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アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-  作者: 唄うたい
第2章 喚【よぶ】
6/39

2-3

稔兄ちゃんが死んだのは12歳の時だ。今の私と同じ。


2歳の私も生きていたわけだけど、赤ん坊の私に稔兄ちゃんの記憶はない。

家族4人で写ってる写真もなくて、一度だけ疑ってしまったことがある。


“稔兄ちゃんという人物は本当いたのか?”


『稔は確かにいるわよ。

とっても良い子だったんだから。』


お母さんは笑って、稔兄ちゃんのテストの答案を見せてくれた。100点満点の、見本のような解答用紙。

名前の欄にも子どもの字で「西城 稔」と書いてある。


そっか、私の勘違いか。稔兄ちゃんは確かにいるんだ…。

そうホッとしたけど、稔兄ちゃんについてのことはやっぱり教えてもらえない。


稔兄ちゃんはどうして亡くなったの?


『豊花は知らなくてもいいことよ。

苦しくなるだけ。』


稔兄ちゃんはどんな顔してるの?


『見せてあげたいけど写真が残ってないのよ。』


頑なに隠される稔兄ちゃんの素性。

でも私はいつか、お母さんとお父さんが、稔兄ちゃんのことを教えてくれると信じてる。


だって、家族なんだから。

死んじゃっても、稔兄ちゃんは私たちの家族だったんだから…。


『豊花……。

…稔の代わりに、長く生きてね。』



***



深夜1時ちょっと前。

アンダーサイカのことが気になりすぎて、ここまでの時間をどうやって過ごしたかよく覚えてない…。


お母さんとお父さんが寝静まったのを確認してから、私はこっそり家を抜け出し、斎珂駅へ向かった。


夏の夜は涼しくて助かった。

朝の薄着のまま出掛けてもあんまり寒くないから。


「…………真っ暗だ。」


駅はもちろん、周辺の店も交番も。

私以外に人の姿はなくて、まるでこの世でただ一人の生き残りになった気分。


フェンスはしっかりとすべての入り口を封じている。

地下街に入り込む手段は相変わらず皆無。


「…どうしよう。」


ヨシヤは待ってるかな。でも入ろうにも入れないし。


「………。」


しばらく周辺をうろついて、うろついて、うろついて……、完全に手段を失った私は、


「……ヨシヤ、ごめん。」


そう、諦めてしまった。


協力すると約束した。

“悪くない”ヨシヤのためにちょっと手助けしてやろうと思って。

でもそれには、封鎖された駅という障害を乗り越えなきゃいけないことを、私はすっかり忘れてた。


フェンスを破って侵入するなんて“悪いこと”はできない。したくない。

なら、もうどうすることもできないじゃない。


高くそびえた強固なフェンスの金網に、そっと指をかけた。

かしゃ…と微かな音が鳴る。


「……ごめん…。」


約束破って。私は…“悪い子”だ。




【、】



「…………?」


今、何か聞こえた?


後ろを振り返る。

そこは相変わらず人気の無い駅前。誰もいない。

なんだ、気のせいか。そう判断した時、



【……豊花ちゃん………。】



「っ!!」


違う、気のせいじゃない。

今確かに呼ばれた。私の名前を。


よくよく考えればその得体の知れない声は、目の前の、フェンスの向こうから聞こえた気がする。


「誰……っ?」


狼狽えた。

だってその声は、頭の中にするりと直撃してくる気持ち悪さがあったから。


―――確かに怖い……けど、なぜだろう…。


私はその声に吸い寄せられるようにフェンスにしがみついた。


無性に思うのだ。

向こうに行かなきゃ。アンダーサイカに行かなきゃ、って。



【約束通り来てくれたんですね、豊花ちゃん。】



ごおっ、と強い風が巻き起こった。


「きゃっ…!!」


地下街への入り口から生暖かい風の渦が、私目掛けて襲い掛かってくる。

がしゃがしゃと激しく音を立てるフェンス。

目を開けていられなくて、私は両腕を翳して頭を庇った。


「うぅ…!」


いくら待っても風は止まない。

もしかすると永遠に吹き続けるんじゃないだろうか。そんな錯覚すら抱く。


―――怖い、助けて、誰か…!


「…ヨシヤ……!!」



ぴたっ、と、ふたつのものが止んだ。


一つは、さっきまであんなに吹き荒れていた風。

気持ち悪い生暖かさはもう無く、本来のちょっと涼しい過ごしやすい気温に戻ってる。


「……なんで私、今………?」


私の思考が一時停止した。


…なんで今、私、ヨシヤに助けを求めた?



「待ってましたよ。

よく来てくれましたね。」


「!?」


ふいに、すぐ近くから聞き覚えのある声がした。

敬語といい、馴れ馴れしい「ちゃん」付けといい、私の中で知る人物といえば一人だけ。


「……よ、ヨシヤ……?」


いつの間にか、そこは地上じゃなかった。

狭い通路の両側に不気味な店構えがずらりと並び、私の目の前には“薬屋”とだけ書かれた古風で現代風な薬局。


そしてその入り口に立ち、腰を屈めて、私のことを楽しそうに見下ろす人。


いつの間にか、私は戻って来ていた。



「お帰りなさい、豊花ちゃん。」



アンダーサイカに。

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