ウィスキー・ライツ
雪が降り積もる街。その街に一人の男がやってきた。
男は黒い山高帽をかぶり黒いコートに身を包んでいた。
フカフカした雪の上を男はズンズンと進んでいく。
やがて、一軒の店の前に立ち止まった。看板には『Bar』と書かれている。
男は扉を開き店の中に入った。店内は薄暗くオレンジ色の照明で照らされていた。カウンター席がいくつかあり、客の姿はない。
男はカウンター席に座り込む。カウンターの奥から老いたバーテンダーが現れた。
「この時間は珍しい。」
「はい?」
男が聞き返した。
「この時間にお客さんが来るのは珍しいなと思いまして。」
「あぁ、そうですか…」
すると男の目の前にカクテルが置かれた。
「これは…」
「当店のサービスです。ここもうすぐ店じまいしようかと思っていましてね。最近来てくれたお客さん皆さんにサービスしているんですよ。」
男はグラスを手に取り口に運ぶ。そして一気に飲み干す。
「ウィスキーの風味。美味しいですね。」
バーテンダーは嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます。ところでお客さんはこの街の方ではないようですが、どちらから?」
「…私は……旅をしているものでして」
男は言葉を濁らせた。
「旅人ですか。こんな時期に大変でしょう。まぁゆっくりしていってください。」
バーテンダーは男の前から離れた。
しばらく男は酒を飲んでいたが、不意に立ち上がって言った。
「あの、ちょっとトイレを借りてもいいかな。」
バーテンダーから返事は返ってこない。男は不思議に思いながらも奥にあるトイレへと向かった。
男はトイレで用を足していると目の前にあった窓の向こうに目をやった。
窓の向こうには黒い車があり、その車が揺れているのが見えた。
男はとっさにズボンのファスナーを閉め、トイレから飛び出した。
バーテンダーはいなかった。
(これで足りるだろう)
男は小銭をカウンターに出し、外へと出て行った。
外は吹雪になっていた。男は吹雪の中、黒い車に向かって進んだ。
車はまだ揺れているようだった。
男は車のトランクを開けた。
そこには傷だらけで下着姿の女性が入っていた。
「うーーーっ!うーーーっ!」
女性は口をガムテープで閉じられて喋ることができない。
すると次の瞬間、
「バンッ!!」
男の後ろから一発の銃声が聞こえてきた。振り返ると、さっきのバーにいたバーテンダーがそこにいた。
バーテンダーの老人は腕にショットガンを構えていた。
「お客さん、何してるんだ?」
老人はゆっくりと男に照準を合わせた。
男はそれに合わせて両手をゆっくり頭の方に上げた。
その次の瞬間、男は三高帽に隠していたピストルで老人を撃とうとした。
「バァン!!」
男と老人、お互いが一瞬静止した瞬間があった。
すると時間が動き出したように、男の方が膝から崩れ落ち、倒れてしまった。
倒れた男の胸から血が流れていた。
老人は車のトランクの方へと向かう。
「お、おい……」
倒れていた男が最後の力を振り絞って男に話しかけた。
「なぜ…ここ…に……」
男は血眼になって聞いてきた。
老人が答える。
「お客さん……サービスだって言ったでしょう。」
老人はそう言ってトランクの中にいた女性を抱きかかえ、吹雪の中、どこかへ行ってしまった。
息絶えた男は雪に刺さったコインをただ見つめていた…