46, 王子の困惑
ミカたちを呆然と見送ったアドニスはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
「私は……夢でも見たのか……?」
思わず呟くアドニスに心配そうな顔でエレクが近づく。
「殿下、戻りが遅いので様子を見に参りました。……大丈夫ですか?」
エレクがアドニスの顔色を伺いながら口を開いた。
「あ、ああ。すまない。……私はこのまま宿舎に戻る。少し考えをまとめたい」
「はあ……承知いたしました」
不思議そうに首を傾げるエレクをその場に残し、アドニスは静かに背を向け、待機させていた魔導車を呼んだ。
――騎士宿舎。
自室のソファに腰を下ろすと、道中ずっと考え続けていたアドニスは、深く息をついた。
二階の角部屋にあるその部屋は、他の騎士の部屋より多少は整って見えるものの、土壁のひびや低い天井、床板のきしむ音までは隠せない。
それでも、なぜか王城の自室よりも落ち着いて思考を巡らせることができた。
アドニスの脳裏に、ミカとの邂逅が鮮明に蘇る。
やはり――ミカとアミカは同一人物だった。
彼女は髪や瞳の色を変えるだけではなく、その年齢さえも操作できるようだ。
それが魔導具によるものか、特別な魔法技術によるものかはわからないが。
それ以上に気がかりなのは――あの人形だ。
確か、自らを「大魔女エアデ」と名乗り……いや、今は『ポポロン』と名乗っていたか?
なぜ大魔女ともあろう存在が、あんなふざけた名を名乗るのか。
不敬を承知で言うが、名としては軽すぎる。
それになぜ人形の姿なのか?
世間の目を避けるため?
だとしても、人形である理由は見当たらない。
考えれば考えるほどアドニスにとってミカと大魔女エアデの状況は理解できなかった。
……いや、悩んでも答えは出ない。
明日、本人たちに確かめるしかないだろう。
そう結論づけたものの、アドニスは結局眠れぬまま夜を明かした。
翌日、日が次第に高くなる頃、騎士宿舎の応接室に約束通りミカは人形を抱えてやってきた。
今回は、一角玄虎の姿はない。
「呪い? 異世界?」
ミカの話を聞いたデニスに扮したアドニスは困惑の表情を浮かべた。
なんとか言葉の断片をつなぎ合わせ、目の前の少女に尋ねる。
「つまり、異世界というのは、この世界とは全く別の場所で、科学は発達しているが魔力や魔法は存在しない……そういうことだな?」
「はい、その通りです」
ミカの声は澄んでいる。嘘をついている響きはない。だが、だからこそアドニスの胸はざわついた。
「だが、その世界から来た君は魔力があり、魔法も使える。しかもこの世界の人間以上にだ。それはどういうことだ?」
「えっと……向こうにいた時は魔力回路が閉じていて使えなかったんです。でも師匠のおかげで回路が開き、私の体に魔力が巡るようになりました」
アドニスは目を細める。心の奥で違和感が膨らむ。
本来、魔力は魂そのものに根付くもの。子どもの頃は回路が未発達で扱えぬ者もいる――自分もそうだった。
だが、この少女の中に眠っていた莫大な魔力。それは常識で片づけられる規模ではない。
「それはおかしいな。魔力のない世界でそこまで魂に魔力が宿るものか?」
「え? 魂? どういうことですか?」
「魔力量やその質を決めるのは魂の性質だ。魔力量だけでなく、才能やスキルも魂に根付く。つまり、人は何度生まれ変わっても魂の性質に左右される。前世での努力や生き方が魂を成長させ、次の世に影響する……そう言われている」
アドニスの説明にミカは全く理解できない、というようにポカンと固まった。
「師匠、私、デニスさんが言ってることがよくわからないんだけど」
ミカはソファでお茶をすすっていた小さな人形――師匠である“大魔女”に助けを求める。
「デニスが言いたいのは、ミカの魂がもともとこの世界のものではないのか、ということじゃろうな。まあ、その推測は的外れではあるまい。千年以上、“気圏の大魔女”がこの世界に現れなかったのは、別の世界で魂が輪廻転生を繰り返していたから、と考えれば筋は通るのじゃ」
ミカはその言葉を聞いて驚きに目を見開いた。
「え? じゃあ私って元々はこの世界出身ってこと? 今世では地球生まれだから、えっと……遥か昔? ってことになるんだろうけど」
「おそらくそうじゃな」
「いや、ちょっと待ってくれ、気圏の大魔女とはどういうことだ?」
アドニスは慌てて二人の会話に口を挟んだ。
ミカと人形が顔を合わせる。
「えっと、どうやら私って気圏の大魔女の素質があるみたいです」
「なっ……!? そ、そうなのか? いや……確かに君の魔力なら納得できる。なるほど、大魔女エアデ――いや、今はポポロン殿だったな――が弟子にするわけだ。ならばやはり、ディースラ帝國の侵略を退けるために力を貸してほしい」
気圏の大魔女(大気を司る魔女の称号)。その魂の持ち主だと知れたミカは、アドニスの期待の眼差しに思わず視線を逸らした。
「もちろんです。私も魔法を磨いて、もっと強くなりたい。森を、そしてこの国を守るために……できる限りのことをします」
決意を込めた言葉。幼い声の奥に、揺るぎない強さが潜んでいた。
アドニスは胸が温かくなるのを感じた。少女は見た目に違わずしっかりしているようだ。
目の前の少女は――確かに、この国を救う光になり得る。
「えっと、それで、これが手紙に書いた”傷薬”です」
「そうか、感謝する」
アドニスは、ミカがカバンから取り出した橙色の液体が入った小瓶を大事そうに受け取り頭を下げた。
「ところでミカ。あの“アミカ”の姿はどうやったんだ? 変装の魔導具か? 髪や瞳の色を変える魔導具なら私も持っているが、成長を操作するものなど聞いたことがない」
「あれは魔導具じゃなくて……老化薬なんです」
「老化薬?」
「はい。実は私のこの姿、若返り薬を飲み過ぎたせいなんですよ。こっちに来た時は大人だったのに、若返り薬で子どもの姿に……。だから老化薬を使って“アミカ”の姿になってたんです。ただ、その薬は不完全で、三時間くらいで元に戻っちゃうんですけど」
「若返り薬に老化薬……! それも、まさかポポロン殿の手によるものか?」
「当然じゃ! 妾は大魔女であるからな」
「なんと……歴史書で伝説のように記されていた薬が、実在していたとは! さすが大魔女ポポロン殿だ!」
胸を張る人形――いや、大魔女ポポロン。その姿に、ミカは大きくため息をついた。
「そうか、どうりでミカは大人びていると思った。中身が大人なら当然だな。ところで実際の年齢は……あ、いや女性に年齢を聞くのは失礼か」
納得したように口にしたアドニスの言葉の後半をミカは聞こえないふりをした。
その後、アドニスはポポロンに他にどんな薬が作れるのか尋ねた。
例の傷薬、若返り薬、時間限定の老化薬、さらに物質を小さくする縮小薬、それを元に戻すための復元薬、物質の色を変えるための色彩薬……
ポポロンはなんでもないことのように得意げに自分の開発した薬について説明した。
アドニスは彼女の話に打ち震え、万が一それらがこの世界に広がったら全ての均衡が崩れる恐れがあると戦慄した。
だが、最後に「妾の薬はそう易々と広めることはできぬ。よほどのことはない限りな」と言った大魔女の言葉にアドニスは内心ホッとしたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あと三話で第二章が完結します。
その後、閑話が一話入ったあとで第三章に入る予定です。
よろしくおねがいします。




