7-2
両親よりも先に死ぬこと。
それは子供の犯す、最悪の親不孝とされた。
「…ここはどこなの?
ぼく、お母さんのところに帰りたいよ…。」
周囲に民家も建物も何も無い、見知らぬ河原で、少年は途方に暮れていた。
着ているのは身に覚えのない白装束。
辺りには、老若様々な男女が座っていて、皆一様に、
「…もう少し…!」
「あと、少しで…!!」
河原の石をひたすら積み上げていた。
何をもって完成なのかも分からない。しかし高く高く積み上がった石。
男が、また新しい石を重ねようとした時だ。
【…マダダ、ヤリ直セ。】
突然現れた大きな恐ろしい鬼によって、積み上がっていた石の山は、呆気なく蹴り崩されてしまった。
男は呆然と、辺りに散らばって跡形もなく消えてしまった石の塔の残像を眺めて…、
「ウッ…うわああぁぁぁぁーー!!!!」
気が狂ったように、叫び泣いた。
少年はその姿を怯えた目で見る。
一体何がどうなっているのか。
自分はとんでもない場所にいるのではないか。
困惑する少年の白装束の袖を、誰かが控えめに引いた。
それは、少年と歳の変わらない少女だった。
同じ白装束を着て、不安げに少年を見つめている…。
「…河原の石を積んで、石碑を建てるの。
終わらないと、いつまでも賽の河原から出られないよ。」
「…さいのかわら…?」
この不気味な河原の名らしい。
恐ろしい鬼がうろつき、人々を監視する奇妙な場所の。
少年にそれだけを告げると、少女はふらふらと自分の石碑のもとに戻っていく。
少女の背丈ほど積み上げられた石碑。そこに、新しい石を積もうと手を伸ばした時だった。
「ヒッ………!!」
少女は小さく悲鳴を上げる。
いつの間にか、すぐ背後に鬼が立っていたのだ。
【…駄目ダ。
コレデハ浮カバレナイ。】
浮かばれない。それが何の意味なのか、少年には分からない。
少女は顔を真っ青にして、鬼の前に立ちはだかる。
「…ま、待って!!
今から、…今から直すから…崩さないで!お願い…!!」
【……………。】
少女の訴えも虚しく、
【駄目ダ。】
鬼は手にした混棒で、積みかけの石碑を軽く突いて壊してしまった。
「っっ!!!」
声にならない悲鳴を上げ、石碑の残骸と共に、少女はその場に崩れ落ちる。
次の人間のもとへ歩き去っていった鬼を見送ってから、
「………ね、ねえ…?」
少年は、少女に声をかけた。
「……大丈夫……?」
「……………。」
少女は答えない。
代わりに、河原の石をひとつ手に取り、また一から石碑を建て始めた。
「……っ、ねえ、やめなよ…!
どうせまた作ったってあいつに崩されて………、」
「……あと少しなの……。あと少しで終わる…。少しで…。」
少女は譫言のように「あと少し」を呟き続ける。
少年は言いようのない恐怖を覚えて、
「……っ。」
少女を残して、その場から立ち去った。
「あと少し…。あと少し…。」
少女の呟きは、いつまでも耳から離れなかった。
それが、賽の河原。
残してしまった両親に報いるために、賽の河原に送られた霊魂達は皆、いつまでもいつまでも石を積まされ続ける。
しかし、いくら積もうと終わりは無く、やって来た鬼に崩されてしまう。
それでもひたすら積み上げ続ける魂達…。
まだ地獄の淵にも至らない罰だが、これだけでもそうとうの苦痛であることは明らかだった。
***
「…それは大昔から続いていた形態。
現代の日本の川は、昔に比べだいぶ埋め立てられました。この斎珂駅にも昔は、斎珂川という小さな川が流れていたんですよ。
だからここの賽の河原は、“河原の石積み”から自然と“駅地下街の商売”へと、形態が変わっていったのです。
…まるでアンダーサイカに意思があるようにね…。」
それを語るヨシヤはなんだか自嘲気味な笑みを浮かべていて、まるでアンダーサイカの移り変わりを全部その目で見てきたかのような雰囲気すらあった。
でも、有り得ない話じゃない。
だって、
「…憎らしいほどすべてを鮮明に覚えています。
だって僕は本当はどこにもいない、大昔に死んだ人間なんですからね。」
ヨシヤもまた、稔兄ちゃんと同じ“死んだ人”……。
「……………。」
彼のにこやかな顔を、私は呆然と見つめる。
つまりここにいる彼は生身なんかじゃない。
体はとっくの昔に死んで、魂だけの存在。
…だから髪も顔も白くて、疲れ知らずだったのか。生気が、無いんだもの。
―――ヨシヤだけじゃない。
マサちゃんも、配達員さんも、キョウくんも皆…。
そう思った時、私は無意識に立ち上がって、ヨシヤの頬に触れていた。
「……。」
指先だけで、彼の肌に触れる。
どこかひんやりとした感触が伝わるけど、
「………ねぇ、さわれるよ…。」
「………。」
声が少しだけ震える。
でも、ヨシヤの体に確かに触ることができた。それを確認できただけで、…嬉しかった。
「……ヨシヤ、ここにいるじゃないっ……。」
―――私の目の前にちゃんといるじゃない。
「………豊花ちゃん…。」
ヨシヤが呟きと一緒に、私の手に触れてきた。
そしてそっと目を瞑る。温かさを感じるように。
「………うん。
……ここにいますね。」
不思議と、ヨシヤの顔から自嘲がみるみる消えていった…。
同時に、何か決意のこもった眼差しとかちあう。
ヨシヤは口を開いた。
「…豊花ちゃん。僕は……、」
しかし、ヨシヤの言葉は続かなかった。
なぜなら、
――ジリリリリリッ!!!
「っ!!」
「警鐘…?」
ヨシヤが店を一歩出た時と同じ、けたたましいベルの音がアンダーサイカ中に響き渡ったから。
でも今度は、以前よりずっと長くて大きい。お互いの声すらちゃんと聴こえないくらい。だから私たちは大声で言葉を交わす。
「まだお客様の来店時間ではありません!
それに自分から店の外へ出たがる、いかれた商売人もそうはいないでしょう!」
「ヨシヤだってやったじゃない!」
「それはそれです!
とにかくこれは緊急事態!豊花ちゃんはひとまずここにいてください!
僕が様子を見て来ますから!」
「…う、うん!!」
言われたとおり、私はその場に座ったままじっとした。
店の入り口へ向かっていくヨシヤの背中を見送りながら、
「………きっ、」
「?」
気づいたら、こんな言葉をかけていた。
「気をつけて、帰ってきてね!!」
「!
……ふふ。ええ、もちろん!」




