3話
「我ラが御像に触れシ不敬な者に断罪ヲ!」
「断罪ヲ! 断罪ヲ!」
「小サキ者は苗床二、獣は我ラが神へノ供物に!」
「苗床ニ! 供物ニ!」
まさに邪教の司祭な服装の男に合わせて半魚人達が叫んだ。
自分達は幼児誘拐の犯人で、尚且つ魔神信仰の邪教徒であること、それに加えてこの集団の頭が誰であるのか彼等は自白した。非武装で半裸の大男と少年の様な格好をし剣を腰に差した少女を見て、大勢を引き連れた自分なら容易に勝てると思い権威を高めようと音頭を取ったのだろう。
「数は30超えで、装備も潤沢か」
「ま、不味くないですか? 逃げ方がいいのでは……」
「逃げる? 何を言っているんだナール? こんなに良いカモが、金目の物を山の様に持ってきてくれたんだ。逃がすのは勿体ないし……魔神に関わっている連中なら憎むべき仇、"大火"の居場所を知っているかもしれん」
人間の頭蓋骨程度の大きさの石を拾い上げ、大きく振りかぶって集団を束ねている司祭風の半魚人へと投げつける。石は統率者の脚に命中し肉を削ぎ落とすと、残った勢いで転がり跳ね続け、狙った男の周囲を固めていた幾人かの脚の骨を粉砕していく。
「散、散レっ! 固マルな! 私カラ離れろ!」
「間ヲ開けロ! 向こウへ行け!」
「退け! 俺に近寄ルナ!」
予想していたよりも相手が強い、固まっていては次は自分が狙われてしまう。そう思ったのだろう彼等は四方八方へと散らばり、次の標的が自分にならない様にしようと手にした武器や大声でお互いを牽制し始めた。
自ずから散らばってもらうおうと思っての投石であったが、思いのほか効果があった。この混乱に乗じて敵の中央へと踏み込み、集団としての力が発揮出来ない内に蹴散らさせてもらうとしよう。
「奴ハドコへ行っタ!?」
「後ロだ! オマエの後ろに!」
「よう、悪いがちょっとばかり付き合ってもらうぞ」
混乱に乗じて半魚人に忍び寄り、彼の腕を掴んで振り回す。武器として扱われた魚面は仲間達に叩きつけられる度に肩が外れ、背骨が圧し折れ、手足の関節が2倍3倍に増え続け、ボロ布の様になっていく。
その苦痛によって上げた悲痛な叫びや仲間が肉塊となっていく様子は、半魚人達の戦意を喪失させるには十分過ぎるものであった。恐怖で腰が引け、足が震えで動かなくなった半魚人達は逃げる事も出来ずに血濡れで肉塊を振り回すこちらに襲われる。彼等が手に持っていたご立派な武器達はその役目を果たすことなく地面へと転がっていく。
「ひぃっ! お師匠様ぁ! お助けぇぇっ!」
前方と左右の敵を片付けた時、不詳の弟子が情けない悲鳴をあげこちらを呼んだ。声の方向を見ると、彼女は後方に居て俺に襲われなかった一団と追いかけっこをしていた。美しい装飾の施されたサーベルを握ったまま鼻水と涙を垂れ流して逃げ惑う彼女の姿は、これ以上ないほどに情けないと言うしかないだろう。
「まったく、あれが聖剣の担い手とは……世も末だな」
武器にしていた半魚人であったものを放り捨て、血濡れの手で一握りの石礫を拾い上げる。弟子を追う奴らを側面から狙うなら大きな物を一つ投げるよりこちらの方が良い。
「ナール! しゃがめ!」
「はっ、はいぃぃ!」
少女が命令通りに這いつくばったのを確認してから、手の平に包み込んでいた石礫を散弾の要領で投げつける。制球は上手くいかない上に個々の威力も先程の物には劣り、盾を構えられたり鎧を着こまれれば防がれてしまうが今は牽制が目的なので問題は無い。
石は追いかけていた幾人かに当たり、その歩みと思考を数瞬の間だけではあるが止め、爪牙で半魚人共の肉を食い引き裂く時間を作り出してくれた。この場だけで言うならば、あの弟子よりも役に立っていると言えるだろう。
「まったく、手間ばかり増やしやがっ──」
「お、お師匠様!? 火が! 火がお背中に!」
先程蹴散らした者達の中に生き残りがいたようで、背中を火球を飛ばす魔術で射られた。幸いにも、かけられた魔術は下級の物であったため皮膚の一部が焼け焦げる程度で済んだが、それによって引き起こされた強烈な痛みは俺に思い出したくない過去を思い出させた。
火の中に取り残され焼かれた最愛の者と彼女が愛した孤児達の泣き声、燃え盛る火炎に身を投じ彼女達を探し出そうとした時の苦痛と焦り、灰の中から見つけた遺品の数々を見つけた時の悲しみ。ナールを拾うよりもずっと前に味わい、脳裏に焼き付いていた記憶が幻覚として一気に押し寄せてくる。
視界は白と黒の点滅で塞がれ、喉が収縮して正常な呼吸が出来ずに窒息しそうになる。咄嗟の判断で左腕に噛みつき、自分自身に痛みを与えていなければ、過去に味わった苦難に苛まれ押しつぶされて動けなくなってしまっていた。
「野郎……ただで死ねると思うなよ!」
逃げればいいのに反撃を試みた勇気ある愚か者の脚へと駆け寄り、膝の皿を踏み砕く。思い出したくないものを無理矢理に思い出させてくれたのだ、情報を聞き出すついでに相応の礼をしてやろう。