表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※工事中 狼傭兵と英雄少女  作者: 玉鋼金尾
本編 1章 ~深淵より愛をこめて~
6/34

5話

 港湾都市アルバルドの表通り。

 城壁から港付近の倉庫街まで続くこの通りには、もう薄暮がやってきているというのに多種多様な種族の者と数多の交易品を積んだ馬車が昼間に通った時と変わらない程に行き交っている。響き渡る轍の響きと駄獣の嘶きは、門を潜り抜ける前から聞こえる程に騒がしい。

 通りに沿って店を構えている酒場や飲食店からは、客達の笑い声と油気の多い料理の香りが光と共に漏れ出ている。途方もない距離を旅し、想像もできないような苦労を乗り越えたのだろうか、窓から見える人々は砂漠を超えた駱駝の様に酒を胃の中へと流し込みながら互いに労を労っている。


 ここには裏通りに蔓延る腐敗と退廃は見受けられない。

 隙を見せれば痩せこけた孤児が襲い掛かって来ることもなく、泣き叫ぶ赤子に見向きもせずに酒や薬に狂う母親が目に入ることもなく、補導をちらつかせて賄賂を求めてくる衛兵も居ない。恐らくだが、街の顔として好ましくない要素は清掃と排除でもってこの通りから排除されているのだろう。

 この街を訪れた観光客や行商人にとっては過ごしやすい空間なのだろうが、この街に住む俺達には不自然なまでに整えられ悪臭のしないこの通りに気持ち悪さを感じてしまう。


「お師匠様、何処へ向かっているのですか?」

「服屋だ。貴族街に続く門を警戒されずに通るには服が必要になるからな」

「お師匠様が服をッ!? 出会った時から今まで裸足で半裸だったお師匠様が!?」

「……買うのは俺の服じゃない、お前の服だ。俺は奴隷に扮して、お前は高貴な娘に扮して貴族街に入るんだ。ほら、あそこのまだ開いている店に行くぞ」


 驚いた表情の弟子を摘まみ上げ、偶然視界に入った小さな服屋へと進んでいく。

 店構えから豪華なものが多い表通りの店達と違い、地味で人気の無い服屋。客足が途絶えてから随分経つのか扉の取っ手は塗装が剥がれ錆び付いてしまっているし、店内は森の中の様に薄暗い。開店している事を示す掛札が無ければ、潰れた店だとしか認識できなかっただろう。

 持ち上げていた弟子を降ろし、古びて硬くなったドアノブに手を掛け捻る。力を加えられ開かれていく扉は想像していたよりも音を立てて軋み、鳴り響くドアベルと共に俺達の入店を店内に知らせてくれた。


「い、いらっしゃ……ひっ――」


 目が隠れる程に前髪を伸ばしたそばかすのある少女が、騒々しい入店音を聞いて店の奥から現れた。現れたのだが彼女は俺を見て驚き、一声小さく悲鳴を上げるとそのまま腰を抜かして気絶してしまった。失礼な女だ。


「気絶しちゃいました。お師匠様、どうしましょう?」

「息と脈が正常で、見たところ怪我も無いから放っておけばいい。どれ……起きるまでの暫くの間、失礼極まりないこいつがどれくらいの商品を扱えっているのかを見させて貰おうじゃないか」


 首に手を、口元に耳を当て無事を確認し、処置の必要が無いと判断してから店内を物色していく。店内には衣服を着せられた等身大の人形と勘定台があるだけで、商品を陳列する棚は存在しない。開け放たれたままの扉から見える店の奥には、布や糸といった材料と作り掛けのドレスが縫製道具であふれた作業台の上に置かれていた。

 妙に精巧な人形達に着せられた服はそこらの店の物よりも遥かに質が良く、在庫を抱え込んでいる様子は全くと言っていいほどに無い。この店は既製品を売るのではなく、特注品を作って売っているのだろう。


「腕は悪くないみたいだが、それなら何故流行っていないんだ?」

「ぎゃあ! お、お師匠様ぁ!」

「まったく、一体何をやらかしたんだ?」


 弟子が情けない悲鳴を出したのでそちらを見てみると、そこには弟子と彼女の喉にナイフを突き付けている青年の姿があった。種族は人間で年は成人したての15程度、身長は5尺半と平均的で細身である。


「ならず者め、ぺリアから離れて盗んだ物を置いていけ! さもないと……」


 震える手で刃物を持つ青年はまともな台詞を吐いた。

 彼の視線は倒れている少女へと何度も動いている。恐らくだが彼は少女と親しい間柄の人物で、倒れてる少女と俺達を見て悪党が押し入っているのだとでも考え、何とかしようと咄嗟の行動に出たのだろう。早計で後先を考えていない奴だ。


「さもないと何だ、そいつを殺すのか? まだまだ幼い子供の喉笛を切り裂いて、血の泡を吐かせるのか? それとも、その短剣を胸に突き立てて悲鳴でも上げさせるのか?」

「そ、それは……それは、あぐっ!?」


 真っ直ぐな心を惑わすように問いを投げつけられ、酷く狼狽した青年はこれを好機とばかりに飛び上がったナールの頭突きを顎先に喰らった。当たり所が悪かったのだろう、石頭による一撃は彼の頭を揺らし青年を昏倒させてしまった。


「お師匠様、やりました! ナールはやりましたよ!」

「……そうだな、やっちまった。暴力沙汰になっちまったな」


 無邪気に喜ぶ弟子に溜息をつく。折角口先だけで何とか出来そうであったというのに、彼女の余計な行動で正当防衛とはいえど相手を昏倒させてしまった。この場を誰かに見られたとしたら、事実を伝えたとしても疑われ、いつものように投獄されてしまうだろう。


「仕方ない。ナール、こいつらを奥へ運ぶぞ」

「奥へですか? でもそれって不法侵入になるんじゃ……」

「そうだが、それでも誰かに見つかるより遥かにマシだ。もう揉め事になっている以上、それを大きくしないようにしなくちゃならんのはわかるよな? ほら、わかったら両手が塞がった俺の代わりに扉を開けろ」


 気絶した男女を担ぎ、店の奥へと2人を連れて行く。

 ナールに途中にある扉を開けさせて、奥へ奥へと進んでいき、住居として利用している場所まで達したが人の気配は全くと言っていいほどに無い。対のコップや2つ枕が置かれた寝具といった幸せそうな生活の痕跡を見るに、ここには今担いでいる男女2人しか住んでいないようだ。


「勝手に気絶して、勝手に悪党扱いしやがって……ん?」


 担いでいた2人をベッドに寝かせてやったところで、ベッド脇のテーブルに見覚えがある本が置かれている事に気が付いた。それを手に取って確認してみると、やはり思っていた通りの絵物語であった。


「どうかなされたんですか?」

「懐かしい物を見つけてな。ほら見てみろよ、月教徒共に改訂された"振り香炉伝"だ。"双剣の騎士"や"月の巫女"、"火薬樽"や"赤狐"が勇者様と一緒に俺を討伐してるぞ」


 6つ目の化物が5人の冒険者達に討滅される挿絵が掲載された頁をナールに開いて見せる。本来ならば存在しなかったその頁には、俺に身に覚えのない罪状がこれでもかと書き込まれている。


「お師匠様は"振り香炉に勇者"様と最も親しい方では無かったのですか? この本の記述だと、お師匠様は勇者様を誑かした極悪非道の魔族だとなっていますが、どちらが本当なのですか?」

「前に俺がした話の方が真実だ。魔族が勇者と一緒に冒険して人助けをしていたってのが、魔族嫌いの月教には都合が悪くてな。本当の話は捻じ曲げられて伝えられてるんだ。今じゃこの国でも故郷でもこの見た目は邪悪の権化、畏怖の対象になっている」


 話しながらナールに彼女の近くにあるスツールに座るように促し、こちらは頑丈そうな安楽椅子に腰かける。仲睦まじい2人が目覚めるまでやる事は無いのでここで座って待たせてもらおう。


「改定前の物は焚書され、改定後の内容が演劇や詩で広まっちまって常識になっている。俺やかつての仲間が多少足搔いたところで何も変わらない常識にな」

「そう……だったのですね……」

「英雄譚は大多数にとってより聞き心地が良く、より都合良く書き換えられる定めにあるってことなんだろうな。……ナール? 聞いているのか?」


 返事と視線が無くなったので弟子の方に目を向けると、彼女は座ったままの状態ですぅすぅと寝息を立てて眠っていた。1日中駆け回ったのだから夜になればそうなるのは当たり前、むしろ子供ながらによく耐えれていたものだ。


「まったく、いい顔して眠りやがって」


 倒れてしまいそうなナールを起こさぬように優しく抱き上げ、安楽椅子に腰掛けなおす。

 体温は人間よりもやや高く、昼間の一件の後に整えたので毛皮が柔らかくなっている俺に包まれた弟子の眠りはさらに深くなっている様で、腰から下は脱力し瞼はぴくりとも動かなくなった。夢の中では暖かい毛皮にでも包まれているのか、盛んに俺の毛束を掴んでは自分の方へと持っていこうとしている。


「お師匠様……えへへ、お師匠様……」

「寝言で人の名前を呼ぶとは、可愛らしい奴め。くぅぁッ!?」


 小さく軽い弟子のその仕草を愛らしいものだと思って眺めていたが、すぐに痛い目を見る事になった。所詮は子供の握力であるのだから大したことはないと思っていたそれは存外に、いや相当に強く、瞬く間に一握り分の腹の毛が引き抜かれてしまったのだ。

 あまりにも急にやってきた激痛に驚き、思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。聞かれていなかったから良かったものの、もし弟子に聞かれてしまっていたのなら恥ずかしさで毛に覆われた頬を真っ赤に染めてしまっていただろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ