第6話 盲導犬と地縛霊と見えない彼女
「うーん。あ、……今、何時?」
「わ、わふ、ぉっふ、ほふのはふふ」
「だ、だれ?」
あたしの声に驚いてベッドから勢いよくまりなさんが起き上がって、辺りを見渡す。視力は全くないというわけではなくうっすらとは見えるから、探しているのかもしれない。でも、ごめんなさい。
もう、ユーリちゃんはいないんです。
がんばって彼女に伝えなきゃ。ユーリちゃんのためにも話さなきゃいけない。
「――すっ、ずっと……」
もともと犬の声帯で人間の言語が話せるのか分からないけど、猫又ではなく人面犬も獣人だって言語は可能だったのなら、ラブラドールレトリバーだって返事は出来たくなんかないでしょう。あたし、がんばるんだ。
「ずっと、ゆーりちゃんとみてました」
「だれっ、だれなのよ! ユーリ! ユーリぃい!」
「ゆーりちゃんは、さきほどたびたたれました。てんじゅをまっとうされたんです」
「ユーリはまだ九歳よ! 現役バリバリの盲導犬なのっ! 死ぬのなんか、まだまだ先なのよ! いい加減にしてちょうだい! 面白くもないじょ――」
犬の短い肉球の手でまりなさんの太ももを叩いてみせた。びく、と彼女の身体がビクついたのが分かる。
あたしが実在するとわかってもらえただろう。
そうだと思いたいという気持ちもあるのは確かだよ。事実を受けいれることは大変だろう。よりにもよって寝起きだ。今の感情だと納得も出来ないだろうし、受け入れることは誰だって難しいはずだよ。
「どうして、どうして死んじゃったの? 昨日まで、今日だって元気だったじゃないぃい! ゆぅうぅりぃい~~っ!」
「この居室の地縛霊でしかないあたしに、ユーリちゃんはこの身体を、まりなさんに寄り添う条件でくれたんです」
「あぁアァああぁっ!」
両手で顔を覆い泣きじゃくるまりなさんに、あたしにはまだしなければならない。あたしには無くていいもの、そしてまりなさんに必要なものだ。
ラブラドールレトリバーのままではあげられないものを、妖怪の人面犬や獣人みたいになることを、頭に思い描いてがんばって身体を創り返ればいいんだ。
猫もがんばって妖怪猫又になるんだもの、犬だって可能であるはずだ。
「ユーリちゃんの瞳を贈ります」
ゴキバキ! と全身の骨が鈍く鳴って創り替えていくのが分かる。どんな姿になったのかはあたしからは見えないけど、まりなさんを見下ろす恰好に変わっていた。
彼女からどういう風に見えているのかわからないけど、あたしもこれなら彼女の横で寄り添える、どんな生態にも負けはしないと自信が湧いたんだ。
まりなさんのおでこにあたしのおでこをくっつけた。
「あたしには必要ないものなので受け取ってください」