16, 魔力回路
トライアングルの青白い光の中にある椅子に腰掛けゆっくりと瞳を閉じた私。
「自分の中に眠る深層意識…………」
そう小さく呟いて集中する。
……とは言ったものの、正直どこをどう探せば“深層意識”が出てくるのかは謎である。
それよりも、私自身が眠りそうなんですけど……
やっぱり寝ちゃったらだめだよねぇ。
瞑想って、こんなにも眠りとの戦いだったっけ?
たしか座禅って“心を無にする”って聞いたことあるけど、無って何? 概念が難しすぎる。
無理だよね。だって、目を瞑ると色々考えちゃうもん。
あっ、そうだ。そういえばヨガでは呼吸に集中して瞑想するんだっけ。
よしっ、呼吸に集中っと。
深く吸って、ゆっくり息を吐く……
はい、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー
ヒーヒーフー、ヒーヒーフー、ん? ヒーヒーフー?
どこかで聞いた気がするぞ、このリズム。
あっ、そうだ。兄さんのお嫁さんが出産のときにやってたやつ!
ラマーズ法かよっ!
自分自身に突っ込んでしまった。
違う、違う、瞑想、瞑想っと。
やっぱり難しい。余計なことばかり考えてしまう。
……よし、落ち着け。今度こそ、瞑想……
あっ、そうだ。綺麗な景色を思い浮かべよう。
登山が趣味だった私は、山頂からの景色をイメージする。
眼下に広がる雲海は、まるで綿菓子のじゅうたん。
連なる稜線が青くグラデーションを描き、太陽が山肌を黄金色に染めていく。
田畑がパッチワークのように広がり、その間に点々と浮かぶ小さな家々――まるでおもちゃみたいだった。
たった数日前まで、私はあの世界にいたんだよね。
もう戻れないかもしれないと思うと、胸がきゅっと締めつけられる。
なんだか気持ちがしんみりしてしまった。
だめだ。
もう一度やりなおし。
そうだ、心の中で音楽を奏でればいいかな。
例えばクラシックで静かな曲とか……
うーん、なんの曲がいいだろう。
たーん、たらららら〜、たーたた〜♪
頭の中で流れ出したのは、たしかドビュッシーの「春の歌」……いや、名前合ってるか怪しいけど、それっぽいやつ!
それは、春の目覚めと自然の伊吹が込められた音の風景。
柔らかな光が大地を照らし、
モノトーンの世界が徐々に色づき、
小川の囁きや花のつぼみが音もなく開き始める様を思い浮かべる。
静から動へ、寒から暖へ。
感情が徐々にやわらかくほどけていく……心の奥深くに導かれるように空気の流れさえも感じられない 静けさの中へ……
フッ……突然頭の中に思い浮かべていた情景が全て消えて真っ暗になった。
少し先には闇の中にぽつりと浮かぶ、小さな光の塊。そこから一本、金色の糸がふわりと伸びている。
……あれを、掴まなきゃ。
理由は分からない。でも、どうしてもそうしなきゃいけない気がした。
私は手を伸ばす――けれど、届かない。
もっと近づかなければ。もっと……もっと……
気づけば、光の塊のすぐそばにいた。目の前に浮かぶ金色の糸を、そっと掴む。
その瞬間、糸はスルスルと動き出し、まるで生きているかのように私の体をぐるぐると巻いていった。
やがてその糸は、静かに体の中へと吸い込まれていく。
そして――
体が一気に、内側から沸騰するように熱くなった。
けれどそれは、不快ではなかった。不思議な充足感と、温もりに満ちていた。
ハッとして目を開けると、私はさっきと同じように、椅子に座ったままだった。
夢から覚めた様に辺りを見渡した。
青白い光のトライアングルが、静かに輝いている。
……なんだろう。体が、あったかい
手を見つめると、ほんのり光っているようにも見えた。
「ふむ。どうやら、無事に魔力回路が開いたようじゃな」
ふと顔を上げると、扉の前には師匠が満足げに頷いていた。
私はしばらく呆然と、目の前の人形……いや、元古の大魔女である師匠の姿を見つめていた。
「これで……ついに、魔法が使えるようになったのね……!」
じわりとこみ上げる感動。拳をぎゅっと握りしめ、私は静かに打ち震えた。
体の中にじんわりと温かさが広がっている。なんだか、すごく力が湧いてくるような……!
……が、師匠の次の一言が、その高まりを秒速で粉砕する。
「いや、まだまだじゃ。魔力回路が開いただけでは、魔法は使えぬ」
「えぇっ!? うそ、あれだけ感動してたのに!?」
思わず崩れ落ちそうになる私。もう脳内では思いっきり魔法使える気でいたのに!
「じゃあこの、体がポカポカしてる感じは何なのよ?」
「それは、今まで詰まっておった魔力がやっと体内を巡り始めたせいだから最初だけじゃ。要するに、血流が良くなったようなものじゃな。」
「いや、それ、ただの魔力版保温効果じゃん……!」
がっくりと肩を落とす私に、師匠はどこか楽しげに言葉を続けた。
「なに、心配するでない。そのために妾がいるのじゃ。じっくり、根気よく魔法を教えてやるから楽しみにしておるのじゃ」
「えっと……お手柔らかにお願いします」
嫌な予感がした私は下手に出ることにした。
人形の笑顔ってなんか怖い。
スパルタ方式じゃないことを祈る。
「ふむ、ミカの魔力からは風の性質を感じるな」
「風? えっと、ウィンドカッターとかウィンドバリアーとか?」
私はファンタジー物語で手に入れた乏しい風魔法の知識を思い出して師匠に尋ねた。
「なんじゃ、それは?」
「えっと、風魔法の”技”? かな?」
「なんで妾の疑問に答えるお主があやふやなんじゃ?」
思いっきり人形に呆れられた。
だって仕方がないじゃないか。
私の魔法知識なんてそんなものなのだから。
「まあよい。図書室にあった書物にも魔法書があるから後で読むといいじゃろう」
おお! 魔法書! 私は師匠の言葉で再びテンションが上がったのだった。




