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実家を継ぎたくない魔術師がなんだかんだで飛ぶ話  作者: 夏川ぼーしん


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鏑矢高校魔術部同窓会 第一話




 鏑矢高校魔術部同窓会、そんな差出人名義の手紙が届いた。勿論郵便配達ではなく”使い魔による伝令で”である。手紙曰く、そろそろ十年前に未来へ向けて射出したタイムカプセルが()()する頃合いだそうで、同窓会で集まるついでにタイムカプセルを回収しに行こうという事になったらしい。具体的な日程は要調整という事で、俺は「面倒くさいから伝助にしてくれ」と作成した伝助のURL付きで伝令を返した。URL手書きするの本当に面倒なんだよな、いい加減この古臭い伝令の送り合い文化どうにかしてくれ。これだから魔術師は。


 あぁ、挨拶が遅れたな。俺の名前は鷹峰空理(たかみねくうり)、魔物退治のエキスパートにして、現代を生きる魔術師。この度は、高校の部活の同窓会に参加する事と相成った。勿論、言うまでもなく参加者は全員魔術師である。



◆◆◆



 どこまでも広がる太平洋、高い波に揺られても気にならないのが大型船の良いところだ。ただ、この強烈な日差しだけはいただけない、なんせ嫌になるほど暑いのだ。ただ暑いだけなら耐えられた。海風に吹かれれば、多少の暑さは愛用の帽子と小まめな水分補給で何とかできる。しかし、この場所には暑さの他にもう一つ、俺の気力をゴリゴリと削ってくるような手合いが存在した。


「ホント……なんで霧花(きりか)さんが居るんですかねぇ」

「あら不満かしら?」

「だってアンタ部外者でしょ」


 デッキの上にはプールがあり、俺とその人が立っているのは、その脇の船べりである。この同窓会のためだけに貸しきられたフェリーは、今も約二十ノットのスピードで目的地である九頭竜島(くずりゅうとう)に向かっている。海から吹き込む風が、汗ばむ体を撫で、遠城霧花(えんじょうきりか)、俺の許嫁のサラサラとした髪をたなびかせた。忌々しいことに、部外者ながら彼女もこの同窓会に参加する事になっていた。部外者にもかかわらず、平然とした顔で堂々と参加しているあたり、流石は霧花様といったところか


「仕方ないじゃない」


 そう言って恨みがましげにこっちを睨んでくる彼女。だったら来なきゃ良いのに、なんて言った日には、この甲板から放り出されそうだ。彼女としても、来たくて来たわけではないだろう。ただ、彼女の立場上、来ざるを得なかったというだけの事だ。それもこれも、ある意味では俺が悪い。


「誰かさんが霊翔環(れいしょうかん)をタイムカプセルに入れてしまったのだもの」


 鷹峰家最大の家宝にして、後継者の証たる霊翔環。十年前、人を人とも思わないあの家を継ぐのがあまりにも嫌だった俺が、苦し紛れにタイムカプセルに潜ませた、銀色の指輪である。


「あれが無ければ私とあなたの婚約話も無かった事になってしまうわ」

「ハハハ、そのまま無かった事になればいいのに」

「何か言ったかしら?」

「……はい、すいません」


 ハッキリ言って、俺はこの人が苦手だ。理由は見れば分かるだろう。年下の筈なのに、頭が上がらないんだなぁコレが。美人なのがいけないのだろうか? やけに威圧感があって逆らえない。傍に居るだけで胃がキリキリする。そんな俺に救い主となる影が現れた。小柄で小太り、しかし鋭く細いその目付きは、どこか理知的な光を湛えている。


「よぉ、探したぜ鷹峰」

「笹塚……太ったなぁお前」

「そうかぁ? 結構痩せたと思うんだけどな」


 男の名前は笹塚朗(ささづかあきら)、俺の学生時代の友人の一人である。大学卒業以来だから五年ぶりだろうか?


「私はお二人とも感動するぐらい変わってないと思います」


 俺と笹塚の肩が跳ねる。気が付けば、語り合う俺達のすぐ傍に懐かしい影がもう一つ。


「本当にあの頃のまんまで」


 そう言って柔らかく微笑むのは影島美憂(かげしまみゆう)だ。中学からの付き合いで、俺からすれば親友の妹、相手からすれば兄の親友という間柄である。


幸馬(こうま)の葬儀以来か、久しぶりだな美憂ちゃん」

「はい、お久しぶりです。この度は兄の代理としての参加を認めていただき……」

「いや、そういうのは幹事の先輩に言ってくれ」

「それはそうですね……ごめんなさい」


 そう言って、また柔らかい笑みを浮かべる彼女。彼女が言うには笹塚のこの小太り体型は学生時代から変わらないそうだが……そうだったか? と首を捻る。


「…………そろそろ紹介してくださる? 空理さん」


 二人の登場で緩んだ空気が一瞬で張り詰めた。流石は我が許嫁の霧花さんである。


「ごめんごめん……二人とも遅くなったけど紹介するよ、彼女は遠城霧花さん。その……」

「聞いてるぞ鷹峰ぇ、お前美人の婚約者つれて同窓会に来るなんざ良いご身分だな」

「…………そうか、言われてみればそうかもしれないな。ちょっと自慢してこようかな」

「やめとけやめとけ、この同窓会結婚してない奴の方が多いみたいだから、いらん不況買うぞ?」

 

 咳払いを一つ。話が逸れたが、改めて彼女を二人に紹介する。


「もう噂になっているようだが、彼女は遠城霧花さん。俺のフィアンセになるかもしれない人だ」


 やめろ、冷たい目で睨むのはやめてくれ。仕方ないだろ? まだ婚約話がどうなるか分からないんだから。分かってるよ、俺が悪いのは分かってるから。


「ハァ……遠城霧花よ。よろしく」

「霧花さん紹介するよ。こっちの小柄なデブは笹塚朗、物凄い女好きで常に何人も彼女が居るクズだ」

「いつの話してんだよバーカ」

「で、こっちの可愛らしいお嬢さんが影島美憂、俺の親友の妹で……確か今は医者の卵やってんだよな?」

「はい、もう本当に忙しくて最近は肌も荒れちゃって……大丈夫ですか? ちゃんと可愛いです?」


 うん、文句なしに可愛い。なんて霧花さんの隣で言えるわけもなく、デレデレする笹塚を苦笑いで眺めるしかなかった。


「積もる話もあるけどさぁ、ここじゃなんだし、一旦中入らないか?」


 確かに、立ち話が長くなるのは良くない。そろそろ俺と霧花さんは、クーラーの吐き出す冷たい空気と冷えた飲み物が恋しくなってくる頃合いだしな。そんな事を話し合っていると、丁度良く呼び出しがかかる。元々、この時間は全員でレストランに集まって昼食をという話だったので、面倒見の良いメガネ先輩が、部屋に居ない俺達を探し回ってくれていたらしかった。



◆◆◆



 そういう訳で場所を移動して、フェリーのレストランにて。


「諸君、良く集まってくれた。あれから十年、この場所に半数以上の部員が集まってくれている事実に、私は何よりも神に感謝したい」


 集まった七人の男女、その中心で腕を組み、堂々とスピーチする金髪の女が居た。見てるこっちが心配になるような軽装だ。いくら暑いからって肌出し過ぎじゃないかという、脚も腹も谷間も肩も、出せるもの全部出したような格好をしていた。据わった目付き、勝ち気な表情、その一挙手一投足からオラついた雰囲気を感じる。


「部長は相変わらずだな、アラサーになってもあの不良じみたスタイルは落ち着きを見せないか」

「おいおい鷹峰ぇ、お前なんも分かってねぇな。あの歳で社会舐めてそうなヤンキースタイルなのが逆にエロいんだろうが」


 相変わらず明け透けな奴だ。それに言ってる事も微妙に分からない。


「お前は女をエロいかエロくないか以外で見れないのか?」

「全ての要素にはエロという評価軸が付随するんだよ鷹峰」


「笹塚! 鷹峰! 私語は慎め!」

「「はい! すみません!!」」


 こうやってしかられるのも何だか懐かしい。そういえば、私語で部長に怒られるのはだいたい俺とアイツだったな。ふと気になって美憂ちゃんの方を見る。彼女は平謝りする俺と笹塚を見ては笑っていて、その顔がなんとなく彼女の兄と重なった。三年前、魔物との交戦中に事故で亡くなった俺の親友と、彼女の笑う顔は本当によく似ている。


 部長は半数以上がここに集まったと言っていた。それを喜ばしい事だと。だが、ここに来ていない部員は少なくない。そしてその多くが、魔術師としての使命のために殉じた事を俺は知っている。


 部長、沖田先輩、俺に笹塚、後輩が二人。この六人が、あの時代の鏑矢高校魔術部の生き残りのほぼ全てと言って良い。俺がこの同窓会に参加した理由は単純だ。会えるうちに会っておきたい。昔の思い出を語り合って、今を生きる仲間達と励まし合う。我ながら、あまり格好の良い理由じゃないが……そういう事だった。


 あぁそれと、もう一つ目的があったな。俺はそっと隣に座る婚約者を盗み見る。彼女にバレないよう、タイムカプセルの中に入っている霊翔環を闇に葬る。俺がこの旅でこなさなければならない、最難関のミッションだ。


 その瞬間だった。部長が一通りのスピーチを終え、部員全員で食事の挨拶をするその瞬間。俺が一瞬だけ自分の目的を思い出し、後ろ暗さから霧花さんを薄目で盗み見ているその瞬間。脇腹に激痛が走り、思わずくぐもった悲鳴を上げる。元気すぎる後輩の「いただきます!!」の声や、食事を始めた周囲のガヤに遮られて気づかれる事は無かったが。間違いなく、誰かが俺の脇腹を強くつねったのだ。


「あなたダメね、全部顔に出てるわ」

「な、なんの事だか」


 冷たく笑う遠城霧花…………訂正、バレないようにっていうのは無理だったようだ。俺は海軍カレーを参考にしたという絶品カレーを口に運びながら冷や汗を流した。あと、カレーは普通に美味しかった。



◆◆◆



 同窓会合宿の目的地は、大阪からフェリーでおよそ十四時間ほどの距離にある絶海の孤島。自然豊かな無人の大地”九頭竜島”だ。その島は丸々、部長の実家である稲崎(いねさき)一族が所有しており。文字通りのプライベートアイランド。そこには普段は使わない別荘があり、俺達はそこで世話になる予定だそうだ。


「にしても不思議っすよね~」


 そう言ってラッシーを啜っているのは久瀬陽太(くぜようた)だった。


「こんな何もない無人島を丸々買うなんて事しておいて、普段使わないってどういう事なんすかね?」


 いつの間にか俺の席の真正面に座り、福神漬けを盗み食いしているこの馴れ馴れしい男は、何人か居た中でも唯一俺に懐いてくれた後輩で、気になった事は何でも俺に聞いてくる困った奴でもある。魔術とは関係のない一般家庭出身である事もあって、魔術業界の常識を知らないので、学生の頃は仕方ないなと受け入れていたのだが……


「お前も変わらないな、その無知っぷりまで変わらないのはどうかと思うが」

「はっははーすいやせん」


 この男もそろそろ二十六歳になる頃合い、いつまでも素人のような質問をしているようじゃ……まぁ良いか。俺もいつまでもコイツの先輩気分で説教する訳にもいくまい。


「魔術師と一般人の価値基準は全くの別物だからな。交通の便が良い、環境が良い、公共サービスが整っている。地価が安い、仕事場が近い、資源がある。そういった一般人が感じるその土地への価値の他に、俺達にはその土地の魔術的価値というものを享受する事ができる」

「いわゆる霊地ってやつですか」

「そうだな。今回の場合は、二択だ」

「…………何がっすか?」


 首を傾げる久瀬に俺は二本の指を立てて見せる。


「一つ、天球との関係で理想的な座標に位置する土地である可能性」

「あっ、それ習いましたよ! 大規模な儀式場は、星の並びを魔法陣に取り込む事があって、そういうタイプは儀式に使える時間と立地が凄く制限されるって」

「だから『魔術師人里離れた辺鄙な土地買いがち問題』というのがこの業界には存在する。この九頭竜島もその一例だと考えると自然だろう?」

「確かにそうっすねぇ…………あ、でももう一つ候補があるんすよね? あの島を買った理由の候補」

「あぁそれか……それはあの島が()()()島だからだよ」


 俺はそう言って、久瀬の背後、窓から見えてきた小さな島影に目をやった。九頭の竜、あの島がその名の通りの土地なら、流石は日本最大のグループ企業”シンオウグループ”の創業家一族と言うしかないだろう。彼等のような近現代になってから勢力を増した、所謂(いわゆる)成り上がり者が持ちうる範囲では、最大級の霊場と言えるだろう。


「…………何してるんだ?」


 気が付けば、久瀬は懐からアナログなメモ帳を取り出して、ボールペンで何かを書き込み始めていた。昔から魔術を含め、オカルティックな話には目のない男だったが、何となく昔のコイツとは雰囲気が違うように感じた。


「やだなぁ、見て分かるでしょ? メモしてるんすよ」

「お前は俺が見て分かるような事を()く馬鹿に見えてるのか?」

「アハハ、怒んないでくださいよ。いや、俺これでも売れっ子のルポライターなんで、面白そうなネタがあったらメモするようにしてるんす」


 そう言ってはにかむ元後輩は、当たり前だが、学生とは違った表情を見せていた。それが、意外なほど嬉しかった。俺はそれから、島につくまでの少しの時間を、昔馴染みの近況を聞いて過ごした。


「私の近況だぁ?」


 ババ抜き中の部長は、あっけらかんと「会社を幾つか任されてんのよ」と言い放つ。鷹峰家出身の俺が言うのもなんだが、金持ちのスケール感というのは凄まじいものがあるな。


「僕は部長……じゃなくて、社長のボディーガードとして雇ってもらってるよ。前に勤めていたハンター事務所が倒産して、路頭に迷っているところを拾ってもらったんだ」

「コイツは細かいところに気が付くし、私より強いから頼りになるんだ」

「ははは、こう言ってるけど実際は便利な使い走り扱いされてるよ」


 そう言って頬を掻くのは、メガネ先輩こと沖田宗也(おきたそうや)。彼は十年たっても部長の魔の手からは逃れられない運命らしい。何となくこき使われている様が目に浮かんでくる。


 そのメガネ先輩の手からカードを抜き取って、最後の一枚と一緒に場に捨てたのが武曾冴子(むそうさえこ)もう一人の、特段俺に懐いているわけでもない方の後輩だ。


「私は変わらず魔導警察ですよ先輩」

「そうか、辞めずに続けててくれてるのか」

「えぇ……まぁ……」


 うん、気まずい。色々あって、俺と彼女の関係は少し微妙な感じだ。彼女の仕事は魔導警察、主に魔導犯罪や魔物駆除を担当する魔導対策課所属の警察官だ。その仕事の関係上、ハンターである俺や死んだ幸馬とも仕事上の付き合いがあったが……


 三年前、幸馬が死んでから、彼女は現場に顔を出さなくなった。てっきりやめてしまったものと思っていたが……


「三年前に魔導警察の編成が変わって、魔導犯罪の専門チームが組織されたんで、私はそっちの所属に」

「なるほど、まぁ元気でやってるみたいで良かったよ」

「そっちはどうなんですか?」

「どう……?」


 どうってなんだ? 突然の切り返しに頭が真っ白になる。


「まぁ、ぼちぼち」


 適当に返して、それから二言三言喋ってから、俺は穏便にその場を離れた。その直後ぐらいに「沖田、私の部屋にモバイルバッテリーあるから持ってきて」とメガネ先輩がパシられている声がする。皆色々あるけど、上手くやってるようで良かった。あぁ、そうか……


 どうなのかって、俺の近況を聞いていたのか。


 今更言いに戻るのもなんだし、あんまり面白い話にはならないだろう。むしろこれは気が付かなくて良かった事かもしれない。そんな事を思いながら、霧花さん、美憂ちゃん、それから笹塚の待つテーブルに向かった。


「久瀬は?」

「あの陽気な男なら、海の写真を撮ると言って甲板に出たわよ」

「アイツ昔っから写真好きだよなぁ」



 そんな話をしながら、席に着く。島に着くまではまだ少しかかりそうだ。さて、それまでの時間をどう潰そうか?? その参考にしようと、俺は席に着く面々がどう過ごしているのかを見てみる。笹塚はノートパソコンを開いて、何やら図面を書いているようだ。我が許嫁殿は退屈そうに呪符を書いていらっしゃる。あっちのテーブルのようにババ抜きをしようなどと言い出せる雰囲気ではないな。


「………………?」


 そういえば、さっきから美憂ちゃんが静かだ。見れば、彼女はどこか遠くを見るような顔でボーっとしている。何かトラブルだろうか?


「あぁ、影島妹なら職場に置いてきた()()が忙しいみたいなんだよなぁ」

「そうか、忙しいのに無理して来てくれてるんだったな」


 本当は俺か笹塚が幸馬(アイツ)の分のタイムカプセルの中身を預かって、後日彼女に渡す予定だったんだが。彼女がどうしても直接取りに来たいというので、こういう形になった。凄腕の人形使いである彼女ならではの荒業だが、たまにこういう事になるらしい。いくら天才でも脳のキャパシティには限界がある。それに魔術師としては一流でも、医者としてはまだまだ未熟なのだから無理はない。


 そんな時だ。レストランの入り口からドタドタと走る音が聞こえてきて、その直後に久瀬が入ってくる。


「どうした久瀬! 船内で走るな!!」

「すみませーん! でも大変なんすよ、皆ちょっとついてきてください。凄いもん見れますよ!!」


 部長のしか責に謝りながら、興奮した様子で早く来いと手招きする後輩。ボーっとしている美憂ちゃんを含めて、その場に居た全員でその後を追い、甲板に出ると。そこには…………


「すげぇなおい、なんだこりゃ?」


 初めに呻くように呟いたのは笹塚だった。俺達の目の前には、やけに賑やかな海の様子があった。飛び回るトビウオの大群、イルカの群れ、果てにはクジラまで顔を出す。物凄い数の海生生物が、一斉に北を目指して大移動を始めていた。海の下も、物凄い数の魚影が確認できる。


「モンスターミグレーションね」

「なるほど、彼等は何かから逃げてるんだね?」


 冷静に状況を説明したのは霧花さん、メガネ先輩の確認に彼女が頷くと、部長が急に表情を変えた。


「お前等伏せろ!!」


 すぐに部員全員が動き出す。部長の声音は、緊急事態特有の緊迫したもので、部員ならその声を聞くだけで自然と体が動いてしまうようなものだった。そこらへん、卒のない霧花さんは心配ないが、美憂ちゃんだけが目まぐるしい展開についてこれていなかった。俺は咄嗟に彼女を庇って、地面に伏せた。間一髪だ。俺と美憂ちゃんが伏せたその直後、大きな波がフェリーの甲板まで達して、俺達を呑み込んだ。伏せていたおかげで、誰も流されず事なきを得たが、事態はそれだけでは終わらなかった。


 独特の、笛の低い音と高い音が交じり合った、世界そのものを揺らすかのような魔物の声が響き渡った。カシャリカシャリと、久瀬がシャッターを切る音が聞こえた。


 全長が百二十mにも達そうかという、巨大な海龍。白銀の鱗、蜥蜴のような頭部、長大な胴体。それは恐怖ではなく、ただ感動でもって俺を絶句させた。美しく、幻想的な光景。その龍は、ただ悠然と海面から飛び出すと、アーチを描いてまた海面に潜っていった。生き物たちは、あれから逃げるためにああも狂乱していたのだ。


「あれが一般的な航路に姿を現したなら、決死の覚悟で自衛隊所属の魔術師部隊が押し寄せただろうな」


 そんな俺の呟きに、全員が静かに頷いていた。ただ、眉間に皺を寄せて何かを考えこんでいる部長を除いて。


 これが、俺達鏑矢高校魔術部同窓会の九頭竜島タイムカプセル回収ツアーの最初の一幕である。この時の俺達はまだ知らなかった。俺達の見たこの龍が、この後に待ち受ける苦難の、最初の前兆だった事を。

金曜、土曜、日曜の夜に週三話ペースで投稿していく予定です。よろしくお願いします。

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