さあ、狩りを始めよう④
一騎当千の戦士が集結。
形勢は逆転したが、新たな問題が浮上した。
「待て待て待て! なんでファルサーミと千花が持ち場を離れているんだ」
菖蒲一人だけなら問題はなかった。事が終わったら誤魔化して千花に戻せばいいとさえ考えていたアスラだ。しかしざっと見ても増援の獣人は二十を超えている。千花の半数以上が、世界樹と水門を放ってやってきているということだ。
「私は観光」と杏。
「迷いました」と兎族の獣人である鈴蘭。
「ちょっと散歩に」と山吹。
「僕は視察かな」と牡丹。
「いなくなった他の寵姫を探しに」と熊族の柊。
などと千花の寵姫達が口々に理由を挙げるが、どれも口実にすらなっていない。水門はどうした。世界樹は。絶望しかけたアスラの肩を山吹が軽く叩いた。
「心配しなさんな。水門も世界樹も警備は万全だよ」
「実は突然、貢ぎ物を持った各部族の代表が大挙して城にやってきてね。ファルサーミが片っ端から捕まえて親衛隊に入隊させたんだ」
たしか三十人くらいかな、と牡丹は何でもないことのように言った。
「早速、世界樹と獣王城、あと水門の警備をしてもらっているよ」
言外に心配無用と告げられても、全く安心できなかった。
「だからって……」
アスラを千花の一人一人の顔を見た。掟を破ったというのに誰もが平然としている。騒いでいるのはアスラ一人だった。
「そんなに気になるのなら、貴様が裁けばいい」
セザは鼻を鳴らした。
「獣人族を統べる王として、掟を破った千花全員を罪に問い、裁き、罰すればいいだけのことだ」
「もちろん。そのつもりです」
代表する形で牡丹はアスラの前に跪いた。
「森の偉大なる支配者、万軍の主、獣王陛下に伏してお願い申し上げます。どうか我々千花にご命令を」
戴冠式のごとく牡丹は首を垂れた。
「獣王の華であることが我々の誉れ。いかなる罰でも喜んで受けましょう。陛下に仇なす者はどのような敵でも打ち砕いてみせましょう。お命じください陛下。ただ一言、それだけで十分です」
牡丹が顔を上げる。優しいが強い目で、こちらを見つめる。促すような、励ますような眼差しだった。
何を命じればいい。
半獣で、名ばかりの王で、誰にも認められていなくて。でもファルサーミがいる。牡丹がいる。自分のために掟を破ってまで駆けつけた千花がいる。
不足はなかったーー初めから。
「狩りを始めるぞ」
アスラは命じた。高らかに、傲慢に。
「殲滅しろ」
『仰せのままに』
大音声の返答。それが狩りの始まりの合図だった。