エデンへの扉
-ルシファー・魔法実験棟第一施設-
「くくく…はーっはっは…見よ、『ミカエル』!この『ウリエル』の姿を!完成だ、完成したのだ!
『サタン』を超える逸材が!遂に…!」
バークレイは試験管に眠るロンドの姿を見ながら高らかに笑った。
ミカエルはそんなロンドの姿を黙って見続ける。
背の片方に純白の翼、もう片方に漆黒の翼。
トレードマークであった眼鏡もしていなく、薄気味悪く光る銀色の目。
ロンドのその姿に前の面影はどこにも残っていなかった。
-エデン・直下地上-
パティーシアとバーギル、そしてクレシスはエデンに「跳ぶ」方法もわからないままここへとやってきた。
クレシスは自分の部下を10名ほど従えて来ている。
クレシス曰く「私の優秀な部隊です、どこぞのコモナー1人よりもよっぽど頼りになりますよ」
と言って無理やり同行させたのだ。
パティーシアは団体行動が苦手である。
基本的に自分のことは自分1人でなんとかしたい性格なのだ。
なのに事あるごとにクレシスとその部下たちは何かと世話を焼いてくる。
クレシスの部下たちにとって耳タコのように聞かされていた「お姉さま」の存在は正に神だった。
今もそれは例外ではなく瞳をキラキラさせながらパティーシアの言葉を聞こうとしている。
はぁ…と溜め息をついてパティーシアは言葉を紡ぎだした。
「さて…この真上にエデンがあるんだけど…どうやって跳んでいけばいいのかしらね」
「パティーシア様!ムーブポイントでは跳べないんですか?」
「残念だけど、私のムーブポイントの距離は50km、それも1人の時でね、
あなたたち全員で跳んだら20kmくらいで打ち止めよ」
「なら、跳んだ直後にまたムーブポイントで更に上に上がれば…」
「エデンに着いたときに封印するだけの力が残ってなきゃ意味無いでしょ、それに対外敵用シールドが
張られているかもしれないし」
「あ、そうですよね…」
わいわいとパティーシアたちが話し合ってるのを横目にバーギルは辺りを散策する。
と、地面の一部に妙な違和感を感じた。
(草の色が…かすかに違う…?)
バーギルはぶちっと色の違う草を引っこ抜く。
その下には薄っすら紫色に光る文字が見えた。
「…何だこれ?」
「どうしたんです?コモナー」
クレシスがバーギルに近づく。
「これ…何だ?」
「古代術式の文字の欠片ですわね…お姉さま!」
クレシスはパティーシアを呼ぶ。
「どうしたの?」
「これを」
「地面に古代術式の文字…?ちょっと待って、この辺一帯、燃やすわよ」
そう言うと軽く杖を振る。
瞬間、半径500mの草が燃え尽きた。
「流石ですわ!お姉さま」
「クレシスこそ、よく発見したわね」
「お姉さまのためならこのクレシス、何でも発見します」
「おい…見つけたのは俺…」
ぽつりとバーギルが呟くと物凄い形相でクレシスがバーギルを睨んだ。
その瞳に計り知れない殺意を込めて「私が発見したことにしないと殺します」と。
「どれどれ…ん~…」
地面に書かれた魔法陣を一通り眺め歩き、時には指先で触れる。
「どうやら大規模な転移型魔方陣のようね」
「ここにあるということは…」
「その可能性は、高いわ」
そのパティーシアの声に辺りがわっと騒ぐ。
「とりあえず今日一日かけてこれを解読、解読出来次第、エデンに跳ぶわよ」
「はい!」
-夜-
パティーシアはまだ魔方陣を丹念にチェックしている。
そこから数百メートル離れたところでバーギルとクレシスたちは待機していた。
「おい、小娘…」
「馴れ馴れしく呼ばないで貰いたいですね…何ですか?」
「パティーシアの奴をエデンに行かせて…本当にいいのか?」
ぴくっとクレシスの眉が上がる。
「私が何を言っても、もうお姉さまは聞きません、あの人はそういう人ですから」
一呼吸置き、右手を胸の前でぐっと構える。
「だから…その時が来るまで、私がお姉さまを守ります」
「俺は…そこまで割り切れねえな…」
バーギルは夜空を見上げる。
満天の星空が吸い込まれそうに辺りを包んでいた。
「あいつとは決着もつけてないし…俺以外のやつがあいつを殺すことも、
ましてや自分から死に向かうなんてのも我慢出来ねぇ…」
「お姉さまは世界を救うために命を懸けるんです、その崇高な目的がわからないのですか?」
「わからねぇよ、どんな事情があれ、自ら命を絶つなんて最低の行為だ」
「エターナルコアっていうのは諸刃の剣でしてね…埋め込んだ人間に膨大な魔力を与える代わりに人間としての寿命をほとんど捧げるものなんですよ」
「…なんだと…!?」
バーギルの顔に驚嘆の色が浮かぶ。
「だから、お姉さまは持ってあと1~2年、
それまでに出来ることは神を光臨させるか、神を封印するかのどちらかだけ」
「お姉さまは自分の人生に悔いを残さないために行動しているんです、それもわからないようなら…今すぐこの場を去りなさい、コモナー」
クレシスの凛とした眼差しがバーギルに突き刺さる。
「…ちっ…」
バーギルはクレシスの眼差しに耐えられないかのようにごろんと背を向けて横になった。
30分くらいの沈黙。
不意にクレシスが立ち上がった。
「みんな!戦闘準備を!何か来ます!!」
クレシスの部下たちがその言葉にざわめく。
バーギルも飛び起きて剣を手に取った。
「パティーシアは…?」
バーギルがパティーシアの方を向く。
パティーシアは魔方陣の中心で呪文を唱えている。
集中しているせいかバーギルやクレシスの声が届く様子もない。
「仕方がありません、私たちで食い止めますよ・・・!」
クレシスはそう言って杖を抜いた。
(魔力探索……南東、50kmほどですね…しかし何ですかこの波動…酷く深くて暗い…)
「クレシス様!敵はどこから来るんですか!?」
「南東です、今は50kmほど離れてますが…この魔力なら…
一瞬でここに移動してくることも考えられますよ!」
「50kmを一瞬ってそんな…パティーシア様と同じレベルの力…?」
部下たちに動揺が広がる。
「ミカエルか…?」
バーギルが剣を構えたまま呟く。
「いえ、この波動はエターナルコアではありませんね…ただそれに匹敵するくらい強い…!」
その言葉と同時にクレシスに緊張の色が走る。
「どうした?」
「私の魔力探索に気付かれました・・・!来ますよ!!」
そう言った瞬間、遥か南東から巨大な閃光が走る。
閃光はクレシスを狙っていた。
(大きい…ミュラじゃダメ…!)
「ムーブポイント!」
クレシスは上空へ転移して閃光を避ける。
…が、閃光は突如あり得ない方向に曲がりクレシスから逸れた。
「しまった…!私を狙ったと見せかけて…本当の狙いは…!!」
クレシスの目に映るのはパティーシアの姿。
「全隊員!お姉さまの前に防御壁を展開!!急ぎなさい!」
「はい!」
「「「「「「「「「ミュラ!!!」」」」」」」」」
10人分の防御壁がパティーシアの前に展開される。
ガギィイイイイイイイイイイイン…!!
次々と防御壁が破られ閃光は突き進む。
あと1枚、防御壁を残したところで閃光は辛くも消え去った。
一同が安堵した瞬間、クレシスの部下の1人が吹っ飛ぶ。
「あれほどのフレーミアの後にムーブポイント…?」
クレシスが驚きを隠せないように吹っ飛んだ部下の方を見た。
そこには異形の姿をしたものがいた。
「何ですか…あれ…」
純白の翼と漆黒の翼。
銀の瞳を宿す『そいつ』はクレシスの方を見て残忍な笑いを浮かべる。
「久しいな…小娘」
「その声…まさか、『ウリエル』…?」
辺りの部下たちがその言葉にぎょっとして距離を取る。
「くくく…そのまさか、だ、僕は人間を超えたんだよ」
「ルシファーがまた趣味の悪い実験をしはじめたんですね」
「趣味が悪い?崇高だと言って貰いたいな」
そう言うとロンドは手を振りかざした。
風がはじけ飛ぶ。
クレシスはまともに目を開けていられなかった。
(何です…詠唱していないのに…?)
「詠唱など必要なくなったのだよ」
ロンドはクレシスの背後に回りこんでいた。
「…心まで読むなんて、悪趣味なことこの上ないですよ」
「…ふん」
ロンドはすっと手をクレシスに向ける。
刹那、ドン!という破壊音と共にクレシスが吹っ飛んだ。
空中できりもみしながらなんとか途中で踏みとどまる。
「今ので死なないのも凄いものだ、どうだ小娘、『サタン』の部下などやめてルシファーに来ないか?」
「…冗談…言わないで貰いたいですね!フレーミア!!」
閃光がロンドに向かって飛ぶ。
ロンドは避ける素振りも見せない。
ロンドに当たる直前、閃光は八方に弾けて消滅した。
「くくく…目くらましにしかならんな」
ロンドの笑いにクレシスも微笑みを持って返す。
「元よりそのつもりですから」
「何?」
ロンドの背後に飛び掛っていたのはバーギル。
剣を渾身の力で振り下ろす。
ズドッ!
脳天に直撃したはずの剣はそこで止まっていた。
(…刺さらねえ…だとぉ…!?)
バーギルはなおも力を込める。
「何を企んだかと思えば、今更コモナー1人の力でどうにかなる僕だと思ったのか?」
ロンドはそう言うとバーギルの腕を掴み、
蟻を摘むような感じで肘を摘む。
ボキィ!と嫌な音がした。
「ぐぁああああああああああ!!」
「コモナー!」
クレシスが叫ぶ。
「止めだ」
そう言って落ちていくバーギルに手を突き出すロンド。
ズオッ!と閃光が放たれた。
「誰か!ムーブポイントを!!」
全員がバーギルに杖を向ける。
「ダメです…間に合いません…!」
「コモナー!」
全員がバーギルの死を覚悟した瞬間、バーギルの体は座標転移した。
「!?」
「ムーブポイント!?誰がやったんです?」
咄嗟に地面の方を見るクレシス。
地面にはバーギルを抱きかかえるミカエルの姿があった。