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愛しの王子様が私に婚約破棄!? こんなの幻術に決まってますわ!

 王城で婚約発表が成された。

 カップルは伯爵家の令嬢レアリス・テールと王国の第一王子エゼル・レッツェン。

 レアリスはかぐわしい金髪の両サイドを縦に巻いた髪型が特徴的な令嬢。紅いドレスを着用し、右手には扇子を持つ。青い瞳の目元はパッチリしているが、眼光は鋭い。その容姿通り、非常に気も強い。婚約発表の場においてもまるで物怖じしていない。

 一方のエゼルも第一王子の地位に相応しい風格のある美丈夫である。世にも珍しい翠色の髪と瞳、顔立ちは凛々しくも爽やか。そんな彼が白い礼服を纏うと、どこか人間離れした神聖さを漂わせる。


 二人の出会いはこのようなものだった。

 ある日の夜会で、ある令息が粗相をしたメイドを延々と叱り続けていた。

 粗相はもちろんよくないことではあるが、叱責の度合いは明らかにいきすぎであり、周囲の出席者も眉をひそめていた。

 そんな時、突然レアリスが令息の頬を扇子ではたく。

 狼狽する令息に、レアリスは言ってのける。


「わざとやったわけでもあるまいし、いつまでネチネチ怒り続けているの! あなたのやっていることの方がよっぽど粗相だわ!」


 令息はたじたじになり、すぐさまその場から逃げ去った。

 レアリスはメイドへのフォローも忘れない。


「喉が渇いたわ。あなた、お茶を淹れてちょうだい。ゆっくりでいいからね」


「は、はいっ!」


 仕事を与えることで、彼女に“自分は必要とされている”と思わせ、罪悪感を軽減させるのが狙いだった。

 実際に、メイドはこれで落ち着くことができ、これ以降この夜会でミスは犯さなかった。


 この光景を見ていたのがエゼルである。

 この夜会は中流階級向けのものだったが、エゼルはお忍びで参加していた。

 そして――「彼女を妃にしたい」と強く願うようになり、アプローチをかけ、見事婚約に至った。


 婚約発表会にて、レアリスは扇子をあおぎながら言い放つ。


「私はエゼル様が大好きですし、エゼル様も私が大好き。まさに理想のカップル! 私は世界一幸せな王子妃に、ゆくゆくは世界一幸せな王妃になりますわ!」


 エゼルも落ち着いた表情で告げる。


「彼女の期待に応えられるような、立派な夫になってみせます」


 集まった記者たちはレアリスの態度には多少呆れたものの、幸せそうな二人を見て、概ね好意的な感触を抱いた。

 明日以降、二人の熱愛ぶりが国民に報道されることは間違いない。


 さて、そんな婚約を歓迎しない者が一人――


(まずいぞ。あの結婚が成立すれば、兄上の次期国王は盤石なものとなってしまう)


 第二王子エディン・レッツェンである。

 風貌はエゼルに似ているが、兄に比べると今一つ華のない彼は、まだ後継者レースを諦めてはいなかった。

 だが、この婚姻が成り立ってしまうと世間からの祝福ムードも手伝って、エディンが逆転することは極めて難しくなってしまう。

 なんとしても二人を別れさせねばならない。


 そこで彼は一人の“幻術士”を雇った。



***



 灰色のフードとローブを纏った不気味な男であった。

 エディンは自室の椅子に座り、その男を迎える。


「お前が幻術士か」


「ラズマと申しまス」


 ラズマの口調はどこか片言で、独特だった。

 さっそくエディンが依頼内容を話す。


「お前の幻術で我が兄エゼルとその婚約者レアリスを破局させてくれ」


「理由はやはり、後継者争いに勝つため、デ……?」


 エディンは目を細める。


「聞くな。もちろん、成功報酬はたっぷり払う」


「失礼しましタ。ワタシのような幻術士も今は生活が苦しくて、こういった話は大歓迎でス」


「……」


「さて、幻術にはそれなりの準備が必要でス。お二人のスケジュールで分かっていることはありますカ?」


「あの二人は毎週日曜日の午後、教会に祈りに行く」


 これを聞いたラズマはニタリと笑う。


「幻術を仕掛けやすい絶好のロケーションですネ。よろしい、次の日曜にはあの二人には“悪夢”を見せてやりますヨ。お互いが別れたくなるようなとびきりの悪夢をネ」


「頼んだぞ」


 エディンは成功を確信し、「この破局で心に傷を負った兄上につけ込めれば、後継者レースの逆転はまだ十分あり得る」とほくそ笑んだ。



***



 次の日曜日、婚約発表したばかりのレアリスとエゼルが、王都内の教会に来ていた。


「さあエゼル様、今日も二人でお祈りしましょう!」


「そうだね」


 二人が教会の扉を開けると、どうも様子がおかしい。

 中は薄暗く、にわかに紫色の霧が立ち込め、しかも香のような匂いが漂う。


「どうしたのかしら……?」レアリスは首を傾げる。


「なにか様子がおかしいね」エゼルもいぶかしむ。


「司祭様に何かあったのかもしれませんわね!」


 レアリスは教会の奥へ歩いていく。


「レアリス、気をつけて……!」


 エゼルはそう言いつつ、真っ先に司祭のことを心配してみせたレアリスに、尊敬の念を抱いた。

 だが、これこそ教会に潜む悪意の思う壺。


 二人は幻術士ラズマの手の中に入ってしまったのだ――



***



 教会が突如、明るさを取り戻した。

 レアリスは周辺のランプがついたのだと安心する。


「よかった! これでお祈りができますわね!」


 レアリスが振り返ると、そこには睨みつけるような表情のエゼルがいた。


「エゼル……様?」


「前々から思っていたんだが、やはり君のような娘は私の婚約者に相応しくない」


 突然敵意を向けられ、レアリスは困惑する。


「何をおっしゃってるの、エゼル様……」


「悪いが、君とは今日限りだ」


「なんですって?」


「レアリス・テール、君との婚約を破棄する!」


「……ッ!」


 あまりに唐突な婚約破棄に、レアリスは呆然とする。


「大して美人でもなく、身分もたかが伯爵家出身、性格は高飛車、君にいいところなんか一つもない。君が王子妃、ましてや王妃になんてなったら、この王国は暗黒時代を迎えるだろうね。だからさっさとこの場から消えて、もっと自分に相応しい男と結婚してくれたまえよ。相手がいればの話だがね」


 エゼルはあざけるような笑みで矢継ぎ早にレアリスを罵る。

 だが、レアリスは打って変わって平然とした表情をしている。


「……!?」エゼルが目を見開く。


「エゼル様がそんなことをおっしゃるわけありませんわ」


「は?」


「だってエゼル様は……私をとっても愛してくれてますもの!」


 目を輝かせるレアリスに、エゼルはのけぞる。


「な……!?」


「じゃあ、あなたはなんなのかって話になるのですけど……」


 レアリスはエゼルをじっと見つめる。


「あなた、ひょっとして幻では?」


「なに……!?」エゼルは驚愕する。


「そういえば、この世には“幻術士”なる職業があると聞いたことがあるわ。その方にかかれば、極めて現実に近い幻を見せることも可能だと……」


「聞いたことあるって……何を言ってるんだ、君は。幻術士なんて、君は会ったことがないだろう」


「ありませんけど、そうでなければ説明がつきませんもの。エゼル様が私との婚約を破棄するなんてあり得ませんから」


「あり得ませんじゃなく、現にこうして言い渡してるだろう!」


 エゼルが語気を荒げるが、レアリスは気にしない。


「もうあなたは話さなくて結構。どうせ幻なんだから」


「な、なんだとぉ~!?」


「となると、幻術士の後ろにいるのは誰なのかが気になりますわね。私とエゼル様と仲違いさせて得をする人間といえば、やはり彼かしら。エゼル様の弟、エディン殿下」


「……! エディンは関係ない!」


「エディン殿下がこの世のどこかにいると思われる幻術士と連絡を取って、私とエゼル様を仲違いさせようとした……これで全ての辻褄が合いますわ!」


 勝手に結論を出してしまうレアリスに、エゼルは顔を赤くして詰め寄る。


「どこが合ってるんだ! 妄言ばかりほざいて、夢でも見てるんじゃないのか!?」


「そう、これは夢……悪夢。だけど、夢とはいえ、エゼル様から婚約破棄を言い渡されるという貴重な体験ができましたわ。感謝します」


「私の話を聞け!」


 激怒するエゼルに、レアリスは厳しい眼差しを向ける。


「それはこっちの台詞ですわ。いい加減、観念なさい。幻のエゼル様、あなたはすぐに消え去りなさい!!!」


「ぐ……ぐおおおおおっ……!」


 レアリスの一喝を受けると、エゼルの体が霧のように溶けていった。

 これを見て、レアリスは「思った通りでしたわ」という笑みを浮かべた。



***



 ――レアリスは正気に返った。


 目の前には幻術士ラズマがいる。


「こんなことガ……ワタシの術を破るなんテ……」


 レアリスはしてやったりという表情だ。


「やっぱり幻だったのね」


「グ……!」


「私に婚約破棄の幻を見せて、エゼル様を嫌いにさせようとしたんでしょうが、残念でしたわね」


 ラズマは悔しそうに唇を噛む。


「あんな幻ではそこらの女子は騙せても、私は騙せませんわよ。私はエゼル様を心から愛していますし、愛されているのですから」


「確かに、ワタシの幻術を見破ったことは褒めてやろウ……」


「まだ何か?」


「お前の王子への愛は本物だったから幻を見抜けタ。だが、お前の相手はまだ幻の中にいるゾ!」


 レアリスと同時に術にかかったエゼルは、まだ幻術に囚われたままである。

 心ここにあらずという表情で、その場に立ち尽くしている。


「……エゼル様!」


「こいつに見せている幻も、お前と同じものだ。お前から婚約破棄を言い渡されるといウ……。どうやら、こいつは破れていないようだナァ!」


 レアリスの顔が曇る。


「どうやら、お前の愛はいわゆる“片想い”だったようダ! アッハッハッハ!」


 ラズマが高笑いする。

 ところが――


「さっきから、君は誰だ?」


 エゼルが突然こう言い出した。

 一体、彼には何が起こっているのか――



***



 エゼルの前には婚約者レアリスがいる。

 しかし、エゼルは彼女にこう言った。


「さっきから、君は誰だ?」


「誰って……私ですわ。レアリス・テールですわ!」


 顔も髪型も服装も、声に至るまで、目の前にいるのはレアリスそのものである。

 だが、エゼルは首を傾げる。


「確かに似てはいるかもしれない。が、君はレアリスの美しさには遠く及ばない」


「なんですって!?」


 レアリスがぎょっとした表情をする。

 これも、彼女そのものといえる仕草なのだが――


「なんといったらいいのか、君はレアリスとは全然違うんだよ。一目見た瞬間から『誰だ?』ってなっていた」


「そんなはずありません! 私はあなたの記憶にあるレアリスそのもののはずです!」


「そうなんだよ。確かに君は私の記憶にあるレアリスそのものだ」


「でしょう!?」


 レアリスは笑むが――


「だけど、それがおかしいんだ。私の記憶、脳如きが彼女の美しさを正確に記憶できているはずがないからね」


「へ……」


「だから、悪いんだけど、君は別人にしか見えないんだ」


 エゼルは心の底からレアリスに惚れ込んでいる。

 実物のレアリスは、自分の中にいるレアリス以上に美しいと認識している。

 だからこそ、目の前のレアリスはよく似た別人にしか見えなかった。


「こんなことが……! こんなことが……!」


 歯噛みするレアリスを、エゼルは睨みつける。


「もう一度だけ聞こう。君は誰だ!!!」


「い……いやぁぁぁぁぁ……!」


 エゼルの問いに答えられず、レアリスの体が霧のように溶けていった。

 これを見たエゼルは「消えた……!?」と大いに驚いた。



***



 ――エゼルも正気に戻った。


 すぐそばには本物のレアリスと幻術士ラズマがいた。


「レアリス! ……と誰?」


 エゼルは実物のレアリスをすぐ見抜くと同時に、不気味なラズマにたじろぐ。


「オッホッホ、どうやらエゼル様も幻術を破ったようですわね」


「幻術……?」


 エゼルは状況をまだ分かっていない。


「ワタシの術が一度ならず二度までモ……!」


 わななくラズマだが、エゼルはわけも分からずきょとんとする他なかった。


「すまない。状況を説明してくれ! さっきから変なことばかり起きて、混乱してるんだ!」



***



 レアリスが事情を説明し、エゼルは全てを理解した。


「なるほど……私は幻術にかけられていたわけか」


「そういうことですわ」


 ラズマの幻術は完璧だったといっていい。二人の記憶から再現した恋人の幻を見せ、婚約破棄を宣言させる。ここまではよかった。

 だが、レアリスはエゼルからの愛を確信しており、婚約破棄を告げるエゼルは偽者で幻術であると看破。背後に潜む黒幕まで当ててみせた。

 エゼルは自身の記憶から生み出されたレアリスの幻を、そもそも最初から別人と認識。幻術そのものは見抜けなかったが、惑わされることもなかった。

 どちらの愛が上なのか――判定が悩ましいところだが、どちらの愛も素晴らしいものだったと言わざるを得ないだろう。


 幻術を破られへたり込むラズマを、レアリスが楽しそうに問いただす。


「さあ、なぜこんなことをしたのか、説明してもらいましょうか。黒幕はすでに察しがついていますけど」


「うぐ、ぐ……それハ……」


 一方、エゼルは冷たい眼差しでラズマを睨む。


「答えろ」


 容赦のない問い詰め方に、ラズマだけでなくレアリスも驚く。


「私に幻術をかけるだけならまだしもレアリスにまで……。もし彼女に幻術の後遺症があったら、どうなるか分かっているだろうな」


「いえっ! ワタシの幻術は後遺症など残さない安全性がウリでしテ……!」


 恋仲の二人を仲違いさせようとして安全性を謳うのもおかしい話だが、嘘は言っていないようだ。


「そうか、なら早く答えろ。そうすれば命だけは取らないでやる」


「分かりましタ……お話ししまス!」


 ラズマは助かりたい一心で全てを話した。

 幻術が通じなかった二人に稚拙な嘘が通じるとは思えず、ありのままを暴露するしかなかった。エディンから依頼を受け、教会に罠を張ったと。ちなみに教会の司祭は別室に眠らせているという。


「そうか。黒幕はエディンか……」


「私の思った通りでしたわね」


 レアリスとしては予想通りだが、兄であるエゼルはやはりショックを受ける。が、すぐに立ち直る。


「このままにはしておけないな」


「どうなさいます?」


「こんなことをしでかしても、血を分けた弟だ。手荒なことはしたくない。かといって国王の座はきっちり諦めさせねばならない」


 弟に情はあるが、ここで厳しく処罰できないようではとても王にはなれない。

 エゼルの葛藤が見て取れる。

 すると、レアリスが――


「エディン殿下の命までは奪わず、なおかつ国王の座は諦めさせる……いい方法がありますわ!」


「どんな方法だい?」


「目の前でがっくりしているこの方を使うのです」


 ラズマはきょとんとする。


「ワタシ……?」



***



 第二王子エディンの野望はついに成就した。

 エゼルはレアリスとの破局をきっかけに身を持ち崩し、父である国王から王太子の資格なしと見なされ、王家から追放されてしまう。

 晴れて王太子となったエディンは、城下町で拍手喝采を浴びる。


「エディン殿下、バンザーイ!」

「エディン様、素敵!」

「あなたこそ国王に相応しい!」


 群衆に向け、エディンはにこやかに手を振る。


「ありがとう……。みんな、ありがとう……!」


 すると、こんな声援が飛び込んできた。


「エディン様、服なんかお脱ぎになって!」


「え」


「私も殿下の神々しいお体を拝見したいです!」


 次々に脱げコールが湧いてきて、王太子になった興奮も手伝い、ついにエディンもその気になる。


「……いいだろう。私の体を見せてやろう!」


 エディンは白いシルクのトランクス姿になる。

 彼の肉体は王族の嗜みとして剣術や馬術をこなしているので、それなりに引き締まっていた。

 ポーズまで決めてみせる。


「素晴らしい!」

「なんてお美しい……」

「さあ、街のみんなに見せて下さい! あなたの神々しい肉体を!」


 エディンは嬉しそうにうなずく。


「ああ、そうさせてもらおう」


 トランクス姿のまま、城下町を得意げに練り歩くエディン。

 未来の国王に向けた熱烈なコールを全身に受けつつ――




 ――そして、これらは全て幻術によるものであった。


 エディンは確かにトランクス一丁で街を歩いていた。

 ただし、彼を包み込む熱烈なコールなどなく、取り巻きもなく、たった一人で。


 その様子を物陰から見ているのは、レアリス、エゼル、ラズマの三人。


「いい気味ですわ」レアリスは顎を上げる。


「しかし、楽しそうに歩いてるな……」エゼルは弟の醜態を複雑な気持ちで見守る。


「ここまで見事に幻術にかかるとハ……。よほど心にストレスを溜めていたのかもしれませんネ……」術をかけた張本人(ラズマ)も驚いている。


 この件は当然、国王の耳にも入り――


「馬鹿者が、王家の恥を晒しおって! そんなに下着姿でいたいのなら、僻地で温泉が出た地域があったな……。あそこに送り込んでやるわ!」


 エディンはある地方の統治を任されることとなった。

 温泉が湧いたとはいえ、これまで領主らしい領主も不在だった僻地中の僻地。左遷もいいところであった。

 エディンが王太子になる可能性はこれで完全に断たれたといっていい。


 これを聞いたレアリスは扇子を片手に高笑いする。


「当然の処置ですわ! これでも甘いくらいよ! 五体満足で王子を続けられることに感謝して欲しいわ!」


 エゼルはレアリスに同調しつつ、弟にも同情を示す。


「私だけでなく君にまで危害を加えようとしたからね。まあ僻地とはいえ、領地を持つことになるんだ。しっかり仕事をしてもらいたいね」


 こうして第二王子エディンとも決着をつけ、もはや障害はなくなった。


 レアリスは愛しのエゼルとともに、予定通り婚姻を結ぶこととなった。

 ウェディングドレス姿のレアリスは教会の祭壇の前で、エゼルにこうささやく。


「これは幻ではありませんわね」


「ああ、もちろんだよ。レアリス」



***



 王子妃となったレアリスは、王宮で幸せな日々を送る。

 私室にてエゼルと紅茶を楽しみつつ、談笑する。


「この間の旅行はよかったね。レアリス」


「ええ、エディン殿下もお元気そうでなによりでしたわ」


 僻地送りとなったエディンは、心を入れ替えたように温泉経営に邁進していた。

 日に焼け、体つきは逞しくなり、タンクトップ姿で二人を出迎え――


『やぁ、兄上! レアリスさん! 私の温泉で、日頃の疲れを癒していってくれ!』


 エディンは見違えたように生き生きしていた。

 元々王宮で細かな権謀術数を張り巡らせるより、辺境で自然に立ち向かう方が向いているタイプだったようだ。


 さて、彼に雇われていた幻術士ラズマはというと、今も王宮にいる。

 ひとまずは処罰を免れ、レアリスのアイディアで“王宮幻術士”という役職を新設され、日々活躍している。


「お呼びでしょうカ、殿下」


「今日は私とレアリスに、星空でも見せてくれないか」


「かしこまりましタ。では術の準備をしましょウ」


 部屋を薄暗くし、香を焚き、ラズマが術式の呪文を唱える。

 まもなく、術が効力を発揮する。

 エゼルとレアリスは、山奥に行っても見られないような満天の星空を楽しむ。


「まぁ、素敵ですわ!」


「いい眺めだ……」


 非現実的な幻は、王子と妃として日々厳しい現実を生きる二人にとっては、いい気晴らしになる。

 幻術は人を惑わすだけではない――まっすぐな道を歩ませることにも使えるのだ。


 満足すると、二人はラズマに幻術を解かせ、退室させる。


「幻術でリフレッシュできましたわね」


「ああ、ラズマには給金を弾まないとね」


 星空を眺めたばかりという高揚感も手伝い、二人はそのまま見つめ合う。


「でも幻もいいですけど、やはり一番は現実にいるあなたですわ」


「私も同意見さ」


 抱擁を交わす。

 紛れもなく現実にいる愛しき人の感触は、格別なものだった。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
スゲえよ、あっさり幻術打ち破った!? ラズマさん、このバカップルの舞台装置のようになってしまって…………。何時でも何処でも、砂糖を吐くようなシーンを見続けるという苦行を重ねなくてはいけないんだな………
バカップル主人公より、むしろ僻地送りにされたエディンの方が色々気になった(おいっ) いや、爽やかになりすぎやろ(笑) ある意味追放系で一本話を書けるような体験でもしたのかな?
婚約破棄されたことを受け入れられず現実逃避でもしてしまうのかな? と思いきや本当に幻術とは。しかも打ち破り方がこれまたご馳走様案件でしたね。自分が完璧すぎる再現を出来るはずがないからって……。 その後…
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