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女神は、常に神殿に居るわけではない。神の住まう世界があり、そこに人間で言う家がある。基本、日の出を少し過ぎた時に神殿に来て、日の入りの頃に家へ帰る。つまり神殿とは、人間の世界での住居、というよりも、ここの女神にとっては職場のような場所だ。
あの老女が訪れるのは決まって太陽がいちばん高くなる頃だった。時間になると、女神は椅子から離れて出入り口へ近寄り、老女の姿をさがす。
神殿へと続く道の先に、人のかたちが現れる。老女だ。と、女神には遠目でもわかった。でも、今日はもう一人伴っているようだった。
だんだん近づいてきて、やがて神殿のすぐ前まで来る。話し声も聞こえ始めた。
「毎日ですか?」
若い女の声。
「そうよ。ここは、あたたかいから。心地よくてね。おかげで体の調子もいいの」
老女が嬉しそうに答える。
女神は、出入り口の横に移動した。通行の邪魔にならないようにだが、たとえそのままでもぶつかりはしない。ただ女神にとって、体を通り抜けていかれるのは微妙な気持ちになるので、向かってくるものは必ずよけているのだ。
出入り口をくぐり終えた老女は女神の横を通りすぎ、また若い女も通りすぎていく。
女神は、外を一瞥した。嫌な気配ではないため放っておいても問題はないと判断し、二人のあとを追う。
若い女の服装は、町でも見かけるありふれた意匠。白の亜麻布で肩から二の腕、そして胸もとから足首まで覆い、腰には紐が結んである。薄手の外衣を頭からかぶっていて、女神からは若い女の顔はよく見えない。
ひとつだけ。気になる点があった。外衣の裾を飾る、線条だ。黄色に輝いていたからかもしれない。なんにせよ、神の着る服以外で、人間の着る服で目にしたのは久しぶりだった。ひと月に何度かやってくる神官の服ぐらいでしか、女神が最近目にしたことはなかった。
「今日はあなたが来てくれて、女神様もきっとおよろこびになるわ。いつもわたしばかりじゃ、静かではあるけれど、寂しいもの……」
中央の道を進みながら、老女がつぶやく。
「えっ」
「どうかした?」
戸惑ったような若い女の声に、首をかしげる老女。若い女は言葉をうまく返せずにいた。
「あっ、いいえ……いつも、人は少ないのですか」
「ええ。町のはずれだし、神殿の周りも緑に覆われているから、行きづらいという理由もあるわ。わたしは子育てもずいぶん前に終わってしまって、孫も、町には居ない。やることと言えば機織りくらいね。余暇ができたおかげもあって、毎日ここに来るようになったのよ」
会話に耳をかたむけつつ、女神は納得した。老女がここによく訪れるのは、そういう理由だったのだ、と。孫が居るのは知っていた。熱心に祈る内容は、決まって孫に関係するものだったから。
神像の前で、老女がひざまずいた。若い女も、老女の隣に居るので、同じように祈るのだろう。
女神は、いつもの席を目指して移動する。
その時だった。
若い女の瞳が、女神のほうを向いた。
(今……)
女神がはっきりと疑問を持ち始める前に、若い女は神像のほうへ向き直ってしまう。
若い女の行動は引っかかったが、とりあえず、椅子に腰かける。二人を見守る。いつもどおり、ななめ後ろから。
祈っているあいだ、若い女が女神のほうを振り返ることはなかった。