39, 人攫い?!
「ミカ、そういえば……あの立派な人形、今日は持ってないみたいだけど、どうしたの?」
休憩に入ったフィアさんが、湯気の立つマグカップを持って私の向かいに腰を下ろしながら、ふと首をかしげた。
最初に会った時、私が宝物みたいに抱えていたから気になっていたのだろう。
「えっと……貴族の令嬢に目をつけられて、強引に取られちゃって……」
「な、なんですって!? あれだけ大事そうにしてたのに……ちょっと、エレク呼んでくる! あいつにガツンと──」
椅子をガタッと鳴らして立ち上がりかけたフィアさんを、私はあわてて呼び止める。
「あっ、でも……お金渡されちゃったんです……!」
「……あー、なるほど。無理やり“買ったことにする”ってやつね。金の力でねじ伏せるタイプのワガママ貴族か……さてはて、そいつはどんなやつなの?」
「金髪で……巻き毛で、大きなリボンしてて……瞳の色は、たしか……綺麗な緑色、だったと思います」
「……あちゃー、それ、カーラ様だわ。領主様のご息女」
「カーラ……さま?」
「うん、ここの領主様、領民思いでとても良い人なんだけどねぇ。夫婦揃って“カーラちゃん激甘モード”なのよ。兄が三人もいる末っ子で、しかも待望の女の子。そりゃまあ、家中が甘やかすってもんよ」
そう言ってフィアさんは、大きく息をついて肩を落とした。
「いやほんと、領主様ご本人はめちゃくちゃ立派なんだけどね。あの子の教育だけは唯一のウィークポイント。親バカって、どんな人でも変わらないんだねぇ……まったく、困ったもんだよ」
フィアさんの話では、カーラ様は今まで屋敷からあまり外に出なかったというのに、ここ最近は商店街に姿を表すことが増えたそうだ。
十歳の誕生日を期にお供を連れて外出することが許されて、今まであまり外に出られなかった反動なのだと領主屋敷の使用人が漏らしていたそうだ。
傍迷惑なのは町の住人。やはり、領主様の娘がくれば緊張するし、どんなわがままを言われても断ることは難しい。
先日なんて、カーラ様は小さな焼き菓子店で一人三つまでしか買えない限定品のお菓子を無理やり全部買い占めたそうだ。列には他のお客さんが並んでいたと言うのに。
典型的なわがまま貴族令嬢の話を聞いて、私の人形はそう簡単に取り戻すことはできないように思えた。
私は横にいる、赤い鳥にチラリと目を向けた。
すると、
『心配するでない。妾の本体はいずれあの小娘自ら手放すことになるじゃろうからな』
という声が私の耳に届いた。
師匠がどうするつもりなのかわからないけど、私にはなすすべがないのでもうすべてお任せするしかないと思った。
それに、今はこんな姿でも「地圏の大魔女」なのだ。きっと、私が知らない力を隠し持っているのだろう。
「それで、ミカ、親戚の家に行くって言っていたけど、これから行くのかい?」
「はい、ご飯を食べたら帰……行くつもりです」
「だけど、もう暗くなってきたのに一人で大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。乗り物が用意されてますから(師匠のトロリー車が)」
「ふーん、そうかい? それでも気をつけて行くんだよ」
「はい、ありがとうございます」
私はご飯を食べ終わると、心配そうな顔をするフィアさんを安心させるように笑顔で”まほろば亭”を後にした。
外に出るとすっかり日が落ちてしまったけど、道のあちこちに街灯があるので町の中はそれほど暗さを感じなかった。
人通りも意外と多く、治安が悪そうには見えない。
ここから、トロリー車がある地下階段があった廃屋まで歩いて十分もかからないだろうと、師匠が言った。
それくらいの時間なら幼児の私でも問題なく辿り着けるだろう。
と思ったのだが……
ーー不意に背後から布を口に押し当てられ、視界を覆われた。
そのまま、身体ごと担ぎ上げられる。
「……んっ!」
声を出す間もない。
私の中はパニック状態だ。
手足をバタバタさせるが、六歳児の体では抵抗虚しく逃れられない。
「悪く思うなよ。少しの辛抱だ」
低く響いた男の声。……なにこれ!?
何が起こったのかすぐに判断がつかない。
でも……この状況は……間違いなく私、攫われてる!?
どうしようっ…………
すると、師匠の声が聞こえた。
『ミカ、魔力を放出するのじゃ! 最初に妾を吹き飛ばしたように!』
そうだ! 私には魔法があったんだった!
焦りつつも、体内の魔力を意識する。熱が、ぐぐっとせり上がってくる。
そして……思いっきりその熱を体から放った。
ドォォォォンッッッ!!
ドサッ!
──盛大な爆音とともに、私は地面に叩きつけられた。
「い、痛いぃっ!」
急いで起き上がり、顔に被せられた布をはがした。
辺りを見渡すと──
道の奥には壁にめり込むように倒れている見知らぬ男の姿。
「げっ、あれって、やっぱり私の仕業……だよね……あの人大丈夫なの? まさか死んじゃったりしてないよね」
もし、死んでたら、私……殺人罪?
「異世界に来て殺人罪って……シャレになんないんだけど……あっ、でも私は幼児(見た目は)だから、これは親の責任ってことで……でも、ここに親はいないから保護者は……師匠? でも人形だしなぁ」
私がぶつぶつ考えていると、何やら通りの向こうが騒がしくなってきた。
「今の音はなんだ?」
「何があったんだ?」
「向こうの方から聞こえたぞ」
どうやらさっきの爆音で、町の人たちが騒いでいるらしい。
この場所に近づいてくる複数の足音。
やばいっ! この状況をどう説明したらいいの?
呆然と立ち尽くす私。
『ミカ、走るのじゃ!』
師匠の声で我にかえると、私は慌ててトロリー車がある地下階段を目指して駆け出したのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




