おはよう、獣王陛下③
身体の節々が痛い。
獣化した後はいつもこれだ。激痛というほどではないが成長痛のような地味な痛みが続く。二日程度で治ると経験上知っているので慌てることもないが、同じく獣化してそれなりに負傷したセザは既に元気に動き回っていることを思うと、やはり理不尽さを覚える。
いつまでも寝ているわけにもいかない。アスラは寝台から起き上がると玉座の間に足を運んだ。菖蒲達に後始末を任せっ放しにしていた。セザの忘れ物も届けなければ。
見知らぬ顔の獣人何名かとすれ違う。その度に足を止めて名前を訊ねる。先日貢物を届けにきた際、親衛隊所属になった者達だった。意外にも嫌がっている様子はなかった。水妖を撃退したことが、アスラの獣王としての面目躍如になったらしい。
ようやく辿りついた玉座の間には、毛皮や鉱物や大きな肉の固まりや骨やらが所狭しと並べられていた。
「なんだこれ?」
「新獣王へ各部族からの贈りものです」
さぞかしおかんむりかと身構えていたアスラだったが、予想を裏切って菖蒲は上機嫌だった。鼻歌を歌いつつ獣王城に届けられた貢物を選別している。牡丹や柊などの千花も仕分け作業をしていた。
「何かいいものでもあったの?」
気に入った貢物があったらあげるつもりで訊ねたのだが、菖蒲は首を横に振った。花が綻ぶような笑顔で言う。
「嬉しいのです。ようやく陛下が認められて」
部屋の隅ではニニがまたたび酒の瓶を見つけ、杏に「これ一つもらってもいい?」と訊ねていた。またたび酒はセザの好物だ。
「三つくらい持っていきなよ。あいつ飲むよ」
「あ、獣王陛下」
こちらに気づいたニニがまたたび酒片手にやってくる。アスラの周辺を一通り眺めて、首を傾げた。
「つかぬことをきくけど……セザから何か貰わなかった?」
「セザから?」
「肉とか、骨とか、羽とか」
「肉……骨……」
焦れたのかニニは「ああ、もう!」と頭を抱えた。
「大鷲カルサヴィナの尾羽渡さなかった!?」
言われてようやく、アスラは寝台の隅に置いてあった羽のことかと合点がいった。懐から取り出すと、菖蒲が興味深げに眺める。
「忘れ物じゃないのか?」
「……そうきたか」
「返しに行こうかと思っていたんだけど」
「駄目! 絶対っ!」
必死の形相でニニは懇願した。
「それ贈り物だから! 思うことはあるかもしれないけど、いつもみたいに受け取ってよ」
「いつもみたいって言われてもな」アスラは肩をすくめた「私、セザからそんなに物もらったことないよ」
「嘘だあ。いつも千花に、」
「あんたは知らないかもしれないけど、セザ様から贈られた獲物は全部、千花で山分け。アスラ様には届いてないわよ」
杏が冷たく指摘する。何やら衝撃を受けたニニは、口をあんぐりと開けた状態で固まった。
何だ。何があったというのか。
救いを求めて見回すも、杏は呆れ顔、牡丹は苦笑するだけで応えてくれない。アスラの疑問符は増すばかりだ。
「え……?」
カルサヴィナの尾羽を手に取った菖蒲が目を丸くした。尾羽の根元に丁寧に結えつけらえた黒い毛の束を指差し、呆然と呟く。
「これ……たてがみですわ」
これにて第一部完結です。
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