さよなら仇②
ラントはセザが、ガレナにはアスラが。
一対一で戦おうとするのは、いかにも誇りを重んじる獣人族らしい。
自由になった猫族の娘は別の鬼を相手取る。蛇族の少年も魔獣をさばきつつ、同じ蛇族の少女と何やら口論している。八つ当たりの拳を喰らった壁に穴が空き、外の景色が覗く。
形勢は完全に獣人族側に向いているーー表面上は。
(無駄なことを)
絶歌『禍つ花園』を発動させれば終わる。練り上げた猛毒はこの場にいる獣人達の神経に作用し、身体を蝕み、苦痛を与えつつ死に至らしめる。目先の敵のことしか考えられない獣人族を一網打尽にできる。勝利は既にガレナの手中にあった。あとはいつ掴み取るか、だ。
悶え苦しむ獣人の姿を見たかった。勝利を確信した瞬間に、なすすべもなく倒れる。一転して絶望へと突き落とされた時の表情はきっと、素晴らしいものだろう。
「ニヤついて何を考えているんだ?」
鋭い上段蹴りが飛ぶ。受け止めたガレナの腕が痺れた。妖術で強化していなければ折れていただろう。
「へえ、やるじゃないか」
アスラは愉しげに言った。猫を噛んだ窮鼠の奮闘を労うかのように。根底にあるのは水妖に対する侮りだ。妖術がなければ何もできない、脆弱な種族だと馬鹿にしている。
「安い挑発に私が乗るとでも?」
見くびられたものだ。五年前の敗北から全く学んでいないと見受ける。
「力、速さ、そんなものでしか己を誇示できない下等種族が。いと深き海の眷族、我ら水妖の足元にも及ばない卑しい存在が!」
アスラは首を傾げた。
「怒った時点で挑発に乗ってない?」
「黙れ!」
ガレナは激昂した。やはりアスラは、こいつだけは毒であっさり殺してなどやらない。五年前に殺し損ねた屈辱を払わなければ。嬲っていたぶって、殺してくれと懇願するまで苦痛を与えなければ気が済まない。
発動寸前の絶歌を停止させる。ガレナはアスラに手をかざした。
身構えるアスラ目掛けて、風切り音と共に無数の礫が飛来する。氷の礫だ。一つ一つの硬度はたかが知れているが、その速さは銃弾よりも速い。
アスラは身を捻って避けるが、腕や足をいくつかの礫が掠める。
「水鉄砲の次は雪合戦か。芸達者だな」
ガレナは無言で再び礫を放った。




