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戦いの疲れを癒す、温泉とごちそう

夕日が沈む頃、戦いを終えた兵士たちが少しずつ集まってきて、簡易な食卓が準備された。緊張感から解き放たれた彼らの顔に、安堵の色が見える。


私も席に腰を下ろすと、エマさんが隣にすっと座り、自然と他の兵士たちも輪を囲むように席についた。食卓には、焼きたての香ばしいパンに、キャベツに似た野菜がたっぷり入ったスープ、それから風味豊かなハーブで味付けされたロースト肉がずらりと並んでいる。どれも異世界ならではの料理らしいが、どこか懐かしさも感じる。


恐る恐るスープをひと口飲むと、ほんのりとした甘みが口の中に広がり、野菜がスープの旨味を引き出しているのに気づいた私は、思わず笑みを浮かべた。


「これ、おいしい! 異世界の料理でも、私の世界と似てる味があるんだ!」


感動しながらつぶやくと、周りの兵士たちがにっこりと微笑んで頷いた。すぐそばの兵士が楽しそうに応えてくれる。


「お口に合うなら何よりです、アンナ様。これはここの名物なんです。みんなで戦いの後にこれを食べると、疲れがとれるんですよ」


その言葉にちょっと照れつつ、さらにパンを手に取り、次に肉をひと切れ頬張る。ふわっとスパイスが香り、さっきのスープとまた違う風味が広がる。


「このパンもお肉もおいしい! スパイスがすごく効いてる!」


私が驚きながら食べる様子を見て、エマさんがそっと優しい表情で声をかけた


「アンナちゃんが楽しんでくれて嬉しいわ。異世界に来て初めてのご飯だからね」


ーーー


楽しい夕食の時間が流れていく中、ふと、遅れて誰かがよろよろと歩いてくる。あれは……


「テオロフさん!」


驚いて呼びかけると、テオロフさんは少し恥ずかしそうに苦笑しながらふらつく足取りでこちらに向かってきた。すかさず兵士たちが彼の肩を支える。


「いやはや、召喚で魔力を使い果たしてしまい、戦いの間も気を失っておったとは……情けない限りだ」


テオロフさんが頭を下げ、私に向き直ってしっかりと目を合わせると、深い敬意とともに語りかけた。


「アンナよ、お主の力で、この王国がこうして守られた。本当に助かったぞ」


「いえ、私一人の力じゃなくて、みんなが頑張ってくれたおかげです」


そう言って私は照れくさくなり、思わず目をそらして笑った。




宴もやがてお開きが近づき、夜の帳がゆっくりと降りてくる。遠くで兵士たちの笑い声がかすかに聞こえ、炎の明かりに照らされたその場は、穏やかな光に包まれていた。


その時、隣にいたエマさんが私にそっと声をかけてきた。


「ねえ、アンナちゃん。この世界には温泉があるのよ。実は、あなたの前に異世界から呼ばれた方が作ってくれたの」


「えっ? マジで!? この世界で温泉に入れるなんて思ってなかった! 嬉しい!」


私が喜びを隠せないでいると、エマは微笑みながら軽く頷いてくれた。


「ふふ、そんなに喜んでくれるなら案内するわ。せっかくだし、行きましょうか」


気分が一気に高揚してきた私は、エマさんと一緒に温泉へと向かった。夜道を歩く私たちを、街の人々がほっとしたように温かい目で見送ってくれる。通りすがりの老紳士がほっと息をつきながら私に声をかけてきた。


「お嬢さん、ありがとうよ。助けてくれたおかげで、こうして無事に夜を迎えられるんじゃ」


「いえ、こちらこそ……これからも頑張りますね!」


他にも通りすがりの人々が次々と感謝の言葉をかけてくれて、その温かな声が私の心にじんわりと染み渡ってくる。




やがて到着した温泉の入り口は、趣ある石造りで風情が漂っている。浴場に入るとふわりと湯気が漂い、ほっと息が漏れてしまった。


女湯に進むと、湯船にはすでに多くの女性たちが浸かっており、皆がリラックスした様子で談笑している。ふと周囲に目をやると、みんな立派なスタイルの持ち主ばかり。つい自分と比べてしまい、心の中で叫んでしまった。


え、えー!? この世界の人たちって……これが普通なの? やば、私……。


自分の胸元にそっと視線を落とすと、どうにも気後れしてしまう。そんな中、湯気の中から、整った形と完璧なサイズ感のエマさんの姿が現れた。私と目が合うと、思わず心の中で降参するしかなかった。


ま、まじですか……完敗ですわ……。


湯船にゆったりと浸かりながら、私はふと今日の戦いを思い出し、エマさんに尋ねた。


「そういえば、戦ってる最中、魔法を使う人が一人もいなかったのが意外だったんだ。もしかして、この世界には魔法を使える人って少ないの?」


エマさんはゆっくりと湯に身を沈め、少し考えるようにしながら頷いた。


「そうなのよ。魔力自体を持っている人はそれなりにいるけれど、魔法を本当に扱える人はほとんどいないの」


「そうなんだ……それなら、今回私たちが勝てたのも頷けるかもね」


「ええ、実際に魔法を操れる人はとても希少なの。だから、アンナちゃんを召喚するときも、魔法を使えないけれど魔力を持っている人たちが集まって転移陣を組んだのよ」


エマは湯気の向こうで穏やかに微笑みながら続けた。


「召喚の際、中心になったのはテオロフさんと私だけど、転移陣を作るには膨大な魔力が必要で、私たち二人だけじゃ全然足りなくてね。だから、他のみんなには魔力だけを貸してもらった感じかしら」


なるほどね。魔法を自在に操れる人が少ない世界なんだ……そう思うと、異世界召喚の難しさが少し見えてきた気がする。


「ねえ、エマさん。私の前に召喚された異世界の人って、どんな人だったの?」


エマさんは、懐かしむように目を細め、ゆっくり頷いた。


「実はね、その方がこの温泉を作ってくれたのよ。スキルは『湯脈探知(ゆみゃくたんち)』っていって、遠くの湯脈を見つけて、その場所に温泉を湧かせる力があったの」


……え? いや、そのスキル、私じゃなくてほんと良かった。内心ほっとしちゃうわ、スキルガチャって本当に怖い……。


「でもね、その方、結構な美形だったのよ。しばらくは国民の女の子たちが一目見ようと殺到して、王宮の前には人だかりができるほどでね。しかも、それを見てた国王も、実はだいぶ嫉妬してたみたい」


思わず笑いそうになる私を見て、エマさんが小さく肩をすくめ、微苦笑を浮かべて続けた。


「国民はその方が作ってくれた温泉をとても喜んでいたの。でもね、温泉を湧かせるスキルは戦いには役立たないからって、国王とちょっと揉めてしまって……」


そりゃそうなるわよね……。


私は、エマさんに向けて同情の表情を浮かべた。


少し間を置いて、エマさんがふっと視線を落とし、しおらしげに言った。


「勝手に召喚してしまって、ごめんなさいね、アンナちゃん。あっちの世界のほうが良かったわよね……」


「えっ、そんなことないよ! あっちの世界では楽しいことなんて全然なかったし、むしろちょっとワクワクしてるくらいだもん」


私の言葉に、エマさんは安心したように、そっと肩に手を置いた。


「そう、そう言ってくれるなら嬉しいわ。ところで明後日からは領土の奪還に向かうのよね? やっぱり、明日はゆっくり休みたいよね? アンナちゃん」


「え? なんで? 私、みんなみたいに戦って疲れてるわけじゃないから……」


エマさんはいたずらっぽく微笑んで私を見つめる。


「それなら、明日少しだけ魔法を覚えてみない?」


「えっ、魔法? やりたい! エマさん、ぜひ教えて!」


「ふふ、わかったわ。優しく教えてあげる。アンナちゃんは魔力も十分あるし、きっとすぐに使いこなせるわよ」


「ありがとう! よーし、明日に備えて早く寝ないとね!」


そう言って温泉を出た後、エマさんが私を部屋まで案内してくれた。廊下を歩きながら、エマさんと軽く手を振り合って別れ、部屋に入ると、そこにはふかふかのベッドが待っていた。


……そういえば、私、前の世界で残業して帰ってきて、それから寝てなかったんだっけ。


今さら気づいてどっと疲れが押し寄せ、思わずベッドに飛び込む。ふわっと包まれる感触に安心して、そのまま心地よい眠りへと落ちていった。

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