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狼傭兵と英雄少女  作者: 玉鋼金尾
本編 1章 ~深淵より愛をこめて~
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4話

「お師匠様、やっぱりナールには無理です! 出来ませんよぉ……」


 木に縛り付けられた半魚人を前に、ナールは振り上げた石を落とし泣きべそをかいた。彼女には「捕虜が魔術を行使できなくなるよう、両腕を石で砕け」と命令したのだが、優しすぎるようでなかなか実行できず、この半刻の間石を持ち上げては下ろしてを何回も繰り返している。


「お前がやらないなら俺がやることになるが、それで良いのか?」

「それは……うぅ酷い。お師匠様は酷すぎます……」

「ほら、やるかやらないか。さっさと決めろ」


 涙ぐむナールの小さな手を開き、石を握らせて選択を迫る。彼女は以前、雇われた俺と共に戦地へ赴いた際に自らの師や傭兵達が行った"情報収集"の様子を目撃している。自分がやらねばもっと酷いことになるとわかっており、選択肢が与えられていないのと同じだと気付いているのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 暫しの沈黙の後、ナールは謝りながら捕らえた半魚人の指と腕へと石を振り下ろした。しかし骨という物は頑丈で、彼女が可能な限り傷付けまいと力を加減したために叩き割れていない。中途半端な勢いで重量物を叩きつけ、半魚人を苦しませただけであった。

 このままでは駄目だと彼女は体重を乗せ始めるが、それでもなかなか破壊することはできず、10本の指を砕くのに計36回の殴打を必要とした。打つ度に彼女の小さな手は自他の血で赤く染め上がっていき、可愛らしい声が出る細い喉からは嗚咽だけが漏れるようになっていく。終わり際には罪悪感に膀胱が耐えられなくなったらしく、初めて人を殺めた新兵のように大腿を湿らせてしまっていた。


「お師匠様、終わりました」

「よくやったなナール、後は俺がやっておくから河で洗ってきていいぞ」

「……はい」


 悪臭を漂わせているナールは袖で流れ続ける涙を拭きながら、像を拾った河原へと向かって行った。背中を丸めて歩く彼女は抱擁して背中でも摩ってやりたくなるような様子であった。

 彼女には傭兵として致命的なまでに残虐性が無かったので、それを身に付けさせるために前々から残虐な行いを強要している。剣術を教え込んでもそれを敵に振るう事が出来ない彼女を一人前の傭兵へと育て上げるため、ゆっくりと時間をかけて矯正していっているのだ。

 もしも彼女が弟子になりたいと言っていなければ、読み書きと知識だけを与えてどこかの寄宿学校に放り込むか子を成せなかった貴族に売り込むかのどちらかをしていただろう。少なくとも、今進んでいる茨の道を歩ませはしなかったはずだ。


「さてと、そろそろお話を聞こうか」

「――っ、狼の化物メ。俺は何ヲされテモ応えヌぞ……」

「それはお前の身体に聞いてみるまでわからんさ。なぁ魚野郎、百刻みにされたことはあるか? 皮膚を剥がれたり、目を抉られたことは? 局部や尿道に針を通されたり、傷口に痒み薬を塗られて放置されたことは?」


 質問をしながら捕虜の前に鹵獲したナイフと尖らせた木の枝を並べ、かぶれを引き起こす草を石で磨り潰し始める。自分がこれから何をされるのか想像しやすいように、それらの行為は彼の目の前で大きく音を立てて行っている。


「…………」

「そうか、ないか。なら今からその全てを体験してもらう。組織と重要人物の名前、それと信仰の対象と目的等々を洗い浚い吐けば楽にしてやるが、それまでは痛めつける手を止めるつもりは無いしお前を生かし続ける。何時までも付き合ってやるから、言いたくなったら言え」



「お師匠様、今戻りました! それで……あの……」

「もう終わったから安心しろ。残骸は全部埋めて隠しておいたし、戦利品は取ってある」


 行水と洗濯を終えて帰ってきたナールは周囲を見渡し不安そうな表情をしていたが、もう酷な事を強いられないのだと伝えられると少し安心した表情になった。耐えられないと思って"終わらせる仕事"をやらせなかったが、やらせても良かったのかもしれない。


「そうなのですか。それで、何かわかったのですか?」

「かなり事がわかった。奴らが"水底の徒"という魔神教に属していた事と指導者が"海月"と名乗っている事、目的が近海の底にある“死海”に封じられた魔神“深淵”の復活である事。どれも高く売れそうな情報ばかりだ」

「売る!? 売るのですか!?」

「あぁそうだ、売るんだ。名声を得たい貴族か出世を狙う見習い騎士、もしくは正義馬鹿の冒険者共。何処の誰に売ったとしても、悪くない金額を払ってくれるはずだ。解決はそいつらに任せてしまえば厄介な連中とこれ以上関わらずに済む。悪い話じゃないだろう?」


 紐で縛って纏めた戦利品と証拠の品を放り込んだ革袋を背負う。これを売り払う事が出来れば、数か月は金に困ることは無いだろう。


「それで良いのですか? 大事になっているは確かですし、解決すればお師匠様のお名前が売れるのではないのですか? お仕事、しやすくなるのではないのですか?」


 折角手に入れた情報を簡単に手放すことに、名声や仕事を得られる機会を悩むことなく金に換えてしまうのに合点がいかないのだろう。腑に落ちない表情のナールが問いを投げかけてきた。


「良いんだ良いんだ。有名になって厄介事に巻き込まれやすくなるよりも、雑魚を蹴散らして稼いだ金で酒を飲んで肉を食って女を抱いてる方が性に合っている。そんな事より、師匠にばかり荷物を持たせてないでお前も戦利品を運べ」


 司祭風の男の所持品を調べた際に出てきていた本をナールに差し出す。皮で装幀された50頁前後の本であり、背表紙には魔族語で『海底の母』と書かれている。間違いなく彼らが属する団体に関した記述がされているであろう一品だ。


「本ですか? 何というか、凄く奇妙な革表紙ですけど……」

「そりゃあそうだろう。そいつは下手装本でも特上の一品、人皮装丁本だからな」

「げてそうほん? にんぴそうていほん? にんぴ……という事は人の皮!? これ、人間の皮なんですか!?」


 弟子は何の皮であるかを告げられると、派手に驚いて大声を上げた。全身に鳥肌を立て、水から上がった犬の様に体を震わせた彼女は驚きのあまり本を地面へと落としてしまう。

 表紙が捲れ、本の内側が露わになる。開かれた頁には、文章になっていない魔族語の羅列と海牛の様な魔神の挿絵が載っていた。懐に入れて持ち運べる大きさであることと本の汚れ具合から、日常的に使っていた物なのだろう事が見て取れるがその内容までは読み取ることが出来ない。


「ふぅ良かった。お師匠様、地面に落としちゃいましたけど汚れてませんよ」

「何が良かっただ、馬鹿弟子め! 何かが封じられていたり、読んだだけで呪われる物かもしれないから、鑑定されていない本の取り扱いは注意しろと前に教えただろうが!」


 戦利品の一つ、銛を取り出し不注意極まりない行動を取った弟子の肩を柄で叩く。手に入れた戦利品の中によくわからない物があった時は、基本的に鑑定を行える者の目が通されるまでは取り扱いに注意しなければならない。不用意に箱や本の中身を調べたり、拾った杖を面白半分に振るのは自殺行為に等しいのだ。


「まったく、下手をすれば四肢が腐り落ちたり数歩分飛ばされて壁の中に埋まるところだったんだぞ」

「ひぇぇ、次からは気を付けます」

「わかりゃ良いんだわかりゃ。ほら、開かない様にこの紐を使って縛っておけ」


 紐を手渡し本を縛らせる。先程目に入ってしまった部分が安全だからといって、本そのものが安全であるとは限らない。弟子が牢で俺を追いかけた時の様に転べば、再び本が開かれ何かが起こってしまうかもしれない。


「はてさて、誰に情報を売りこんだものか。悩ましいな……」

「そうなのですか? 誰に売っても同じではないのですか?」

「それがそうでもない。連中は下っ端にも潤沢な装備を持たせられるくらいに資金を持っている。恐らく貴族や豪商に繋がりがあると見ていいだろう。適当に情報を売っちまえば、さっきの連中を俺が始末したと敵方に露見するかもしれん」


 街へと歩きながら弟子と共に今後の事を考える。権力者や独自の人脈を持つ者が関わっているかもしれない以上、敵は誰で何処に潜んでいるのかわからない。現状だと目の前に居る幼い弟子以外は手放しに信用することができないだろう。警戒心は持ち続けなければ。


「なるほど……では、お師匠様の旧知の方に売り渡してはどうでしょうか。"振り香炉の勇者"様と旅をしていた方々なら、大丈夫ではないのでしょうか?」

「確かに奴らなら他の連中よりかは信用出来る。出来るんだが、しばらく連絡を取っていないから何処に居るのかわからん。"双剣の騎士"ならすぐに見つけられるかもしれないが、居るであろう場所が場所なだけに会いに行くのが難しい」

「何故なのですか?」

「奴隷以外の魔族は入れない貴族街の何処かにあいつが住んでいて、俺が見ての通りの姿をしているからだ。奴隷を持ってそうな奴、商人か貴族と協力して変装すれば呼び止められることなく入り込めるかもしれないが……いや待て、手が無い事もないな」


 知人の少なさで手詰まりになったかと思った時、ナールを見て一計を思いつく。そうだ、俺にはこいつが居たじゃないか。磨けば光る原石を磨いてやればいいだけではないか。


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