表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーサイカ -旧南岸線斎珂駅地下街-  作者: 唄うたい
第2章 喚【よぶ】
4/39

2-1

――ピピピピピ…


ぱちん。

毎朝7時にセットしてる目覚まし時計を叩いて止めた。


のそっと枕から顔を上げれば、そこにはお気に入りのクマの目覚まし時計。

私が横たわるのは木製のベッドの上で、ピンクのブランケットの中。

いつもと同じ私の部屋の朝の光景。


「そっか、夏休みだ…。」


夏休みに入って一週間も経ってない。

遊ぶ時間も宿題する時間も、まだまだたくさんある。いろんなことができる。

拓くんや潤ちゃんと海に行ったり、キャンプしたり、グループ研究としてアンダーサイカに………、


「アンダーサイカ…!!!」


その単語を思い出した瞬間、私の頭は完全に覚醒した。

ブランケットを跳ね退け、ベッドから転がり出る。


窓の外は、夏の朝の綺麗な晴れ空。そして私もいつも通りのパジャマ姿。

日常的な光景。

だけど、昨晩は普通じゃない出来事を経験したはずだ。


「私確か、アンダーサイカで、ヨシヤに…。」



『僕がアンダーサイカから逃げるために協力していただきますよ。』


そうだ。確かに約束した。

そしてあのあと紫色の奇妙な薬を飲まされて、


「…私、いつの間に家に…?」


自力で帰った?

ううん、そんなはずない。私はあそこで意識を失った。

ヨシヤが私の家を知るわけないし…。


頭が混乱する。そんな中でも私が次に考えたのは、内緒で夜遊びしたことをお母さんに謝らなきゃ、ってことだった。


混乱でややふらつきながら部屋を出て、リビングに向かう。


――ジャー…


リビング前のキッチンから水音がする。お母さんが朝ご飯の準備をしてるんだ。


「…お母さん……?」


怒るかな。

あんな真夜中に家を抜けたんだから、きっとバレてるよね。


恐る恐る声をかけると、エプロン姿のお母さんがこっちに顔を向けた。


「…あら、おはよう豊花。

夏休みなのに早起きね。夕べはずいぶん早く寝たものね。」


「え?」


ニコッと笑うお母さん。

でもその台詞に、私は違和感を覚えた。

だって確か、夕べは………、


「お母さん。

私昨日は、夜遅くまで一緒にテレビ観てたよね?

リビングで…。」


お母さんとお父さんと私の三人でテレビのロードショーを観てた。一昨年くらいに流行った映画がやってたんだ。


映画を観終わったのが夜の0時過ぎだ。全然早くない。

しかも私はそのあとこっそり出掛けたんだから。


「何言ってるの。

9時前にはご飯食べて寝たでしょ?変な子ねぇ。」


「? ……?」


何言ってるのはこっちの台詞だよ。

変だ。何か変だ。

お母さん、とぼけてるの?映画観ながら三人で泣いちゃって、それを笑い合って…。


「わ、私…、観たよ?

昨日の映画。“ミスターチョップスの冒険”!」


「ええ、一昨年3人で観に行ったわね。」


「そうじゃなくて…!」


全然相手にされない。

でもお母さんが意地悪してるようには見えなかった。本当に、私がいたことを覚えてないみたい。

いや、というより、記憶が書き換えられて…る?


「…っ!」


そうだ、拓くんたちはどうなっただろう。

アンダーサイカで離れ離れになったきりだ。

ヨシヤが嘘つきじゃないなら今頃家に帰ってるはず。


リビングの真ん中に置かれてる電話。その受話器を掴み、私はまず拓くんの家に電話をかけてみた。


――プルルル…


コールが長く鳴ったあと、ふと電話か繋がる音がした。

そして聞こえてきたのは、


《…ふぁい、もしもしぃ?》


「!」


―――拓くんの声だ…!


朝だからか、ちょっと気の抜けた眠そうな声。

拓くん、朝苦手だって言ってたっけ。今頃罪悪感が湧いてきたけど、それを謝る暇はない。


「拓くんっ、おはよう!

私!豊花!」


《あ~、おはよう。珍しいじゃん、こんな朝早くから。》


ふわぁっと欠伸が聞こえる。

いつもの拓くんだ。何も変わらない、いつもの。


―――…待って。いつもの?


「…ねえ拓くん、昨日あのあと、潤ちゃんと二人でどうやって帰ったの?」


変だ。だって私は、結局二人と離れ離れになったままだった。

それについて拓くんが何も言ってこないのはおかしい…。


無意識に唾を飲み込む私。

拓くんの答えは……、


《何言ってんだ?

あのあと結局、何も無いからって3人で帰ったじゃん。

潤子とトイレから帰って来てから。》


「……え?」


―――“3人”で?


それを聞いた瞬間、私は言葉を失った。時間にして1分くらいだろうか。


お母さんのおかしな発言と拓くんの奇妙な証言が重なる。

どちらも、違う記憶を刷り込まれていた。

誰が、どうやって…?


方法は分からない。

でも心当たりのある人物と言ったら、あの張り付いた笑顔と白衣姿の男しか考えられない。


―――ヨシヤ……!



「……わ、分かった…。

ありがとう。朝早くごめん。」


《気にすんな。

じゃあおれ二度寝するわ。おやすみぃ…。》


電話が切れる。

でも私は受話器を握ったまま、また1分くらい固まってしまった。


「………なにこれ…。」


消えていた。

アンダーサイカの……“あの世界”の存在が。


―――夢…?


でも、私は確かに見た。

ひしめき合う店。恐ろしいオバケたち。

口の中にじんわり残る苦みも、気のせいなんかじゃない。


「豊花、ご飯もうすぐできるから、今のうちに着替えてきなさい。」


「っ!」


キッチンからお母さんの声。

その声で、呆然としていた私の意識が戻ってきた。


そうだ。確かめに行かなきゃ。

あれが夢じゃないこと。私が見たものを。


受話器を元に戻し、私は自分の部屋に駆け込む。

適当な服に着替え、次に向かうは洗面所。

顔を洗い、歯を磨き、寝癖のついた長い髪を適度に直した。


普通ならその後はリビングに向かう。

でも今回は逆。

私は手ぶらで玄関のほうへ走った。


「あら?出掛けるの?」


顔を覗かせたお母さんのほうを振り返ることなく、私は夏の朝の中に飛び出して行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ