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第4話 ★邂逅の街、白銀の瞳★(視線)



契約書へのサインが終わり、ふたりの手続きはようやく完了した。

審問庁の応接室に、ふたたび重い静寂が落ちる。


ユミナは立ち上がり、記録端末を机に置いた。

カツン、と硬質な音が静けさの中に吸い込まれる。


「それじゃ、アイリスさん」


ユミナは静かに向き直った。

真っ直ぐな視線――迷いを許さない、官僚らしい冷静さ。


「単刀直入に聞くわ。

 奴隷の身分を返上する気はある?

 それとも、この国メリトクラシアで――使用人として生きていく覚悟はあるかしら?」


アイリスの肩が、かすかに揺れた。

指先が膝の上でそっと絡み、喉が小さく上下する。

声にする勇気を探すように、胸の前でそっと呼吸を整えていた。


でも……

アイリスはなんて答えるんだ?

あの様子じゃ、まともに声を出せるようには見えない。


視界の端で、彼女の肩がまた小さく震えた。

――勇気を出して、言葉にしようと肩が震える。

そのとき。


「アイリスなら、きっと大丈夫です」


……気づいたら、口が動いていた。

いや、オレが答えてどうするんだよ。

けど――あのときの“助けを求めるような目”が頭に浮かんで、

黙っていられなかった。


アイリスは驚いたように目を瞬かせ、

そのあと、震えを押しとどめるように背すじを伸ばす。


「……わたし、ここで生きていきたいです」


最初は震えていた声が、言うごとに静かに強さを帯びていく。


「もう、誰かの代わりじゃなくて……

 自分の意思で、ここにいたい」


言い切った瞬間、彼女の瞳に微かな光が宿った。

胸の奥で、見えない鎖がほどけるような表情だった。


ユミナは小さく頷き、記録端末に指を走らせながら言った。


「……そう。なら、精進なさい」


声音は変わらず冷静。

それでも、その目の奥にはほんの僅かな光が差していた。


(役人ってもっと冷たいもんだと思ってたけど……

 ちゃんと“人”を見てくれる目なんだな)


応接室の空気が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。



「今から特例保護制度と使用人制度について詳しく説明するわね」


ユミナは記録端末を指先で操作し、淡い光が机の上に広がった。

浮かび上がったホログラムには 《特例保護制度》 の文字と簡潔な項目が並んでいる。


「まず、“特例保護制度”について。

 本来、爵位のない者が奴隷を保護・管理することは、この国では禁じられている。

 ただし――“例外的な才能”や“行動による功績”を持つ者に限り、

 国家試験庁が監察付きの特例として保護を認める場合があるの」


ジェイドは小さく眉を寄せる。


「……つまり、オレが“監察対象”ってことですか?」


「そう。制度上では“観察対象者”。

 あなたはまだ爵位を持たないけれど、国家から将来性を見込まれた存在。

 それが“特例”の意味よ」


ジェイド(モノローグ):

(分かってた。“保護”って言葉は便利だが、実態は監視の鎖だ。

 でも――この鎖がなきゃ、アイリスを《所有物》から引き剥がすことすらできなかった。

 いまさら怯むわけにはいかない)


ユミナの声は静かで揺れない。

けれどその奥に――

ほんのわずか、優しさみたいなものがあった。


「次に、“使用人制度”について」


ユミナが指先を滑らせると、画面が切り替わる。


「この国で、使用人と主人の関係は“契約と教育”によって成り立っている。

 出身や種族に関係なく、一定の教養と技能を身につけた者は上級使用人として身分を保証される。

 つまり――」


ユミナは一度言葉を切り、アイリスを見る。


「あなたが努力を重ねれば、誰かの所有物ではなく、

 一人の人間として登録されるということ」


アイリスの瞳が揺れた。

息が一度詰まり、胸の前でそっと手が握られる。

その小さな震えが、この瞬間の重さを物語っていた。


「……本当に……そんな未来、わたしにも……?」


ユミナは静かに頷く。


「ええ。

 制度は厳しいわ。でも、努力を拒むことはない。

 貴族であれ平民であれ、“結果を出した者”が上へ行く――

 それがこの国の形」


ジェイドは小さく息を吐き、皮肉混じりに呟いた。


「……まるで、“努力すれば報われる国です”って言ってるみたいですね」


ジェイド(モノローグ):

(そんなはずない。

 報われなかった努力なんて、腐るほど見てきた)


「違うわ」


ユミナの声が静かに切り返す。


「努力しても報われないことはある。

 それでも努力する者を、私は見捨てない。

 ……そういう意味よ」


重たい沈黙が落ちた。

灰色の部屋の中で、三人の呼吸だけが重なっていく。


「……それが、この国の“実力主義”という名の現実」


ユミナは端末を閉じ、短く息を整えた。


「でも、現実の中に希望を見つけるのもまた、人間の仕事よ」


アイリスはその言葉を胸の奥で静かに反芻し、

そっとまぶたを伏せた。

肩の力が、ほんのわずかだけ抜ける。


“現実の中に、希望を見つける”――


それは、この国で彼女が初めて受け取った、

**“生きるための言葉”**だった。



「さて、使用人制度について、もう少し詳細に説明するわね」


ユミナは端末を再び操作し、投影された文面を指先でスクロールさせた。

淡い光に照らされ、彼女の落ち着いた声が静かな室内に響く。


「まず大前提として、初期の身分は“ディスケンス”――見習いからのスタートになる。

 士官学校に併設された使用人養成学校でカリキュラムを受け、

 所定の成績を修めることで、地位の向上が約束されるわ」


アイリスは素直に頷き、両手を膝に揃える。

その横で、ユミナがすっとジェイドへ視線を向けた。


「同時に、ジェイド。特例とはいえ、あなたには所有者としての監督責任が問われる。

 要するに――アイリスさんが粗相をすれば、あなたに責任が追及されるの。

 つまり、彼女を“指導・教育する義務”があるということ」


「……えっ、責任、ですか?」


ジェイドが目を丸くする。


ジェイド(モノローグ):

(粗相一つで、オレまで巻き込まれる……

 つまり、本気で見てやらないといけないってことか)


「そう。アイリスさん、主人の顔に泥を塗りたくなければ、せいぜい努力しなさい」


アイリスは背すじを伸ばし、ぎゅっと口元を結んだ。

緊張で指先が小さく震えている。


だがユミナは、次の瞬間ふっと口元を緩めた。


「逆に言えば、使用人のランクが上がるほど主人の評価も上がる。

 上級使用人になれば、貴族と対等の地位を得ることだってできるのよ。

 そして――」


彼女はわずかに声を低くし、二人を見据える。


「ここが最大のポイントよ」


ジェイドとアイリスが同時に顔を上げた。


「制度上、

 **“奴隷という立場をあえて返上せずに、使用人階級に留まる”**ことも可能なの」


「……? どういうことですか?」

ジェイドが首をかしげる。

「返上できるなら、そのほうがいいと思うんですけど……」


「普通はそう思うわよね」


ユミナは淡い笑みを浮かべつつ、二つの項目を示した。


「奴隷のままで居続けるメリットとしては――

 ① 納める税金が安い。

 ② 主人は原則、奴隷を破棄できない。

 以上の二点が挙げられるわ」


そしてユミナは小さく小首をかしげ、悪戯っぽく目を細めた。


「すっごくわかりやすく言うと――」


ほんの一拍置き、ユミナはさらっと、とんでもないことを言った。


「“ジェイドくんと事実婚――つまりお嫁さん”になることも可能ってこと。

 頑張ってね、アイリスさん」


「……っ!?」


アイリスの顔が一気に真っ赤に染まった。

肩が跳ね、そのまま固まる。

視線が揺れ、喉がひとつ震える。


「は、はいっ……!」


声まで裏返っていた。


「ユミナさん!? な、なに言ってるんですかっ!?」


ジェイドまで慌てて立ち上がりかける。


室内の空気が一瞬で弾け、ユミナはくすりと笑った。


「冗談よ。手続き上は、きちんと段階を踏まなければ何も進まないわ。

 ……ただね」


彼女はいたずらを隠すように、そっと口元へ指を添える。


「制度のなかにも、見落とされがちな“逃げ道”くらいはあるの。

 それを忘れないことね」


淡い光の中、ユミナの瞳だけが静かに微笑んでいた。



「さて、これで大事なところは伝えたわ。

 ご両親には私の方から説明しておく。

 ……だからジェイド、今は――

 二人で、合格発表を見てきなさい」


ユミナさんが静かにそう言った瞬間、

空気がすっと軽くなった。


オレとアイリスは並んで審問庁を出た。


ジェイド(モノローグ):

(気を遣ってくれたんだ。

 今だけは――胸が軽くなる気がする)


外の空気はあたたかくて、ひらけていた。

塔の中に長くいたせいか、街の声がぜんぶ眩しい。


果物屋の呼び込み、

焼きたてのパンの匂い、

人の笑い声、走る足音――。


――これが、街の音なんだ。


「……なんか、すごい賑やかだな」


アイリスは目を丸くしていた。

周りを見回しながら、そっと息を吸う。


「……はい。

 あの……これが……“自由”、なんでしょうか……」


震える声なのに、不思議と明るい。


オレは少し考えてから笑った。


「自由かどうかは、まだよくわかんないけど――

 こうやって一緒に歩けるなら、それでいいと思う。

 アイリス、街を歩くの初めて?」


彼女はこくりと小さく頷いた。


「……こんなに人がいる場所、初めてです。

 ちょっと怖いですけど……でも、嬉しいです」


胸の奥が温かくなった。


制度とか階級とか難しい話をしていたはずなのに、

今はただ――この瞬間だけが

“生きてる”って感じがした。


通りの先に、人だかりができていた。

光る魔導板――合格発表だ。


ジェイド(モノローグ):

(絶対に受かってないといけない。

 オレの将来だけじゃない。

 アイリスの未来も、この結果にかかってる)


「……行こう」


オレの一言に、アイリスは緊張した顔で頷いた。


人の波を抜け、魔導板の前に立つ。

光の文字が次々に現れては消えていく。


息を詰め――目を凝らす。


――《ジェイド・レオンハルト》


あった。


ほんの一瞬、息が止まった。


その下には

《アイリス(特例編入課程)》

の文字もある。


「……おめでとうございます……っ」


振り返ると、

アイリスの瞳が光を映して揺れていた。

涙ではなく、ただ真っ直ぐな嬉しさだった。


オレは照れくさくなって笑った。


「ありがとう。……一緒に来てくれて、ほんとに嬉しいよ」


ふと背後を見ると、

審問庁の塔の影が長く伸びていた。


だけど前を向けば――


街のひかりが、迷わずオレたちを照らしてくれた。



人だかりを抜けると、風が少し冷たくなっていた。

夕陽が街を濃いオレンジ色に染め、審問庁の塔の影が長く伸びている。


オレとアイリスは並んで歩いていた。

人の声が遠のいて、パン屋の鐘と鳥の声だけが残る。

静かで、優しい時間だった。


少しして、オレは立ち止まった。


「……オレはもう、見てるだけじゃ嫌なんだ」


気づけば、自然に言葉になっていた。

合格したから、というわけじゃない。

今日、ユミナさんの話を聞いて。

アイリスが決意した顔を見て。

――胸の奥が、勝手に動いた。


「アイリスはこれからどうしたい?

 今はオレが“主人”ってことになってるけど……

 ずっと、そのままでいいのか?

 もっと自由になりたいとは思わないのか?」


ジェイド(モノローグ):

(彼女には、ちゃんと“人として”立ってほしい。

 でもそれは……オレの手から離れることかもしれない)


アイリスは驚いたように目を見開いた。

そして、迷うように近づいてきて――

オレの袖をぎゅっと掴んだ。


「……一緒に……居たいです……」


小さな声なのに、

握る手には切実な力がこもっていた。


「ひとりは……嫌です。

 ジェイド様の……その……

 そばに、いたいです。

 ……いちゃ、だめでしょうか……?」


言葉が震えて、途中で何度も途切れる。

それでも必死に言おうとしているのが伝わってきた。


オレは、言葉を失った。


夕陽が彼女の頬を染め、

風が白銀の髪を揺らす。

その表情が――

もう、答えだった。


「……わかった」


オレは強く頷いた。


「行こう。

 学院の寮へ――帰ろう、アイリス」


それだけ言って歩き出す。

背後で塔の影が長く伸びていた。

でも前を向けば、


新しい共同生活を照らす、“街のひかり”が、ちゃんとあった。











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