ぶらりショートショート:掻い掘り
なんだか暇を持て余してぶらっと本屋に行くような。
そんな感覚で名付けた『ぶらりショートショート』。
はてさて今回のお話は……
ある晴れた休日。植松氏は近所の公園をブラブラと歩いていた。
この公園には小さいながらも綺麗に整備された池があり、植松氏はたまに散歩に来るのだった。池の近くまで来ると、作業着姿の男たちが池のなかで忙しく動いているのが見えた。
「おや、なんだろう」
植松氏は池に近づくと男の一人にたずねた。
「これはいったい何をしているのですか?」
「ああ、これですか。これは“掻い掘り”です」
たずねられた男は顔を上げて答えた。その手にはタモとバケツが握られている。
「池の水をポンプで抜いて、底にたまった泥やゴミを掃除するんです。それだけじゃなくて、最近は外来種の生き物が住み着いていたりするんで、それを取り除いたりもしますね」
そう言いながら男は植松氏が見えるようにバケツを差し出す。バケツのなかでは一匹のカメがどうにか逃げ出せないものかと動き回っていた。
なるほど、そういえば植松氏も以前テレビで同じような光景を見たことがあった。
「それは大変でしょうね。ごくろうさまです」
「たしかに大変ですが、池の環境を保つには必要なことですからね。我々が掻い掘りをしなければ池には泥がたまる一方だし、外来種が在来の生態系を乱してしまいます」
そんな話をしていると、何の前触れもなく突然、空に巨大な円盤が現れた。あまりにも常識外の出来事に、植松氏も男も口をあんぐりと開けて空を見上げる。円盤の巨大さは空をほとんど覆うほどで、その表面は銀色に輝いており中央には黒々とした穴が一つ空いていた。
呆気にとられて円盤を見上げていると、突如としてあたりに突風が吹き荒れ植松氏は地面に倒れこんだ。どうにか顔を上げ再び空を見上げると突風が渦となって円盤の穴に吸い込まれていくのが見えた。
同じころ、某大国の宇宙局では混乱がピークに達していた。職員たちがバタバタと走りまわりレーダーやモニター、複雑な計器などを忙しなくチェックしている。
「どうやら謎の円盤は地球上の大気を吸い込んでいるようです」
そう職員から報告された長官は絶望的な表情を浮かべた。
「なんということだ。いったいあの円盤は何なんだ?」
「侵略にやってきた異星人の宇宙戦艦に違いありません」
「いや、宇宙戦艦ではなく探査機だろう。大気のサンプルを集めてるんだ」
「異星人とは限るまい。古代文明の最終兵器だと思うな」
「古代人にこんなものが作れるか。神が最後の審判を下しているんだ」
そこかしこで職員が様々な推測を述べた。やがてある職員が円盤から放たれる電波を拾い、奇跡的に通信をつなげることに成功した。その間も円盤は地球の大気を吸い込み続けていた。もはや一刻の猶予もない。長官はマイクを握ると円盤に向かって話しかけた。
「我々は地球人類だ。君たちはいったいなんの目的があって大気を奪おうとするのか? 侵略が目的ならば、君たちの力はよく分かった。我々では到底かなわない。無条件降伏する」
もちろん、人類の無条件降伏など一国の宇宙局長官が決められることではないが、自国の政府、ましてや世界各国の政府に意向を伺っている暇はなかった。円盤からの返答はすぐに返ってきた。
「我々はポポニャラン星人だ。君たちが地球と呼ぶこの惑星はもともと我々が整えた保養地なのだ」
円盤からの返答は冷たく淡々としていた。
「ほんの数十億年ほど目を離した隙にアミノ酸を含んだ隕石が飛来し、生命が生まれ長い進化の末に君たち人類が現れた。我々はこの惑星本来の姿、岩の大陸と強酸の海だけの美しい景色を取り戻すため地球の“外来種”を駆除する掻い掘りを行うことにした」
長官は言葉を失い職員たちと目を見交わした。もはや彼らにできることは何もなかった。
一方、公園では植松氏が突風に巻き上げられぬよう必死に地面にしがみついていた。既に地表の空気は薄くなっており息をするのもつらい。植松氏が意識を失いかけたその時、出し抜けに空に大きな裂け目が現れ円盤を飲み込んでしまった。それはまるで空間そのものに出来た裂け目のようで、隙間からは何とも表現できない複雑な色合いの光が漏れていた。
この時、植松氏には知る由もなかったが同様の裂け目が宇宙のいたるところに現れていた。もちろん、ポポニャラン星にも…。同時に裂け目の向こうから不思議な声のようなものが響いてきた。
「我々は多次元に住む知性体だ。三次元宇宙はもともと無数の星がお互いに回り続けるだけのシンプルで美しい世界だったのに、いつのまにか生命が生まれ増殖していた。我々はもとの美しい世界に戻すため掻い掘りを行うことにした…」
そして、凄まじい勢いで宇宙中の生命体が裂け目に吸い込まれ始めた……。
おしまい。
最後までご覧いただきありがとうございました。