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③篠陽

 二人の言葉と共に、四つの炎は掌を離れ、宙を舞う。


 見上げれば、炎はゆらりゆらり私たちの頭の上を舞っていた。色をころころと変え、時に分裂し、時にくっつくその炎は私が見てきた何よりも綺麗だった。


「はぁ」


 炎に見惚れた私の口からため息にも似た声が漏れる。声は教室にやけに響いた。自分の息遣い以外は何も聞こえない。


 気が付けば先ほどまでの喧騒は息を潜め、冷たい沈黙がその場を支配していた。はっとして、周りを見渡すと死者たちは目を虚ろにして茫然と炎を眺めている。


 その中には先ほどの彼もいた。彼の頭は支えられる事もなく、胸辺りに逆さに垂れている。ただその虚ろな目だけが決して炎を見逃したくないのか、じっと天を見つめていた。あまりのおかしさにお腹から何かがこみあげてくる。喉まで上がって来たそれを無理やり飲み込んだ。


 怖い。


 今ここで考えてしまったら、もう耐えられないような気がして、私は必死に親の事を、友達の事を思い出す。帰りたい。その思いから入り口を見ると、二人組はいなくなっていた。


 今なら逃げられるかもしれない……。そんな考えが頭の隅を過ぎる。私には考える必要性なんてなかった。


 全力で入り口に向かって走り出す。途中何人もの人とぶつかるが、誰も見向きもせず、ただ炎を眺めていた。


 入口にはいとも簡単にたどり着いた。入り口にもびっしりと文字が刻まれている。


 触りたくない。紅い文字は見ているだけで本能的な恐怖を覚える。今にも吐きそうになる。だけど帰りたい。健太に、舞に、大雅に、そして小夏に会いたい。会ってお菓子を一緒に食べたい。


 ドアに手をかける。紅い文字はまだ乾ききっていなかったようで右手についてしまう。しかし、そんなものに気をかけている余裕なんて私にはなかった。勢いよくドアを開ける。


 ガシャン


 昔、お父さんのビールグラスを床に落とした時に似た音が、あの時の何十倍にもなって教室に鳴り響く。急な音に私はつい目を閉じてしまう。


 目を開けると炎は消えていた。死者たちは我に返ったようで辺りを見渡している。


「何?何があったの?話が違うわ……」

「おい。途中で儀式が終わっちまったぞ。あと少しだったのに」

「何か邪魔が入ったに違いない。きっと誰かが邪魔したんだ」

「誰だ。誰が邪魔しやがった」

「邪魔者はぐじゃぐじゃに壊してしまおう。それでやり直そう。せっかくここまで来たんだ。やっと俺らの番が来たんだろう?」

「みんなもう10年も待ったんだ。これ以上待てない」


 がやがやと一気に職員室は騒がしくなった。足が震える。今にも涙が零れそうだ。私がみんなを起こしてしまったのは確かなんだろう。怖いことを言っている人もいる。


 ふと自分の手がまだドアにかかっていることに気付く。ドアから手を離さなきゃ。早くしないとバレちゃう。焦れば焦るほど手は冷たくなって、石のように動かない。


「そうだ。邪魔者は許しちゃいけない。もう邪魔できないように壊してしまおう」

「それは良い案だ。邪魔者を探して壊してしまおう」


 無我夢中で手をはがす。


「邪魔者を壊せ」

「邪魔者を壊せ」


 ああ、やっと手がはがれた。背後の声がぴたりとやんだ。私は手を無理やりはがした勢いのまま、振り返ってしまう。そこには静かに私を見つめる無数の目があった。


「君がそのドアを開けたのか?」


 そう言ったのは首のないスーツのお兄さんだった。


「ごめんなさい。」


 私は咄嗟に謝る。


「ああ。そうか。知らなかったのか。」


 彼は優しい声でそういった。よかった。許されたんだ。そんな安堵が心の中に生まれてくる。だが次に飛んできたのは、はちきれんばかりの大きな怒声だった。


「知らなかったで、済むと思っているのか。今の今まで俺らがどれだけ我慢してきたと思ってる。どれだけこの日を待ち望んできたか。お前は許されないことをしたんだ。お前を壊して壊して壊して、ぐちゃぐちゃにして、もう邪魔できないようにしてから、もう一度儀式をしてもらうんだ。」


 そう言って死者たちは私に詰め寄ってくる。その目に光なんてものはなく、ただ暗く濁った黒があるだけだった。


 私はよろめきながら廊下に出て、走り出す。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


 彼らの声が遠い。自分の呼吸の音が遠い。手足をはるか遠くから操っているような気がする。けど走らなきゃ。捕まったらどうなってしまうかを考えると涙が零れる。


 ただ走らねばならない。その思いだけで走り続けた。

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