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 翌日の朝。

 女神が神殿におり立つと、時間を置かずに若い女が訪れた。頭からかぶる外衣に、線条はなかった。

 ふたりは、昨日と同じ椅子に座る。

「今日のうちに町を発つのです」

「ずいぶんと、早いのね」

 まさか、もう行ってしまうだなんて。

 女神は誰が見てもわかるほどに、落ちこんでしまった。

「あ、あのう……帰りにもこの町に泊まるので、またお会いできるかと」

「本当?」

「はい。国に帰るにはここを通る必要がありますし」

「国に……」

 そこで、昨日の帰り際に訊ねたかったことを思い出す。

「そういえばあなた、この国の王の婚約者候補なの?」

 突然、若い女がむせた。

 咳きこむ様子に、女神はいきなりすぎたと反省する。もう少し順を追って質問するべきだった。

「ごめんなさい。驚かせてしまったわね。昨日、姫様と呼ばれていたから。考えてみたのよ」

 現在、この国の王族に姫、つまり王女はいない。若い女は他国の王女ということになる。他国の王女が招待されるほどの催し物なら、一つ心当たりがあった。新王の即位を祝う宴だ。

 女神の神殿があるこの国は最近、先代の王が急逝した。まだ若い王子が新王として即位したが、王子は婚姻どころか婚約者も決まっていなかったため、まだ女王が不在なのである。

「噂で耳にした新王の年齢と、あなたの年齢は近そうだった。姫ということは、たぶん婚姻はしていないのでしょう。なら、婚約者候補として招待された意味合いもあるのかと思ったの」

「……女神さまはするどいのですね」

「あたり?」

「そうなります」

 若い女──王女は、ぎこちなく笑ってみせた。そこには、苦い感情が隠れているように映る。

「乗り気じゃなさそうね」

 淡々と指摘する女神。王女は口をつぐむ。

 女神は、質問を続けることはしなかった。気にはなったが、無理に訊いても嫌な思いをさせそうだと、相手の反応で推察した。

 しかし。意外にも、王女のほうから「少しだけ、わたしの身の上話を聞いてくださいますか」と言ってきた。戸惑いつつ、女神は受け入れる。

「わたしは、七人きょうだいの末の王女なのです。と言っても全員と会ったことはないので、本当に七人なのか、それより多いのか少ないのかはわからないのですが。母は、わたしを産んだのちに亡くなったと教えられました。王……父は、子が多いからなのか、わたしにはあまり関心がありません。虐待されているわけではないんです。衣服も食事も、生活に要するものは充分に与えてくれましたし、信頼できる侍女に護衛もいます。だけど、わたしは父と最低限の言葉しか交わしたことがない。親からの愛、というものを、わたしはきっと知らないのです」

 王女の横顔は、自身の身の上を嘆いている風ではない。

「それなのに、もし自分の子ができたら……ちゃんと愛情を与えられるのかと、不安になってしまって」

「ずいぶんと気の早い話だこと」

「そうなんです。でも、不安は自分の力では、制御が難しいみたいです」

 女神は返答に迷う。神々には婚姻し子がいる者も多いが、女神には生まれてからずっと関係のない世界の話であった。適切な助言など無理に近い。

「子どもを傷付けたり、殺したりしなければ、とりあえずいいんじゃない」

「そ、それは、流石に極端では」

「うまれてくる子どもが、親からの愛を求めるとは限らないわ。求めるとして、たくさんの愛がいいのか、ほどほどの愛がいいのかの違いもあるし。実際に接してみないとわからないわよ。子ども本人の反応を見ながら、行動していくしかないんじゃないかって思うの。私は、恋人もいたことがないし、想像でしかないけれどね」

「……親からの愛を求めない子が、いるのでしょうか」

「あなたがそうではないの?」

「わたしが?」

「あなたの周りには、血の繋がりがなくとも、あなたを愛してくれる人がいる。だから、あなたは親からの愛を特に必要としていない。……違ったかしら」

 上目で、王女の顔色をうかがう。王女は、目を丸くしてそんな女神を見返していた。

「女神さまの、おっしゃるとおりかもしれません。わたしの心は、親からの愛がなくても満たされています。……なるほど。つまり、子育てに困ったら周りの人の力も借りるべきだ、ということですね!」

 昨日のようにきらきらと星を瞬かせた瞳を、王女は女神へ向ける。

 女神の言葉に深い意味はなく、単にありのままの考えを述べただけだった。なので、訂正しようとする。

「少し、思考の暗闇に、光明が射した感じがします。先に待っているのが幸福か、それとも逆なのかはまだはっきりとしませんが。前に進んでみようと思います」

 王女は両手で、ぎゅっと握りこぶしをつくる。勇気を振り絞ろうとするその姿に、女神は訂正の言葉を引っこめた。

(まあ、いいか)

 せっかく元気になったのだから、水をさす行為はやめておこう。そう考えたのだ。

「……女神さまは、やっぱりお優しいかたですね」

 唐突に、そんなことを言い出す。

「昨日もお伝えしようとしたのです。ですが侍女が来る瞬間と、重なってしまったので。お伝えできてよかった」

「べつに、友だちの悩みへ耳をかたむけるくらい、当たり前よ」

 思い返せば昨日は、確かになにか口にしかけていた。その時の光景を頭に浮かべ始める女神。王女はというと、呆然とした表情で女神を見入っていた。

 視線に気付いた女神が、隣へと意識を移す。

「どうしたの」

「……女神さまの友だちとは、わたしのことでしょうか」

「あなた以外にいないわ」

 女神の持つ“友だち”の知識はこうだ。話題を共有し、時に抱える悩みを打ち明け、たまに一緒に遊ぶ。王女と出逢ってまだ二日目ではあったが、大体当てはまっているので友だちと呼んで差し支えないと判断した。

「わ、わたしでよろしいのですか」

「よろしいから、友だちと呼んだんじゃない。……でも、そうね。あなたの気持ちを訊いていなかったわ。私も、仲の良い相手なんてあんまりいないから、早とちりをしてしまったみたい。あなたが嫌なら──」

「嫌ではありません!」

 ふたりだけの神殿内に、王女の声はよく響いた。やはり聞こえてしまったらしく、今日も外で待っていた侍女が「いかがなさいましたか」と心配した様子で駆けこんできた。

 王女があわてて、なにもないことを知らせると、侍女は安堵する。が、二日連続で似た出来事が起きたため、本当に大丈夫か何度も質問していた。

「お騒がせしました……」

 侍女が戻ったあと、王女は着席する。

「構わないわ。……嫌じゃないなら、正式に友だち、でいいのよね」

「もちろんです。ふふ、嬉しいです。おなじ名前の女神さまと、仲良しになれるだなんて」

 女神さま。その呼び方に、女神は違和感を覚えた。いつもやってくる老女のように、話すこともできない相手から呼ばれるのは仕方ない。だが、王女とは話せるし、こうして友だちとなったのだ。

「私たち、名前で呼び合うのはややこしいかしら」

「そうですね……でしたら、愛称をつくりましょうか。例えば、うーん……」

 王女は思案する。

「あ、こんな感じはどうでしょう? 名前から一文字ずつとって、わたしが“えーちゃん”、女神さまが“りーちゃん”というのは」

 最後まで聞いた女神は、どう返すべきか、かなり苦慮した。知り合いの男神相手ならもっと雑な対応をしただろうが、やっとできた友だちが相手だ。傷付けないよう、慎重に言葉を選ぶ。

「あなた……もし子どもの名前を決める時が来たら、相手の意見も聞いたほうが確実よ」

「そ、そんなにだめでしたか……」

 女神の心づかいも虚しく、王女は沈んだ表情で肩を落とす。

「子どもの名前は、の話よ。愛称としてなら、まあ、可愛い音でいいんじゃないかしら」

 素直な感想を伝える。すると、王女が顔を上げた。女神と王女の瞳が合う。

「堅苦しい言葉づかいも、なしでいいわ。だから、帰りもまた遊びに来て。……えーちゃん」

 女神は愛称を声にしながら、はにかんだ笑みをたたえる。王女の表情が、まばゆいほど明るくなっていく。

「はい! あっ。えっと、ではなくて…………うん。かならず、遊びに来るね。りーちゃん」

 短い音を噛み締めるように、王女は笑顔で女神の愛称を呼んだ。

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