さよなら仇①
獣王の一声で、獣人どもが牙を剥いて襲いかかった。蛇族と思しき獣人の少女が魔獣二体をまとめて絞め殺す。獣化した熊族の獣人が唸り声をあげて大鬼に飛びかかり噛み殺す。辛うじて徒党を組んでいた鬼の一団でさえも、角を持った獣人一人によって蹂躙され、あっという間に壊滅。
一方的な戦いーー否、もはや戦闘ですない。獣人族による狩りであり虐殺だ。地上最強の種族というのは伊達ではない、ということか。いくら増援を召喚してもそれを上回る勢いで撃破される。
善戦しているのはラントくらいか。仮にも相手は先代の獣王の息子であるため、獣人達は手をこまねいているようだ。今まで気を引いていた蛇族の少年を下がらせて、セザがラントの前に出た。
先代獣王の息子同士の争いか。実に興味い。
純血で獣人族最強と誉れ高い戦士のセザに対して、ラントは脆弱な半獣だ。しかし獣化している上にガレナの絶歌によって身体能力は大幅に強化されている。はてさて、どちらが優れているのだろう。
たとえセザに敗れたとしてもガレナの策に支障はない。ラントの生死なんぞはどうでもよかった。実験体が一つ減るだけのこと。また探せばいい。
そう結論付けて、ガレナは顔を上げた。
「お待たせ」
猫族の獣人と交代して獣王アスラが立ち塞がる。その目は獲物を前にした猛獣のように爛々と輝いていた。己が狩る側だと信じて疑っていない顔だ。
(馬鹿め)
ガレナは内心で嘲笑った。せいぜい下等生物同士で戯れ、優越感に浸るがいい。魔獣や鬼がいくら倒されようとガレナは痛くも痒くもない。
自分一人さえ生き残れば事足りるのだ。ガレナの絶歌はそういう妖術で、それすなわちガレナという水妖の本質でもあった。
「殺されにやってきたのか? 五年前と同じように」
嬲るつもりで五年前の大敗北を引き合いに出す。狼族を壊滅した仇を前に、冷静でいられるはずがない。激昂すればそれだけこちらが仕掛けた罠にかかりやすくなる。
「いや、私は生き延びるつもりだよ。五年前と同じように」
アスラは平然と、笑みさえ含めて答えた。どこか超然とした態度に、ガレナは不快感を覚えた。
「野蛮な獣どもめが。獣は獣らしく毛皮にでもなればいいものを」
「そう獣、獣と連呼するなよ」アスラは笑った「嬉しくなっちゃうじゃないか」
ゆったりと歩むアスラ。どこまでも緊迫感のない獣王だ。むしろ機嫌はよく、まるで美酒を飲んでいるかのようだった。
おかしい。狼族を殲滅させた自分を全く脅威に思っていないのか。たった一人で挑んで敵うとでも思っているのか。たかが獣の分際で。
下賎な獣人ごときに侮られる。水妖のガレナにとってこれほどの屈辱はなかった。




