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魔術の名家に生まれたが、人権意識がカス過ぎる(旧題:実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話)  作者: 夏川ぼーしん
蔵空村人狼事件編

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蔵空村人狼事件 第五話




 二〇二五年十月八日水曜日。国立第七魔術秘匿学校の放課後は、そこそこに騒がしい。秘匿学校とは、その存在を公にされない、政府麾下(きか)の秘密組織であり、この場合、隠れ里などで生まれた子供のための教育機関だ。彼らの多くは、卒業後の進路が入学する前から決まっている。なんせ狭い隠れ里だ。彼らは親の言われるままに、親のすすめた仕事をする。多くは家業を継ぐという選択が当たり前になっているだろう。だからこそ、彼らにとっての学校生活は、人生において最後の自由なのだ。…………僕と違って。


 ピピー!!


「そこまで!」


 キャプテンのその声にグラウンドに居るサッカー部全員の張り詰めた空気が弛緩する。さっきまでキビキビ動いていた連中が、休憩となるやダラダラ歩き始めるのが、見ていて面白い。


「なぁ鷹峰?」

「…………ん?」


 友人の一人がどこかソワソワしたような声で話しかけてきた。その後ろには、同じようにニヤケた先輩や同級生の姿があり、彼等はしきりにどこかを指さしては楽しそうに会話を交わしていた。


「どうか……した?」

「いやさ、さっきからすんごい美人がこっち見てんだよ」


 本当だ。凄い美人が居る。グラウンドの傍の金網の向こう、見慣れない髪の長い女性の姿が見えた。滅多に余所者を見かけない村だし、それがあそこまでの美人だと、確かに皆が色めき立つのも分かる。


「多分、外から来たハンターだよ……」

「あぁ、そうか! 人狼事件の…………へぇ、あんな人が魔物と戦うんだなぁ」


 魔力と体格は関係が無い。魔術師の強さは見た目で分からない。そう聞いては居たし、実際クラスの女子でも下手な男子より強い奴は珍しくない。それは分かってるが、何となく血生臭いハンター稼業と彼女の姿が結びつかない彼等の気持ちは、僕にも分かった。


「俺さちょっと声かけてくる! どうする鷹峰、お前も来る?」

「んー良いよ……興味ないし」

「お前はなんだったら興味があるんだよ…………ま、いっか! 連絡先聞き出したらお前にも教えてやるよ」


 そう言って、彼は数人を率いて行ってしまった。その後ろ姿を眺めながら水筒に口を付ける。甘いスポーツドリンクに思わず頬が緩んだ。見上げると、既に空は黄金色に染まっていた。もうすっかり秋で、日没も早くなった。油断しているとすぐに真っ暗になる。近頃は物騒だし、気を付けないといけない。でも、結局僕は一人暮らしだし、死んだ同級生みたいに家の中で襲われることもあるんだから、どうしょうもないんだけど。


 何となく、今日は早く帰った方が良い気がした。


 いや、とそこで思考が立ち止まる。そう言えばそうだ。一人暮らしは不安だから狐塚(こづか)の家に泊まって良いって話を、今日の昼休みにしたばかりだった。あのガリガリノッポはどこに行ったとグラウンドに視線を走らせれば、彼は意外でもなく件の女性の前の人だかりに居た。


 仕方なく彼に声をかけようとした、丁度その時、人だかりの奥で女性と話していた彼が振り返り、僕と目が合った。


「おーい! 鷹峰君!」

「………………え?」


 僕? と自身を指さすと、狐塚はうんうんと頷いて手招きしてきた。気が付けば、フェンス際の人だかりの全てが胡乱な目で僕の方をジッと見つめてきていた。本当に意味が分からない。


「良いから来いってさ~!」


 そう急かされ、仕方なく立ち上がる。あの女の人が人払いしたのか、僕が近寄るにつれて人垣ははけていき、やがて彼女と僕だけがフェンス際に残った。


「………………どうも」


 その間に耐え切れず先に頭を下げてしまった。彼女の鋭い美貌が、僕には少し恐ろしく思えた。なんというか、怒っている訳でも無いようなのに、直感的に怒られているような気分になる。そんな雰囲気の女性だった。


「初めまして、鷹峰来翔君ね?」

「はい…………そうですけど、お姉さん誰なんですか?」


 風の神様というのはベタが好きなのだろう。


「私の名前は遠城霧花。今この村に来ているアナタのお兄さん、鷹峰空理の婚約者よ」


 急に吹き始めた風に、彼女の長い髪はたなびき、顔にかかる横髪を右手で抑えるその姿はやけに美しくて…………だけど僕には、彼女のその言葉にしか意識を向ける余裕はなかった。


「………………兄さんの」


 十年以上の間、一度も姿を見せなかった僕の恩人、鷹峰空理。あの日、家族の中でたった一人、僕の味方をしてくれた兄がこの村に来ている。彼女はそう言った。



◆◆◆



 単独行動は危険、そう考えていた筈の男が一人で歩いていた。今の彼は、ただひたすらに困惑し、途方に暮れていた。


「助けられた側の気持ちか」


 つい先ほど婚約者に投げつけられた言葉を反芻する。何度何度考えても、彼にはその意味が分からなかった。彼には、そんな言葉を突き付けられるほど、誰かを助けた経験も、助けられた経験もないのだ。彼女が思うほど、彼……鷹峰空理はヒーローではない。


 魔術師なのだから、当然魔物から市民を守るという経験は数えきれないほどある。しかし、それは警察が犯罪から市民を守るであったり、自衛隊が災害や侵攻から市民を守るというのと変わらない。それは職務であり、社会の構成員として求められた仕事をしているに過ぎない。個人と個人の、助けた助けられたという関係とはまた別の話なのだ。


 だからこそ、彼が意識して誰かを、個人の感情で助けた事なんてそう多くは無い。それこそ、霧花や来翔ぐらいのものだ。


「九頭竜島から助け出された時、治療を終えて、目を覚ました時の霧花さんは……いったい何を考えていたんだろう?」


 分からないと突き放されてしまうと、分かりたくなるのが人情というもの。しかし、空理がいくら頭を悩ませても、彼女の気持ちなど理解しようもなかった。”お礼を言いたい”なんて、そんな殊勝な事を彼女が考えているなぞ、思いつきもしないに違いない。


「じゃあ、来翔は……? どう思ってるんだろうな。俺のための生贄にされかけて、俺の判断で逃がされて、この村に連れてこられて、もう二度と外には出られない。俺なんて居なきゃアイツはもっと幸せになれた筈だ。アイツもそう考えるんじゃないのか?」


 違うのか? 力なく呟く空理は、気が付けば第八の事件現場に辿り着いていた。村の設立者の銅像と、その当時の事が記された碑石を踏み越え藪に分け入る。蔵空村創立記念公園の芝生の上、未だに赤黒い血の跡が残るその場所を彼はただボーっと眺めていた。


「…………ん?」


 オレンジの夕暮れの日差しに照らされて、何かが光る。


「獣の毛か? 捜査部もザルだなぁ、こんなあからさまな証拠物を残すなんて」


 その場所まで小走りで向かい、摘まみ上げたそれは、銀色に光る獣の毛だった。霊の証言と合致する。襲撃犯のもので間違いない。いや、もう襲撃犯などと呼ぶまい。現実離れした、周囲から浮かび上がるような異質な存在感。それは紛れもなく…………


「はぁ…………やっぱり、神獣の仕業じゃねえか」


 神に類する獣のものだった。



◆◆◆



 午後六時直前、俺と霧花さんは、示し合わせたという訳でもなく蔵空村公民館の前にて合流した。今日は調査の後に、ここで里管理委員会の夜間警備部と打ち合わせの予定だったのだ。あんな別れ方をしたが、今日の予定は忘れていなかったようで助かった。


「……来翔と話して、気は済んだ?」

「アナタって、そういうところだけは察しが良いのよね、無駄に」

「はいはい、どうせ俺は霧花さんの気持ちなんてこれっぽっちも分からん男ですよ」


 全く、急に怒り出して困ったもんだ。でもなぁ、俺が悪いんだろうなぁどうせ。


「なにそれ、私の行動当てといて」


 そう言って笑う霧花さんに、俺も自然と笑い返していた。まぁ、細かい事は良い。今はただ、この仕事を終わらせる事だけを考えれば良い。


「じゃあ行こう、できれば今夜からの被害はゼロに抑えたい」


 なんてカッコいい事を言うが、向かう先は少し古臭い佇まいの公民館である。薄暗い蛍光灯に照らされたホールに、十数人の魔術師が集まっている。彼らは里管理委員会の夜間警備部に所属する行政所属のハンターだ。協会所属のハンターは俺だけ、アウェーではあるが、彼等の俺を見る目はそう厳しいものでもない。というか、俺も幼い頃はこの村に遊びに来た事もあったぐらいで、何人かは知った顔だ。


 彼等の気持ちを類推するなら「あのチビスケが立派になって、俺も年取るはずだぜ」と言ったところだろう。


 やがて、打ち合わせ会議が始まる。議長である久宜伯父さんが、淡々とそれぞれの見回り範囲を振り分け、接敵した場合の連携などを確認していく。


「分かっているな、敵は月の光があたる場所にはどこにでも瞬間移動できる…………接敵したら何としても対象を屋内に押し込めろ」


 屋外では勝ち目はないと思え、そう注意喚起する彼に、夜間警備部の全員が「おう!」と声を揃えた。だが、それに同調するわけにはいかなかった。霊の言っていた瞬間移動という言葉が、プロの魔術師にすらそうと認識されるほどのものだったとは知らなかったが、それでも彼等の認識は甘い。甘すぎた。


 ホールが騒めきに包まれる。これまで流れを静観していた客人ハンターがその手を挙げたからだ。


「……鷹峰空理、質問があるようだな?」


 伯父さんに名指しされて席を立つ。それに合わせて周囲の目線がツイと上がるのが分かった。


「屋内に閉じ込めれば勝てる……そんな事本気で思ってないですよね?」


 俺は懐からプラスチックの袋に入れた件の獣毛を取り出した。


「それは…………まさか!?」

「人狼の毛じゃねえか、誰だ回収し損ねた奴は!」

「うるさい! そもそも霊媒師相手に隠し通そうなんて端から無茶だったんだ」


 その瞬間噴出した一部の参加者の愚痴に、眉間の皴が寄る。アイツ等、証拠突き付けられたぐらいでベラベラ喋り出したぞ、本当に大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな。俺の目の前で俺以上に久宜伯父さんが眉間に皴を寄せている。


「なんだそれは、知らんな」

「伯父さん、部外者ならともかく、協力者にその嘘はないだろ」

「そうだな私が悪かった……それで? 何が言いたい?」


 結局、コイツ等の狙いは俺と、俺の霊翔環だ。神獣に対抗するなら、神獣の力を用いるのが手っ取り早い。事情も説明せず俺をぶつけて、何とかしてもらおうという腹なのは分かってる。


「ハッキリ言います。コイツを倒すのは無理! 人間が嵐を相手に戦おうとするのと変わらない、そもそも神と人とはそこに立つ土台から違うんだ。この村に生きてて、分からなないアンタ達じゃないでしょう」


 だが、俺は霊翔環を使わない。というか、使わせて貰えるか分からない。そして、使えたとしてそれでも勝てるかどうか分からない。だから…………


「だから提案です。この村の共同神殿……蔵空神社の破壊と停止を許可してください」

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