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語り終えた時、ヨシヤはとても満ち足りた顔をしてた。
うっすら浮かべた笑みも自嘲なんかじゃなくて、この先の行く末すら見通したみたいで。
「…死にたくなかった。父さんや母さんの真っすぐな愛情を受けたかった。僕は誰かから愛されたかった…。
アンダーサイカでの長い長い孤独の中で、僕はいつ壊れてもおかしくなかったんです。
……今の、ミノルくんのように。」
焼け爛れた腕を押さえつけて、稔兄ちゃんは強く強くヨシヤを睨む。
その姿はとても恐ろしい。稔兄ちゃんの、人の心が壊れたことを象徴しているようで、見ているだけで涙が出そうになった。
それはヨシヤも同じ。悲しげに稔兄ちゃんを見つめている。憐れんでいることは、すぐに分かった。
「…薬屋…そんな、そんな目を向けるなよ…っ。
お前は、ボクに憧れてたじゃないか!この姿に…なりたがってたじゃないか!!」
その叫びに対するヨシヤの返答は、
「…ミノルくん、僕はきみの勇気に憧れたんです。
人鬼に憧れたことなんて、一度もありませんよ…。」
ただただ、苦しそうだった。
その返答を聞いた稔兄ちゃんは言い返すこともできず、唇を噛み締める…。
…ヨシヤも稔兄ちゃんも本当は分かっていたんだ。人鬼になったって幸せになれるわけじゃない。醜い姿になって、敵対されて、あとはただ食べるだけ…。
そんなおぞましい存在にならないとアンダーサイカからは逃げられない。
ヨシヤはそれが恐ろしかったんだ…。そして稔兄ちゃんはそれを知った上で、人鬼に…――。
けれどもヨシヤの言葉は、稔兄ちゃんの感情を強く強く刺激した。
「ふざけるな…っ、今更…、今更お前まで…!!
お前まで、ボクを独りにするのかよッ!!!」
突然、稔兄ちゃんが両手を大きく広げた。
それに呼応するように、背後の壁に整列していた包丁すべてが宙に浮き、稔兄ちゃんの傍らに控える。
切っ先を、私とヨシヤに向けて。
「…ひっ…!」
思わず声を上げた私を、
「…っ!」
ヨシヤはとっさに強く抱きしめ、庇おうとした。
その直後だ。
包丁が、敵を見つけた蜂の群れみたいに、私たち目掛けて飛び掛かってくる。
無数の風切り音が、獣の唸り声のよう。
「…稔兄ちゃん…っ!!!」
私はヨシヤの頭に手を回し、しがみついた。
けれど包丁の猛攻は、バババババッ――という更に大きな音によって消された。
「っ!?」
稔兄ちゃんが息を呑むのが分かった。
「ユタカ!薬屋…!!早く離れろ!!」
「っ、キョウくん…!」
顔を上げた私が見たのは、キョウくんを中心に真横二列に整列し、銃剣を構えた警備員さんたち…警備隊だった。
すべての銃口から細い煙が立ち上っている。
皆が一斉に銃を撃った理由は、
「…さすが、伊達に数百年も警備員をしているだけのことはありますね…。」
呆れとも感心ともとれる声を出したヨシヤが説明してくれた。
まさに神業。キョウくんたちはあの包丁すべてを“撃ち落とした”のだ。
「すごい……!」
…でも、包丁に向かって銃を撃ったとすると、
「ッ、稔兄ちゃん……!!」
その中央にいた稔兄ちゃんが無事で済むはずがない。
硝煙の中に佇む、稔兄ちゃんの影に声をかける。
影は、ゆらりとよろめいた。
「…っ!!
稔兄ちゃん…っ、稔兄ちゃん返事して…!」
「…豊花ちゃん、まだ危険です…!」
身を乗り出したところを、ヨシヤが強く押さえ付けた。
…私の頭の中では恐怖と、不安が混乱し合っている。
稔兄ちゃんがまた攻撃してくるのではという恐怖が強いのに、それ以上に、稔兄ちゃんが死んでしまったらどうしよう…とも思ってるんだ。
どうしようもないのに。稔兄ちゃんが無事生きていたって、私にはその後の彼を救うことなんてできないのに、無責任にも私は“生きててほしい”と願ってる…。
煙の中から一歩、また一歩と進み出てきた稔兄ちゃんは、
「……ゲホッ、…ぅぐ…、うぅぅ…う…。」
大きく、いびつに変形した真っ黒な両腕を使って、顔や胴体を守っていた。
それでも防ぎきれなかった弾が脚や脇腹をかすめていて、苦しそうな息遣いが聞こえてくる…。
「……くるしい…あつ、い……っ。あついよ…豊花…!」
「っ、稔兄ちゃん……!」
稔兄ちゃんは泣いていた。苦しい、熱いと。
私は稔兄ちゃんの傍に駆け寄りたかった。駆け寄って、抱きしめたかった。
でもそれを、ヨシヤは許してはくれない。
「豊花ちゃん、お願いです。下がってください…。警備員さん達の近くへ。」
「…っ、で、でも…!
稔兄ちゃんきっと、もう襲い掛かってこないよ…!」
「…そうじゃありません。」
ヨシヤがつらそうに唇を噛み締めた。
…のと同時に、
――ジリリリリリリッ!!!!
警鐘が、鳴った。
ヨシヤが決まりを破ってお店の外に出た時よりも、ついさっきのけたたましい警鐘よりも、ハッキリと頭の中に響いてくる。
私にはその意味が分からなかったけど、つらそうにするヨシヤには分かるみたいだ。
「…ヨシヤ…。これは、何なの…?」
―――何が起ころうとしているの?
私の問いを待っていたと言わんばかりにヨシヤは、無理矢理笑顔を作ってこう言い放つ。
「さあ。審判の時ですよ、ミノルくん…。」




