さよなら仇⑦
「駄目だセザ」
アスラはラントを庇うようにして立った。心情は理解できても見過ごすことはできない。ラントだって先代獣王の大切な息子だからだ。
「先代を殺したのはこの男だ」
「ルビセル達にそう仕向けられたんだ。ラントに罪はないだろ」
「先代殺しの罪を問うつもりはない」
セザは気絶しているラントを見下ろした。
「弱い王が淘汰されるのは自然の摂理。先代は弱かったからこんな半獣ごときに殺された。ただ、それだけのこと」
苛烈な視線を上へ、アスラへと向ける。
「問題はそれを隠し通そうとしたことだ。獣王ともあろう者が、水門の鍵も世界樹を守る使命も放り投げ、我が身可愛さに人間のふりをして縮こまっていただと? そんな者は王ではない!」
「だから、ラントは自分が獣人だって知らないんだよ! 先代を殺めたことだって覚えていない。獣人族の理屈を押し付けるな」
セザはせせら笑った。
「そうか。ならば人間の国では親殺しは赦されるのか? ゾアンの法で裁かないのなら、人間の法で裁くのが筋ではないのか」
アスラは言葉に詰まった。
ラントが獣人ならば先代獣王ゼノを殺したことの罪は問われない。王位継承のために必要な通過儀礼だからだ。だが、その場合ラントは次代の獣王としてセザの挑戦を、命をかけて受けなくてはならない。
そして人間ならば、単なる親殺しだ。人間だろうと獣人だろうと人を殺めたのならば、裁かれなければならない。王族殺しは極刑だ。
いずれにせよ、ラントの命はない。
「貴様がそいつに同情するのは勝手だが、それを俺にまで求めるな」
「先代の遺志を踏み躙るつもりか」
押しのけようとしたセザの腕をアスラは掴んだ。
「命まで懸けたんだぞ」
「不遇な身の上を考慮しろというのなら、最初に明かすべきだった。姑息に隠し通そうとするから水妖につけ込まれた!」
セザの目に怒りが閃いた。
「こいつを生かしたいがために先代は死んだ。水門の鍵が水妖に奪われるところだった。ゾアンが滅びる危機を招いたのだぞ!」
わかっている。たとえラントを守るためとはいえ、ゼノは王として決して許されないことをした。そんなことはアスラにだってわかっている。だが、だがーー
「明かせばラントは殺されていた! 獣人族の都合で、人間なのに、人間にもなりきれなくて……先代の息子なのに、お前の弟なのに」
胸を鋭い痛みが刺した。身体を傷つけられた痛みではない。理に反した半獣。忌むべき呪い子。日和見の混血。無言で突き刺さる軽蔑や嫌悪。もっとずっと前から、生まれた時から受けてきた痛みだった。
「隠すのがいけないって? そうさせたのは誰だ! そうせざるを得なくしたのは誰だ!?」
徹し得ないのが罪ならば、異種族間で生まれた者は全て罪人だ。生まれることが罪ならば、存在が過ちなのだと咎められるのならば。
「異質な者を認めない獣人族に非はないのか?」
身を震わすのは怒りだ。混血児として生まれた時から、理不尽さはついて回った。半端者とそしりを受け、裏切者と蔑まれた。仕方のないことだと受け入れ、背負って生きてきた。それでも足りないのか。混血児は、そんなに罪な生き物なのか。
「掟に従って裁くのならそうすればいい。息子をかばった先代が大罪人なら、肉親を殺せとがなり立てて先代を追い詰めた獣人族を、私は心から軽蔑する」




