おはよう、獣王陛下②
「は?」
「獅子族ってさ、凛々しいというか、格好いいというか、可愛いんだよな」
「か、可愛い!?」
「しなやかで、猫っぽいところ」
言ってからセザが猫呼ばわりされるのを嫌っていることを思い出した。
「いや、単に私が猫好きってだけで、他意はないからな。外見の好みの問題だよ。それだけ!」
「真面目に訊いた俺が馬鹿だった」
セザは舌打ちして上から退いた。
半身を起こしてからアスラはふと、ラントを殺さなかったことに対して礼を言うべきなのだろうかと考えた。先代、つまりセザにとって父の最期の頼みなのだから、自分が礼を言うのも筋違いのような気がした。セザとてそんなものは求めていないだろう。
「言っておくが、次はない」
セザはそっぽを向いた。
「今回だけは見逃してやる。あの半獣が先代の息子だからでも、先代の遺志だからでもない。お前の、頼みだからだ」
アスラはセザの横顔をまじまじと見た。不機嫌丸出しの険しい表情をしていた。
「これで借りはなしだ」
セザがアスラの前に腕を突き出した。その手にぶら下がっているのはペンダント。本物の『水門の鍵』だ。意識を失ったセザに押しつけておいたもの。しっかり守ってくれていたそれを、律儀に返してくれるようだ。
「いいのか?」
「貴様に獣王の座を恵まれるほど、落ちぶれた覚えはない」
セザは頑としてこちらを見ようとはしない。黙って受け取れば獣王になれるものを。変な生真面目さと融通の利かなさは先代譲りか。誇り高いのも考えものだ。
「怪我が治ったら再戦だ」
「あ……そう。あきらめてはいないんだ」
「当然だ。だが、その前に獅子族の馬鹿共の性根を叩き直さなくてはならん」
会話の終了を示すようにセザは立ち上がった。今日のところは引き下がるつもりらしい。
「セザ、つがい探しときなよ」
去りかけた背中が止まった。胡乱な眼差しを向けるセザに、アスラはこれ見よがしにため息をついた。わずか三月とはいえ、獣王の経験が自分にはある。
「勘違いするなよ。負ける気はないぞ。ただもし交代になるならゴタゴタは避けたい。お前の場合は先代の寵姫達がいるから、まあなんとかなるかもしれないけど。つがいがいないと本当に周りがうるさいからな。早めに見つけておいた方がいいぞ」
「貴様はどうなんだ」
「いないから苦労しているんじゃないか」
そうか、とセザは小さく呟いた。その意味を噛みしめるように。安堵を滲ませて。
「あいにくだが、俺のつがいはもう決まってる」
アスラは目を瞬いた。意外だ。サラの言っていたことは出まかせではなかったのか。しかしよくよく考えてみれば、セザだってもう立派な成獣だ。おまけに獣人最強と名高い獅子族の長だ。つがいどころか、寵姫の十人や二十人いたっておかしくはない。
「へー、誰なんだ。獅子族? 私の知ってる奴?」
矢継ぎ早に訊いたのがお気に召さなかったのか、セザの眉間の皺が一段と深くなった。
「何だよ。教えてくれたっていいじゃないか。誰もお前のつがいを取りはしないさ」
「馬鹿が、尻尾に花が咲くまで考えてろ」
捨て台詞を吐いてセザは乱暴に扉を閉めた。
アスラは首を傾げ、しばらくして枕元に何かが置いてあることに気づいた。大きな尾羽だった。
たぶん、セザの忘れ物だろう。