さよなら仇⑧
ファルサーミが最後の一頭を倒した時、鈍い音が耳についた。反射的に顔を上げ、目を見開く。
セザの足元に先代獣王ゼノから託された子が、若き半獣の王が倒れていた。
「アスラ!」
慌てて駆け寄る。菖蒲がアスラの身を抱き起こし、呼吸を確認。単に気絶しているだけだと気づいてようやく、ファルサーミは胸を撫で下ろした。頭を打たれて昏倒したのだろう。
「セザ、貴様一体どういうつもりだ」
睨みつけるが、セザは唇を引き結んだまま答えない。握りしめた拳が震えている。何かを、己の内で暴れ回る衝動を堪えているようだった。
セザは倒れたアスラを素通りして、ラントの前に立った。異母兄弟を見下ろすその目は冷めきっていた。あるいは、半分でも同じ血をひいているからこそ許せないのかもしれない。
「う……」
ラントがうめき声を漏らして身じろぐ。覚醒の時は近い。セザはしばらくその様子を見ていたが、焦れて「おい」と声を掛けた。そもそも彼は気が長い方ではない。
声を掛けられたラントが目を瞬いた。ぼやけていた焦点が合う。眼前に迫るセザの姿を認め、ラントの顔は恐怖に引き攣った。
「ひいいぃっ!」
半身を起こして後ずさるも、背後には玉座。退路を断たれたラントは、猛獣を前にした子兎のように震え出す。
「貴様は獣人か」
「い、命だけは」
「三度は言わん。貴様は獣人かときいている」
「僕は人間だ! 獣王なんて知らない!」
そうか。セザが呟いた。落胆とほんの僅かに安堵を滲ませて。
「人間ごときを討ったところで何の誉れにもならん。毛皮も期待できないし肉も不味そうだ」
セザはラントを睥睨した。
「だが、貴様はいちいち癪に障る。次に俺の前に姿を現したら命はないと思え」
言いたいことだけ言って踵を返した。見逃す気だ。あの頑固で誇り高いセザが、獣王を弑した者を。
「あ……あのっ!」
怖いもの知らずなのか、ラントは去ろうとしたセザをわざわざ呼び止めた。
「これは、もしかして貴方の物ですか?」
差し出したのはひとふさの、黒が入り混じった金色の長毛。獅子族の獣人を象徴するたてがみだ。
ニニが「あ」と声を漏らした。気づいたのだろう。あれは先代獣王ゼノのたてがみだ。本来ならば遺髪として亡骸と共に埋めるか、つがいが受け取るべきもの。
「知らん。貴様の母にでもくれてやれ」
セザはすげなく答えて、去った。




