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第1話 ★運命を量る試験★(花数)



オレの名前はジェイド・レオンハルト。十歳だ。


今朝の光はやたら眩しいのに、胸の奥は鉛を流し込まれたみたいに、やたら重かった。


なんでかって?


今日は《グローリアテスト》の日だから。


合否ひとつで、階級も未来も、周囲からの呼び方すら変わってしまう。


《グローリアテスト》。

十歳を越えた子どもは全員受けなきゃならない国家試験だ。

基礎学力、魔力量の測定、倫理の試問――ぜんぶまとめて“ふるい”にかけられる。

結果次第で階級が変わるし、上に行けなきゃ一生下のまま。

だから今日一日で、未来も呼吸の深さも決まっちまう。


ここは実力主義国家メリトクラシア。

生まれとか家柄とか、そんなのは「言い訳」でしかない。

力がすべてなんだ。


そんなオレは“平民階級”。

まだ聞こえはマシだけど、正式にはウンフェーイグ――意味は“役立たず”。


小さい頃からこの言葉で笑われてきたけど、笑ってたのは周りだけで、

オレ自身は一度も笑えなかった。


顔を上げる。

王都のどこからでも見える高い塔――行政塔。


朝日を背にして空に突き立っていて、光は塔の縁でちぎれて、長い影が街に落ちていた。


「……目を上げろ、迷子になるな」


オレは自分にそう言い聞かせながら、緊張で指先が冷えたとき、

この合言葉を胸ん中で繰り返す。

そうするだけで、ほんの少しだけ前に進める気がした。


試験会場は塔の近くにある古い学舎。

石段を上り、踊り場で一度だけ深呼吸する。


石に手を当てると、夜の冷たさがまだ残っていて、

掌から体温を吸っていく。

その冷たさが、少しだけ気持ちを落ち着けた。


石段をのぼっていると、背後から軽い足音がした。

振り返ると、同じ年ごろの少女が階段を上がってくる。


ぼさぼさの髪に、擦り切れた袖。

胸元にぶら下がっているのは灰色の紋章。


――パリア。準奴隷階級。


「第3408号」「未所属パリア」。


落第した者とか、罪を背負った家族とか、

保護から外れた子が行きつく“箱”。

そこに落ちたら、名簿から名前が消えて、番号で呼ばれる。


「……フラン」


口から勝手に声が出た。

クラスで机を並べてた子だ。


消しゴムをよく落とす癖があって、拾って渡すと

「ありが……」の先で、いつも声が消えた。


なのに今は、オレを見ようともしない。

視線はオレを素通りして、ただ灰色の扉の方へ。


もう“明日”を持たない歩き方だった。


胸ん中がざらついた。


(番号で呼ばれるって、こういうことか)


人間が人間じゃなくなる瞬間って、

もっと派手に壊れるもんだと思ってた。


けれど実際は、ただ静かに名前が削り取られていく。

……それが、怖かった。


オレは無意識に拳を握る。

爪が掌に食いこんで、ちょっと痛いくらいに。


「お前まで落ちるなよ」


軽い声が階段の下から飛んできた。


見下ろすと、仲間と談笑してた少年がこっちを見上げて笑っていた。

白銀の髪。紫の瞳は氷みたいに冷たい。

綺麗な靴。背筋はまっすぐ。


ライナルト。貴族の出だ。


「パリアになったら、もう誰も名前なんか呼ばない。

……番号は覚えやすいらしいけどな」


笑いながら言えるのは、

落ちる心配がない側の人間だからだ。


胸の奥が熱くなる。


(ふざけんな)


声は口の中で転がしただけなのに、

喉の奥に残った感触は苦かった。


フランとライナルト。

沈黙して歩く敗者と、笑って嘲る勝者。


オレはウンフェーイグ。

生まれたときから「役立たず」って呼ばれる側。


だけど――


(絶対に、名前を手放さない)


ジェイド・レオンハルト。

これは番号に置き換えられるためにあるんじゃない。


「……目を上げろ、迷子になるな」


誓いは胸の中に刻まれた。


灰色の扉を押し開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。

紙とインクの匂い。


奥の大部屋には机がびっしり並んでいて、

椅子の脚が床を引っかく音が散っていく。


親に肩を叩かれて背筋を伸ばす奴、

従者に上着を脱がせてもらう奴、

深呼吸を数える奴。


オレはひとりで席に座り、鉛筆を指の腹で転がした。

汗で少し滑る。手の震えは止まらない。


(落ち着け。目を上げろ、迷子になるな)


基礎学力の問題は見覚えがあった。

頭は動く。だけど焦りが穴を開けて、そこに答えが落ちていく。


最初の数問に時間を使いすぎて、

残りを急いで埋める。


書きながら、自分の字が滲んでいくのが分かる。


書き終える直前、ふっと視線が刺さった。

冷たい、測りの目。


隅の机に黒衣の人影。

記録用紙に淡々と線を走らせる手。


その手は止まらないのに、

目だけが一瞬、オレに止まった――気がした。


答案を提出する。次は魔力量測定。


透明の鉱石に手を触れると、

指先から温かさが逆流してくる。

血の流れをなぞるみたいに、芯へと伝わる。


数秒後、石は白に落ち着いた。


中等、安定値。異常なし。


「次」


淡々とした声。


横で別の試験官が口元を隠して何かを囁く。

耳打ちを受けた男が、ほんの一拍だけオレを見た。


(今の、なんだ?)


声は聞こえない。

ただ空気が少し粘った。

複数の視線が交差してる。


オレだけが異物みたいに浮いてる。

指先の温度がストンと落ちた。


名簿を読み上げる声が響いた。


「ジェイ……」


言いよどむ声。紙が擦れる音。


「ジェイド・レオンハルト、確認。次に進め」


それだけ。

何事もないふりで紙はめくられる。


でも胸ん中には、

石を投げ込まれたみたいな波紋が広がっていた。


列の少し前で、灰色の紋章が揺れた。

フランだ。彼女はやっぱりオレを見ない。


見ないことでしか、

知らないふりができないのだと分かる。


(見たら、名前を呼ぶことになる。

呼んだら、きっと痛む)


唇を噛んだ。


最後は倫理試問。

個室に入ると、机の向こうで試験官が無表情で座っていた。


――飢えた子供を救うために、罪を犯すことは正しいか?


口の中が急に渇いた。


「正しいかどうかなんて、オレにはわかんない。

でも……目の前で泣いてる子を見捨てるより、

叱られる方を選ぶよ」


――家族を救うために、他人を犠牲にするのは?


「それも……正しいとは言えない。

誰か一人のために誰かを切り捨てるなんて……

オレには耐えられない」


ペンが紙を走る。沈黙。記録。退室。


廊下に出たとき、黒衣の視線がまた刺さった。

ほんの刹那、目が合った。


指先の温度がさらに冷える。


(見られてる。オレが何を答えたか、全部)


日が傾いて、窓の格子が床に長く伸びた。

中庭の芝はオレンジに染まって、

塔の影はさらに濃く、街の端へ端へと伸びていく。


オレは最後の確認を済ませて建物を出た。

石畳に靴が鳴る。


市場の方からは、

叫び声と笑い声が混じって飛んでくる。


今日、オレは“選ばれなかった”。

少なくとも今はまだ。


だけど分かってる。

選ばれるのを待ってるだけじゃ、

一生番号に続く階段だ。


(だから、登る。自分で)


振り返って塔を見上げる。眩しい。目を細める。


「……目を上げろ、迷子になるな」


もう一度、合言葉を胸ん中に叩き込む。


――静かに息を吐いた。

ほんの一瞬だけ、自分の声だけが胸ん中に残った。


そのとき、扉のむこうで紙がめくられる音がした。

踊り場の奥、手すりの影で黒い袖口がそっと引いた。


誰かが、見ていた。

オレが名前を失わないかどうか――その瞬間まで。


ジェイド・レオンハルト。

番号じゃない。


これが、オレの最初の誓いだ。

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