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泥臭い奇跡を希う  作者: 朱珠
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第二話

 中学を卒業して高校に入学し、もう二年生だ。俺があんなことになったのもこんなに寂しくなったのも全部あの人のせいだなんて思いたくない。


 恋人でもなく、友達でもない俺を置いてかないでなんて到底言えるはずもなかったけれど、一番最初に与えてくれたのはあの人だから。


 明らかに中学時代と比べて俺の人生は豊かになった。けれど小学生の頃には遠く及ばない。それ程までに栞さんは俺の全てだったんだ。


 なんか未練タラタラで気持ち悪いなあ、俺って。そんなことを考えて感傷に浸っていると女子から声をかけられた。初めて話す子だった。


「あのさ。放課後とか、時間大丈夫?」

「うん、別にいいけど」


 突然呼びだしを受けたのも驚いたが話したこともない女子から呼びだしを受けたことに驚いた。

 ただ一番驚いたのはそれを了承した俺自身にだった。


 放課後になって指定された教室に赴いた。ドアを開けて入ると既に彼女は中で待って本を読んでいた。


「お待たせ。要件って何?」

「この前はありがと」

「ありがとうって何が?」


 読んでいた本を閉じて一言そう述べると、俺の返事を待たずして教室を出ていってしまった。


 今から追ってもしょうがないし、次会ったときにでも話を聞くしかないか。

 何がしたいか分からない上に愛想がない。


 そもそも俺としては感謝された理由も分からないし、向こうは向こうで感謝する側の態度でもなかった。


「でもあの子どこかで……あっ」

「……っ」

「待って、君昨日の」


 考えごとをして歩いていると、ちょうど昨日の女子と鉢合わせたので声をかけたところ、逃げるようにして俺の前から消えていった。


 また次の日も廊下ですれ違ったときに声をかけたが同じように逃げられた。

 ここまで拒否られると精神的にクるのもあるが、関係性が気になってしょうがないので次会ったときは強引にでも引き留めようと心に決めた。


「茶髪のこのくらいの髪の子知らない?」

「あー柏木(かしわぎ)さん、かな? うちらも全然話したことないけど」

「そっか。何組かとか分かる?」

「多分二組だと思う」

「ありがとう。助かった」


 廊下で会っても逃げられるので情報収集から始めることにした。

 とりあえず友達の多そうな女子に声をかけると組と名前を知ることができた。


 それ以上の情報はなかったが、組と名前さえ分かればいくらでも接触はできる。


柏木(かしわぎ)っている?」

「教室の中、柏木だけだから入れば。なんだか知らねぇけど頑張れよ!」

「そういうのじゃないんだけどな」


 教室に入ってすぐに教室のドアを閉じる。これで逃げ場はないはずだ、ようやく追い詰めたぞ。


 今日も一人教室で静かに本を読んでいた。一人の時間を邪魔するのは気が引けたが俺もそろそろ限界だったので構わず声をかけた。


「そろそろ詳しく話聞かせてくれないか」

「……用事、あるから」

「今まで本読んでたのにか?」

「関係ないでしょ」

「あんま避けられてるとさすがにしんどい」


 俺の気も知らずに横を抜けて教室を出ようとする柏木を勢い余って押し倒してしまった。

 

 俺の右手が柏木の右手を、俺の左手が柏木の左手を上から抑えつけて馬乗りのような状態になる。


「……手、離して」

「……はい」


 手を退かすとさすがに諦めたのか大人しくなって俺の隣にちょこんと体育座りを始めた。


 とは言え先程の出来事のせいで胸の心拍数こそ落ち着いたものの、場の空気が完全にお通夜ムードで教室を出たいくらい気まずい。


「……さっきのなんて本?」

「……」

「……最近暑いな」

「……」


 とりあえずこの空気を打開しようと話しかけるも空回りする始末。


「聞きたいこと、あるんでしょ」

「あ、ああ」


 まるで俺だけが気にしていたかのような口振りに羞恥心を隠しきれない。

 一人で世間話でもして気を紛らわせようとしていた努力も報われないが、向こうから本題に入ろうとしているのを見るに話す気になったのだろう。


「俺は君に何か感謝されるようなことした?」

「それだけ?」


 頷くと暫く押し黙った。柏木のこの絶妙な間が余計に緊張を増幅させる要因の一つだ。その上どこに地雷が埋まってるのかもよく分からない。


「……三月の下旬に、交差点の真ん中で過呼吸を起こしてる私を助けてくれたから」


 あのときの少女はフードで顔が見えなかったけど柏木だったんだ。道理でこっちで会ったときも初めてのような気がしなかったのか。


「じゃあどうして逃げてたんだよ」

「あのときありがとうって言いそびれたから伝えたかった。でも私と関わって欲しくなかったから」


「何それ、都合良すぎじゃん」

「……ごめん。じゃあ私行くね」

「ああ。話してくれてありがと」

「ばかみたい……」


 家に帰って風呂に入り、ふと頭に浮かんだのは柏木の姿だった。去り際に柏木が呟いた言葉が暫く頭の中に残っていた。

 柏木の吐き捨てるように放った言葉で何故か今もじんわりと温かい。


 綺麗でさらさらな髪も、長いまつ毛も、一つ一つの所作も昔の栞さんと似てるような気がして。明るくて人当たりの良かった栞さんとは対照的なはずなのに。


「なあ茉白(ましろ)、今いいか」


 風呂を出て髪を乾かすと、双子の妹の部屋に向かった。扉をノックして返事を待った。


「うん。入っていいよ」


 許可を得て部屋に入るといかにも女の子らしい部屋が広がっていて、部屋の主であり妹の茉白がベットにうつ伏せになってスマホを弄っている。


「まだ制服着てるのか?」

「ん? あーその方が冬真くん喜ぶと思って」

「あのなあ……」

「冗談。着替えるのめんどくさくって」


 いつもの調子で茉白にからかわれて軽くツッコミを入れる。

 慣れた会話も慣れない類のからかいも、乱れかけていた俺の心を落ち着かせてくれる。


「それで今日はどうしたの?」

「相談っていうか質問なんだけど」


 茉白はこくこくと相槌をうって目線だけこちらへ向ける。


「話す理由がない女子に対してなんて声かけるのが正解だと思う?」

「好きな人できたんだ?」


 途端に話に食いついてきた。茉白には栞さんの話は聞かせたことがないのでさしずめこれが俺の初恋だとでも思っていたのだろう。


 しかしこうもわかりやすくにやけ顔されるとさすがにイラッとくるな。


「違う」

「えーじゃあ気になる人とか?」

「……まあそんなとこ」


 本当のことしか言ってない。というか厳密には嘘はついてない。


「話しかけたいんでしょ? 普通に声かければいいじゃん」

「茉白はそれでいいかもしれないが、女子から男子とその逆ってだいぶ違わないか? それに顔面的にも俺とお前には差があるだろ」


 二卵生の双子なので平凡的な俺と比べて茉白はかなりの美人さんだ。美人というよりかは可愛らしいというべきなのかもしれないが。


「冬真くんもかっこいいと思うけど」

「お世辞はいい」

「でもあたし男子から声かけられてもなんとも思わないよ?」

「それは茉白が慣れてるからだろ」


 茉白に好意があって声をかけているのだから何も思わないのは報われないような気がするが、それは一度置いておこう。


「その人と話したことあるの?」

「あるにはある、数回しかないけど」

「だったらおはようくらい言ってもいいんじゃない?」


 たしかにそのくらいなら大丈夫かな。挨拶も交わしているうちに仲良くなることだってある。でもあのとき関わって欲しくないってはっきり言ってたような。


「ありがとう、助かった。また頼ってもいいか」

「うん。あたしにできることなら」

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