ドームは薄暗い狐火に照らされる不気味な空間へと戻る。もう一度、刀を振れば、また奴を吹き飛ばして時間を稼ぐことができる。なんて、虚しい思考が空回る。端的に言えば不可能だ。深手を負いすぎた。


「ハァ……ハァ……」


 それでも、諦めずに刀を振り上げ、そして敵に弾き飛ばされた。その風圧で帽子が吹き飛ぶが、拾いに行く余力すらない。


 目の前に立つ人狼を見上げる。俺も背が高い方だが、コイツはそれよりもデカい。手足の指は全て五本、まるで人間みたいだ。毛並みは手入れされていないが、異様に綺麗で…………見ただけでそれがこの世のものではないと理解させられる存在感を放っていた。


「人食い狼が…………立派な……図体させやがって………………」


 右腕を振り上げる人狼。最後にその眼を見た。意外にも俺と同じ琥珀色の瞳をしていた。いや、狼にはよくある色だから、不思議な事は無いのだが……


 なんとなく、親近感が湧いてしまった。


 振り下ろされる右腕に目を瞑る。みっともなく、死の瞬間から目を逸らした。けれど、その瞬間がいつまでも来ない。どうした? と思い、目を開けば。そこには、俺の顔に突き刺さる寸前の五本の爪があった。だが、それはいつまでたっても俺の顔をぐちゃぐちゃにする気配もなく、中空で留まりプルプルと震えるばかりだった。


「ク…………ウリ……」

「……………………え?」


 今なんて言った? 俺の困惑を置き去りに大きく飛び退いた人狼は、体を小さく丸めたと思った次の瞬間には大きく胸を逸らし、天にも届こうかという遠吠えを放った。それは物理的な衝撃波となり、ドームを一瞬で破壊し、俺ごと吹き飛ばした。


 地面に転がった俺が、なんとか顔をあげた時には、既に人狼の姿は影も形もなくなっていた。

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