もう一人のエターナルコア
-ルシファー・魔法実験棟第一施設-
バークレイとロンドは一つの試験管を眺めていた。
試験管の中にいるのは1人の女性。
金髪のロングヘアー。
見た目は17~8歳くらいだろうか。
「見たまえ、『ウリエル』、これが新しいエターナルコア、『ミカエル』だ」
そう言ってバークレイはニヤリと笑う。
「はっ、バークレイ様、これで『サタン』は用済み…いつ処分してもいいという訳ですね」
続いてロンドも笑う。
「そういうことだ…『ウリエル』よ、『ミカエル』を連れて『サタン』を殺せ」
カッと外に稲妻が走る。
「奴は今、メサイア共和国にいる、行け、『ウリエル』よ!」
そう言ってバークレイはロンドに命じた。
「はっ!」
ごぽぽっ…という音がして試験管から泡が吹き出た。
-メサイア共和国・宿屋【紅の坂月】-
「お姉さま!有力情報、ゲットです!」
城から帰ってきたパティーシアとバーギルをぱぁっとクレシスが迎えた。
「お姉さま、エデンは東に120km、遥か天空にあり!です♪」
「あ、それ、もう知ってるわ」
ガーンという音を立ててクレシスの頭にタライが落ちてきた…ような錯覚がした。
「ば~か」
続けて言われるバーギルの言葉にひくっとクレシスの口がゆがむ。
「コ…コモナー…あなたはいつもいつも一言、多いんです!」
「ファイアボール!」
クレシスの杖から炎が飛び出す。
バーギルは長剣を素早く下から切り上げ炎を切り裂いた。
「おぃ、小娘…俺は今、むしゃくしゃしてるんだよ…手加減できねぇぞ…」
ギンッとバーギルはクレシスを睨みつけた。
「丁度いいです、あなたには今、ここでお仕置きをしてあげます!」
クレシスも杖を構えなおす。
と、そこでピクリとクレシスの動きが止まった。
(何…?この波動…お姉さまと…同レベルの人間が近づいてくる…?)
パティーシアもバンッと勢いよく窓を開けた。
(この波動…まさか…)
「クレシス!逃げなさい!」
「お姉さま!この波動は…」
2人の会話についていけないバーギルはキョトンとしていた。
「バーギル!戦闘体勢!ロンドが来るわよ!」
「ロンド…?ルシファー内で戦ったあいつか…?」
「そうよ…『ウリエル』ロンド…でもそれだけじゃない…」
パティーシアの言葉にクレシスが窓から身を乗り出す。
「お姉さまの波動を感じる…まさか・・・この感じは…まさか…」
「えぇ、クレシス、どうやら…産まれたようね…もう一つのエターナルコアが…」
その言葉を聞いてバーギルも身を乗り出す。
(もう一つのエターナルコア…そいつを手に入れちまえば、こいつは死なずに…済む!)
バーギルはじっとパティーシアを見つめた。
「な…なによ」
「いいか、お前は俺が殺すんだ、それまで絶対に死ぬなよ、パティーシア」
バーギルはクレシスの方を見る。
「おい、小娘、一時休戦だ、敵を俺とお前とで迎え撃つ」
そんなバーギルにクレシスは少し驚いた顔をしたが、すぐにふふっと笑い、
「いいでしょう、さぁ、お姉さま、ここは私たちに任せて、お姉さまはエデンへとお急ぎください」
「な…そんなこと、出来るわけ無いでしょう!」
「お姉さま、お姉さまは自分の1番弟子が、信用できないんですか?」
ぐぃっと迫るクレシスの顔に一瞬たじろぎを見せるパティーシア。
「た…確かにあなたは強いわよ、だけどそれはあくまで普通のウィザードとして、試験管ベイビーと
同格ってことは…ありえないわ」
「『サタン』であるお姉さまの1番弟子である私が『ウリエル』ごときに遅れをとるというのですか?」
「そうよ」
ふふんとクレシスは鼻で笑った。
「甘く見られたものですね、お姉さま、私はお姉さまの1番弟子なのですよ?
もっと自分に自信を持つといいのです」
「でも…!」
「小娘の言うとおりだ、パティーシア…悪いが今回、貴様の出番はないぜ」
「バーギル!貴方まで…!」
そう、パティーシアが叫んだときゴウッと風が吹いた。
「来ますわよ、コモナー、ぬかるんじゃありませんよ」
「けっ、小娘こそな」
風の後方から巨大な火炎弾が5発、迫ってきた。
「ミュラ!」
クレシスが叫ぶ。
同時に宿屋の前に巨大な障壁が姿を現した。
障壁にぶつかり、次々と火炎が粉砕される。
「ふん…あれはクレシス・レイルモンドか…」
ロイドは防がれたファイアボールを見ながら呟いた。
「いいか、『ミカエル』、俺があの小娘を殺す、お前は『サタン』を殺せ、必ずだ」
ロイドの後方でフードを被った金髪の女が小さく頷いた。
「あぁ、それと邪魔なコモナーも1人いるはずだ、そいつも消せ」
「御意…」
金髪の女『ミカエル』はそういうとスッと姿を消した。
「フロテイン」
クレシスが唱えるとふわっとバーギルとクレシスの身体が浮かぶ。
「では、悪者退治と洒落こみますよ」
「ああ!」
びゅっとクレシスとバーギルがその場から飛んだ。
「ま、待ちなさい!あなたたち!!」
パティーシアが慌てて追いかける。
しかし、そうしようとした瞬間、びくっとした。
(何か…いる…)
ばっと後ろを振り返る。
そこには金髪の女がいた。
(この波動…間違いない…この子だわ…)
「バークレイ様の命により…貴方を始末します…『サタン』」
そう言うと同時に杖を出す。
場の緊張感が一気に高まった。
「…!」
キキッと急にクレシスは立ち止まった。
(この波動…しまった…!)
「どうした?小娘」
急に空中で身動きが取れなくなったバーギルはクレシスの方へと振り返る。
「お姉さまの方からエターナルコアの波動が…!ロイドは陽動です!」
「なんだと…!?」
ぎりっ…と歯を食いしばる。
「コモナー、貴方を今からお姉さまの元へと飛ばします…ロイドは私が全力で止めますから、
お姉さまを助けてあげてください」
「小娘…お前…」
「ムーブポイント」
クレシスがバーギルに座標移動の魔法を唱えるとバーギルはすっと姿を消した。
(頼みましたよ…コモナー)
「「フレーミア」」
二つの閃光がぶつかり合い衝突する。
両者の力は全くの互角だった。
「貴方の名を…聞いておこうかしら…?」
「『ミカエル』…それが私のコードネームです…『サタン』」
そう言ったミカエルの頭上にふっとバーギルが現れた。
「おおおおお!!」
そのまま勢いに任せバーギルはミカエルに向かって長剣を振り下ろす。
「ミュラ…」
ガギィイイイン!
バーギルの剣はミカエルの頭上で障壁に阻まれた。
「貴方が『ウリエル』の言っていた邪魔なコモナーですね…命により貴方も消去します」
「ちぃいいいい!」
すっと杖をバーギルに向ける。
「フレーミア!」
パティーシアの声が飛ぶ。
閃光がミカエルを包む。
ボゥっという音と共に煙が立ち込める。
煙を切り裂いてミカエルがパティーシアに向かって突っ込む。
そのままミカエルはパティーシアの腹に蹴りを入れようとした・・が、
パティーシアはその瞬間、上に飛び、ミカエルの頭を掴み、上半身を捻るようにして後方へと着地した。
「ピック フレーミア」
ミカエルが唱える。
「がっ…!」
横の方からミカエルに接近していたバーギルの下から光の刃が連なりバーギルの身体を貫いた。
「バーギル!」
「こんな…ものぉ!」
グンッと足に力を入れてそのままミカエルに突っ込むバーギル。
「消えなさい、コモナー」
杖を構えたミカエルの横にムーブポイントでパティーシアが姿を現す。
そのままパティーシアはミカエルに飛びつき、2階の窓から飛び降りた。
「邪魔な…やはり貴方から消えてもらいます、『サタン』」
「『ミカエル』、貴方の産まれて来た意味…知ってるの?」
ぴくっと僅かにミカエルの眉が上がる。
「私は神・ルシファーの贄です、あなたと同じ」
「そうね…でも貴方が産まれて来たのはそれだけじゃないわ、必ず意味があるの」
「…意味?」
「そうよ…貴方は道具なんかじゃない、自分で生きる権利がある」
「…そんなもの、私にはありません、私は贄ですから」
ばっと杖を振るミカエル。
「私には貴方や『ウリエル』のように本名も与えられていない…なぜなら、私は贄だから…!」
「フレーミア」
「ミュラ」
ミカエルの唱えた閃光がパティーシアの障壁によって遮られる。
「『ミカエル』…なら、私が貴方に名前をあげるわ…だから、貴方は貴方の意思で、生きなさい!」
「……!」
ミカエルにかすかに驚きの表情が混じる。
「…そんなもの…必要ありません!」
「ファイアボール!」
「ムーブポイント!」
ミカエルの放った炎、いや、もはやマグマの塊だろう。
それを座標移動で避けるパティーシア。
「はぁ…はぁ…」
「くくく…よく持つ、クレシス・レイルモンド…」
「まだまだ、これからです!」
バッと杖をロイドに向けるクレシス。
「「ファイアボール」」
ガォオン!
二つの炎の塊がぶつかり、空中に火の粉が四散する。
「くっくっく…やるねぇ、たかが一ウィザードがこの『ウリエル』と互角のファイアボールを打ち出すとは」
「死んでも貴方は、ここから通しません!」
「ああ、問題ないよ、僕が直接手を下さずとも『ミカエル』が君の愛する『サタン』を消すからね」
「…それも…事前策は打っています」
「例のコモナーか?くく…ただのウィザードならともかく
相手はエターナルコアを内包した『ミカエル』だぞ?」
「そうですね…ただのコモナーなら、返り討ち…でしょうが…」
バッと杖をロンドに向けるクレシス。
「生憎、あのコモナー、ちょっと普通じゃないんですよ!、フレーミア!」
閃光がロンドを襲う。
ロンドは飛翔し、それを避ける。
閃光と炎がぶつかり合い、激しい魔力同士が衝突した。
「「ファイアボール」」
パティーシアとミカエル、2人のマグマが激しくぶつかり合う。
(…今だ!)
ミカエルの集中がパティーシアに向いているその瞬間をバーギルは見逃さなかった。
2階から飛び降り、一気に間合いを詰め剣でミカエルの杖を叩き落とした。
「あ…!」
そのまま後ろからミカエルを羽交い絞めにする。
「よう、お前、ホントにそれでいいのか!?」
「な…なにがです…?」
「ホントにルシファー共の道具でいいのかって聞いてんだよ!」
「当たり前です、私はそのために産まれたのですよ!」
「この…馬鹿野郎が…!」
羽交い絞めを解いて、そのまま力任せにバーギルはミカエルを殴り飛ばした。
「どんな理由があろうとも、「道具」として産まれた奴なんてこの世にはいねぇんだよ!」
一歩、一歩、バーギルはミカエルに近づく。
「ましてや、『運命』なんて言葉で片付けて、勝手にくたばるなんて、そんな都合のいい話、
許せるわけないだろうが!」
その言葉はミカエルではなくパティーシアに向けて放たれた言葉だった。
少なくともパティーシアにはそう聞こえた。
「………バーギル」
「ミカエルさんよ…お前とパティーシア、2人で力を合わせて『神』とやらを封印すれば…
この世は安泰、2人とも無事生き残るんじゃねぇのか?」
「な、なにを馬鹿な!私の悲願は『神』ルシファー様の光臨です!」
「それはお前の悲願じゃねえ、ロンドやバークレイ達の悲願だろうが!」
バーギルはぐっとミカエルの胸ぐらを掴み持ち上げる。
「言え!お前の本当にやりたいことはなんだ!?
世界を救うことか!?それとも世界を壊すことか!?」
「わ…私は…私は…うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
キンッとミカエルの中央に無数の光が集まっていく。
「バーギル!離れて!」
パティーシアの叫びとほぼ同時にバーギルの体が吹っ飛んだ。
「はぁ…はぁ…邪魔だ…貴方たちは私の思考回路をおかしくする…」
ミカエルは頭を抑えながらよろよろと立ち上がる。
「次…次会うときは必ず消します…『サタン』、それに私を惑わせるコモナーも」
そういうとミカエルは光と共に姿を消した。
「!」
ロンドの後ろにミカエルの姿が現れた。
「『ミカエル』…『サタン』は消したのか?」
「すみません、『ウリエル』…私の思考回路が…おかしく…なってしまい…」
(…少し早く動きすぎたか…)
ロンドは杖を下げる。
「帰還するぞ『ミカエル』」
「はっ…」
そういうとロンドとミカエルは光に包まれてその場から姿を消した。
それを見てへなへなと地面に膝をつけるクレシス。
「はぁ…はぁ…流石に…創られし者を…相手にするのは…疲れますね…でも…」
クレシスは空を見上げる。
「あのコモナー…やっぱり…守ってくれたんですね…」
そういうとクレシスは眩しそうに目を細めて微笑んだ。