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④灯猫いくみん

 夜、学校、二階の廊下。

 昼間ならまず間違いなく怒られるスピードで、私はひたすらに走っていた。


「追えーッ!」

「あの邪魔者を壊せ!」

「ぐちゃぐちゃに壊し尽くせ!」


 怒号が、怨嗟が、死が、背後からやってくる。

 私は、一心不乱に逃げ続けた。

 逃げると言っても何処に? 心当たりはない。

 学校の中の近道なんて知らないし、私が知ってるものならこの辺で亡くなったというあの人たちでも知っている。

 ……というか、そもそも考える余裕そのものが、私には無かった。


「はぁ、はぁ……こっちか」


 廊下の端っこ辺り、右側に一階へ繋がる階段を見つける。

 ついさっき登ってきたばかりのそれをちょびっと通り過ぎ、慌てて私は駆け降りた。

 一段飛ばし、一段飛ばし、一回踏み外して二段飛ばし、もう一段飛ばそうとして盛大に足を踏み外し。

 五段ほど転げ落ちると、私はもう踊り場についていた。


「痛……くない。大丈夫」


 私はすぐに起き上がった。

 このまま倒れていたら捕まるのがオチだ。私は痛みなんて少しも感じていないふりをして、無理矢理足を進めた。

 すると、踊り場を抜けたあたりから、本当に少しも痛くなくなった。

 多分アドレナリンって奴なんだけど、そんなことは私にとってどうでもよかった。

 まだ全然走れる。ただそれだけを思いながら、私は階段を駆け下りた。

 後半も二、三段転げ落ちはしたけれど、私はどうにか一階にたどり着いた。

 ここから目指すなら……私は一瞬だけ考え、そしてすぐに学校の出口、昇降口の方へと走り出した。

 学校の外にさえ出てしまえば、少しは余裕ができるかもしれない。とりあえずお姉ちゃんに、誰か大人に会えさえすれば……


「やっと見つけましたよ」


 突然、目の前から声がした。

 さっきまで誰もいなかったはずなのに。そこには、見覚えのあるタキシードにマント、そして仮面の子どもが、一人でそこに立っていた。

 さっきの二人組の片割れだ。


「な……なんで」

「儀式が途中で止まってしまい、どういう事かと手分けして探していたんです。誰かが故意に邪魔をしたという事なら、然るべき罰を受けてもらわないといけませんしね」


 ダメだ。絶対に許してもらえない。

 後ろからの死者たちが、いつ追いついてくるかも分からない。もう無理なんじゃ……そんな絶望が、私の頭の中を駆け巡った。

 しかし、子供の口から出た言葉は、想定外のものだった。


「でも、今回はちょっと事情が違ってきますね。あなた生きてますし」

「……え?」

「最初見たときは、栄養失調でかな、可哀そうに……と思ったのですが、そういえば今日はハロウィンって奴でしたね。メイク、汗で落ちちゃってますよ」


 そう言われ、頬に手を付けてみる。

 すると指には、落ちたメイクの跡がついていた。


「……私は、どうなるんですか?」

「本来、生きてる人間が気付かぬうちにここに来るなんてこと自体がありえませんので、入った邪魔者はすぐに排除するのがルールなのですが……ハロウィンは、いわゆるあの世とこの世の境界線が緩くなっている日、らしいですよ」

「え、じゃあっ……」

「ええ、コレは流石に仕方がない。儀式なら、やり直せばいい話ですし」


 仮面の奥からの声は、どこか優しいもので。

 私は、気付くとその場に座り込んでいた。


「はぁ……よかったぁ……」

「さあ、早く出た方がいいですよ。あの人たちはあなたの事情を知る由もないし……」


 私は立ち上がれなかった。疲れもあるし、転げ落ちた分の痛みにも襲われていたから。

 でも、これで帰れる……そう思った時。

 私の右腕の包帯が、突然炎に包まれた。


「……こうなるのがオチだから、という事をちょうど言おうとしたんです、私は」


 後ろを見る余裕はなかったが、それでもなんとなく分かった。

 きっと死人たちは追いついたんだ、私に。

 それも……仮面の子どものもう一人と一緒に。


「やっと見つけたぞ邪魔者ォ!」

「あんなもののために火を使わせて、本当にすみません……」

「お二人は儀式の準備を。こいつは俺たちでぐちゃぐちゃに壊してやりますから」


 罵声を中心に、色んな声が飛ぶ。が、それもよく聞こえはしない。

 聞こえたところで、それを言葉として考えることなんて出来やしない。

 私は腕を焼かれ、その場で悶え苦しむ他何もできなかった。

 熱い……熱い熱い熱い熱い熱い。

 なんで。仕方ないんじゃなかったの?

 もう昇降口なのに、もう学校からはすぐに出られるのに。どうして?

 私、このまま、死んじゃう、の?


 ……いやだ。

 私は咄嗟に、火のついた包帯に食らいついた。


「え!? あなた、一体何をっ……」


 私を守ってくれようとした方の子どもが何か聞いてきたが、私の耳には届かなかった。

どうやら怖さと痛さと、生きてまたお姉ちゃんやみんなに会いたいっていう想いが、どうしようもなくぐちゃぐちゃに入り混じって、私の頭は本格的におかしくなってしまったらしい。

 というわけで次の瞬間、噛みついた包帯を無理矢理引きはがして、小枝を拾ってふざけてる時の健太や大雅みたく右手に持って、立ち上がり……

 そして目の前にいる仮面の子の肩を強引に掴み、死人たちの方を振り返った。

 そういえば今日はハロウィンだ。

 彼らの驚愕する顔を見て、私は……これまでの人生で、一番大きな声で。


「トリック・オア・トリート! 私をここから出してくれなきゃっ……この子ごとみんな焼いちゃうぞっ!」


 なんならお菓子もくださいなと、付け足す余裕こそ流石になかったが。

 私はそう叫び、燃える包帯を彼らに突きつけていた。

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